第3話 闘病日記

先生が去った後の病室。


「清乃。。。ほんとによかった…」


「お、お母さん…」


「もう目を覚さないかと・・・」


1ヶ月以上昏睡だった私を諦めずに看病してくれていた母は、安堵し泣きながら私の右手を握った。


「ごめんなさ〜い・・・ウウッ・・・」


生きてきて32年。

こんな母を見たことがない。


動かない体をゆっくり起こし、何度もデジタルカレンダーを見るが、一ヶ月以上経過している。

鏡で自分の顔を見る。

左側の頬や顎、目元などは包帯で巻かれている。

見たことない自分の顔。


医者から聞いたことを思い出す。

車に轢きづられ左半身側がアスファルトで削られたこと。

整形は不必要だが、傷跡は残り、これまでの顔とは違う顔になってしまう可能性があること。

そして、赤ちゃんが作れないかもしれないこと。


結婚生活もようやく1年。

無事に過ごせ子供も考えようとしたばかりなのに。

何度も何度も確認した。

これはきっと悪い夢だって思いたくて。

でも、鏡に映る自分の顔、そしてデジタルカレンダーの日付。

それは変わらない。

涙が溢れた。止まらなかった。


「グゥスッ…….うぅ……」

「なんで・・・なんで・・・」


「清乃は悪くないんだよ」

「今はなにも考えなくていいから,,,,」


「ウウッ・・・ヒクッ・・・」


そのまま体をベッドに泣き倒した。

涙はずっと溢れてくる。


「あぁぁ,,,,,,…」



・・・

・・



あの時の私。


あれからどれくらい泣いただろう。

どれだけの夜を泣き過ごしたのだろう。

どれほどの時間が過ぎただろう。


母は何度も何度も励まし、何日も何日も元気付け声をかけてくれた。

でも、ほとんど覚えていない。


ただ、そんな母が気落ちしてる私に渡してくれたのが日記帳。

これがあったから1人残る病室でなんとか過ごすことが出来たって今は思う。



・・

・・・


寝て起きても変わらない現実の毎日が続いた。


・・・

・・


目を覚ました日の夜。

トモくんが面会に来た。

ずっと泣きっぱなしだったけど、もっと号泣した。


それは、安心感もあったし、悔しさもあった。

そしてなにより申し訳ない気持ちがすごくあった。


そんな私にトモくんは「気にするな」と言ってくれた。

強くギューをしたかった。

でも体が動かない自分にまた、涙が溢れた。


かなりやつれたトモくんの顔は今も忘れない。


・・

・・・


食事も摂れず点滴で栄養を摂取する日々。


・・・

・・


正直食欲もない。

ただ、毎朝6時に体温計測と点滴の交換で始まる朝。

腕は注射のアザだらけ。


なんの為に生きているのか分からなくなる。


治療の為に処方された薬の副反応が強く、ずっと眠ってしまう。

お昼に目覚めることもあれば、夜中に目を覚ますことも。


昼夜逆転でもない生活スタイルが長く続いた。


もうあんな日々は嫌だな。。


・・

・・・


病室でテレビをつけない毎日。


・・・

・・


毎朝、口に出た。

「あっまた目覚めちゃった・・・」


体はもちろんだけど、なによりメンタルがどん底。


だけど、毎日病室に来てくれた母。

父も次の日に仕事を休んで会いに来てくれた。

姉も足を運んでくれた。


嬉しかった。

トモくんもだけど、会いに来てくれたから少しずつだけど元気になれた。


ほんと感謝しかない。

みんながいなかったら、ダメだったと思う。


・・

・・・


久しぶりの食事。


・・・

・・


病院食だけど、点滴から普通の食事が始まった。


あの時の一口目。

絶対に忘れない。


塩分の少ない病院食だけど、今まで食べてきたご飯より一番美味しい。

モグモグしながら勝手に涙が溢れた。


・・

・・・


数ヶ月経つと、リハビリが始まった。

こんなに長く歩かなかったことはない。


徐々に食欲は戻ってきたものの、体重はかなり減った。

筋力もなくなったので、少し歩くだけで息切れがすごかった。


