第6話 人使いが荒い男なのは昔からだと諦めた



「あはは、本当にカミラはすごいな。僕の研究の目的、言わなくてもわかってるんだ」


嬉しそうに破顔したコーリーに、私は苛々と目の前のマカロンを二つまとめて口に放り込んだ。


「そりゃそうよ。無駄に長く付き合ってないからね。コーリーが夢だけを見てる可愛い脳内花畑さんじゃないことは身に染みてるから」

「あはは、君はいつも小気味良いな」


ふわりと心底幸せそうにはにかむコーリーは、それこそまるで神話の登場人物のような美しさだ。コーリーは見た目と裏腹にかなり性格は捻じ曲がっているけれど、神話の人たちも、よく考えると頭がおかしい人ばかり。比喩として適切だったかもしれない。


「花が降らせるなら他にもが降らせられるでしょうからね。随分と色んな応用が効く、危険なアイデアだと思ったわよ」

「ふふ、だから僕は君が大好きなんだよ」


蕩けるような熱くて甘い視線でこちらを見つめてくるコーリーに舌打ちをして、私はぷいと横を向いた。直視するにはあまりに刺激が強い顔面なのだ。目が焼けてしまう。


「平和ボケのボンボンみたいな顔して恐ろしいこと考えてるアナタ、私も嫌いじゃないわよ」

「熱烈な愛の告白に感激だよ」

「違うけどね」


悔し紛れに本音をこぼせば、ウキウキとしたコーリーが書類を宙に浮かせたまま、私の足元に跪く。


「結婚する?」

「しないからね」

「おや残念、半年後に再挑戦するよ」

「やめてよ……それより」


くだらない言葉遊びをしてから、私は半眼でコーリーを見据えた。


「研究、どれくらい進んでるの?」

「んー、まぁ、実証実験には程遠いかなぁ。理論はだいぶ詰められたんだけどね」

「……へぇ」


思ったよりも進んでいて驚いた。本当に、我が友ながらコーリーは優れた才能に加えて根気や気合い、体力と魔力、ついでに優れた権力と財力まで兼ね備えていらっしゃるようだ。もはや嫉妬する気も起きない。


「あなた、を完成させたら、下手したら魔法師団から勧誘が来ちゃうわよ?」

「ははっ、そうかなぁ?」


我が国の防衛を一手に引き受ける魔法師団は、国で最も優秀な人間が集うとされるが、実態はほとんど闇の中だ。閉ざされた組織で、入団は狭き門、とかではない。門は開かれていない。入団試験などというものはなく、採用は完全なスカウト制で、自薦も他薦も不可だ。賄賂も裏口ももちろん無し。


「あそこに入るのは、内部からの引き抜きのみだからね。僕にもどうにならないよ」

「知り合いとかいないの?」

「いるけど、そういうのが通じる場所じゃないでしょ?あそこは」

「そうね」


完全実力主義なため、身分などは無視されてる。魔法で生きていきたいと思う人間は皆一度は憧れる場所だし、例に漏れず私もずっと憧れていた。

まぁ、魔法研究で一番成果を挙げていた学園時代に勧誘が来なかったから、私にはもう入団の可能性はないのだけれど。


「ま、そんなことは置いておいてさ、カミラが手伝ってくれると心強いよ。お手伝いの子達の魔力が弱くて、最近思ったより実験が進まなくて困ってたからさ」


心底ほっとした顔を見せるコーリーに、私は眉を顰める。コーリーはそんなに焦っているのか。そんなに焦る理由がある、のか。


「ねぇ、お隣は友好国よ?」

「そうだね、まだ友好国だ」

「……そんなに危ういの?」

「さぁね。僕は君の住むこの国が君の生きている限り平穏であることを願っているだけだよ?」

「嘘ばっかり」


適当な言葉で煙に巻いてくれる友人にため息をつき、私は頷いた。お偉い貴族様であるコーリーには、私も知らないようなことを色々知っているのだろう。ほとんど平民みたいな男爵令嬢が考えることじゃない。偉い人たちにお任せしよう。


「まぁ、いいわ。あなたが望んでくれるなら、私は補佐官としてお手伝いさせて頂くわよ。給料も弾んでくれるんでしょうね?」

「もちろん!君がそばにいてくれるとますます張り切っちゃうね!思考が冴え渡りそうで楽しみだよ!」

「ハイハイ」

「あと、とりあえず初デートは来週だからね!楽しみにしてるよ」

「まじかー」


ウキウキと声を弾ませるコーリーに、私は努めてやる気のない返事をした。正直少しは楽しみだったけれど、調子に乗らせるのも癪だったので、興味のない風を装ってしまった。思春期の小娘の反抗みたいだと思わないでもないが、仕方ない。コーリーといると学生時代に戻った気がしてしまうのだ。


「あ、あと補佐官の仕事は明日からよろしく。本当に人手足りないから。一日も早く形にしたいし」

「明日から!?いや、え?……い、今ってそんなにしてるの?」


キラキラ笑顔で告げられた急すぎる決定に、私は目を剥いて顔を引き攣らせた。一日も早く、って何?そんな今日明日明後日に何か起こるような予感があるのか?偉い人たちにお任せするつもりとは言え、『近々お隣と