それでも、また前の生活を思って少しずつ頑張った。


「早く、早く、トモくんとまた生活を」



この頃には親族ではない人も面会が許され、たくさんの人が会いに来てくれた。

中学生からの唯一の親友。

職場で仲良くなった、女の先輩。


たくさん元気をもらった。

こんなことになってしまったけど、いつしか私は幸せ者って感じた。


でも段々とトモくんが面会に来る頻度が少なくなっていったのが不満だった。


「もっと会いに来てよ〜!」


そうゆうと、「仕事が忙しくってごめんね」

と、そればかり。

だけど、やつれていたトモくんも私を同じように元気になっていたのに気がついていたから、安心もしてたんだ。



「あれトモくん、香水買ったの?」


「え、あーそうそう、気分転換にね(笑)」


「そうなんだ!いい匂いだね!」

「・・・でも、病院につけてきちゃだめだよ、、」


相変わらず自分勝手なトモくん。

前のように戻ったみたいだった。


「でも、来てくれてありがとう」


「具合はどうなん?」


「うん、まだ入院は必要みたいだけど徐々に良くなってるって言われたよ」


「そっか。。よかった」


「うん!・・・でもまだかかりそう。。。」


「しかたないよ」


「うん・・・」

「・・・あっ生活とかは大丈夫。。?」


「・・・えー?」


「ほら、お家のこと!」

「掃除とか、洗濯とかとか・・・」


「あー大丈夫!」

「こう見えてちゃんとできるから(笑)」


「もーそうなら、これまでも手伝ってくれたってよかったのに・・・」


「でも、ほらキヨがやったほうが綺麗だしね(笑)」


「もう!ほんとに良いように言うんだから!!」


こんなやりとりも懐かしい。

いつもこんなんだっけってね。


「でも、本当にごめんね・・・」


「ん,,,?なにが??」


「いや、、、その・・・もしかしたら私、赤ちゃん産むこと出来ないかもしれないから・・・」

「わ、私・・・あの日からトモくんとの赤ちゃんを考えようとしてたのに。。。」


「んあ、いいよいいよ大丈夫」


「でも、。本当にごめんなさい・・・」

「・・・うぅ」


「いいからいいから、今は自分のこと考えてな」


「・・・うん」


泣きだしそうになる私の肩を摩り、トモくんは気丈に振る舞うかのように答えてくれた。


「じゃ、また来るから」

「ちゃんと寝とくんだよ」


「あっ・・・うん、、、」


そうゆうとすぐに病室を去っていく。

これもいつもの事だった。


「・・・もう、、もっといてほしいのに・・・」


最近はより仕事が忙しくなったらしく、面会にあまり来ない。

いや、段々と頻度が減った気もする。


「・・・」


病室に残る、トモくんの残り香。

それはまた嗅いだことのないもの。


トモくんの面会の後はいつも、寂しさを感じる。


「・・・なんか、いつもの夜の時みたい・・・」


SEXはもちろんしてない。

けど、SEXをし終わった後の布団の中で感じていたものと同じ。。


「ううん、ダメダメ!まだ分からないんだから、まずはちゃんと体を直さないと!」


負けそうになる気持ちを毎回グッと堪える。

と。


コンコン

壁を叩く音がした。


フッと、その音の鳴るほうを見ると知らない人。


「えぇっ,,,」


明らかに私に用があるようにこっちを見ている。


「いきなり申し訳ございません」


そう言い出し私の前に来た2人は黒いスーツを来ている男女。

いやいや詐欺?

とも言える、いきなりの挨拶と風貌。


「あ、あの。。。なんですか」


「そんなに怖がらなくて大丈夫ですよ」

「私たち、xx市に勤めている者です」


そう言いながら、差し出された名刺を確認すると確かに市役所の人達らしい。


けど、担当部署欄に[女性を支援する課]

と、これまで聞いたことのない文字が書かれていた。

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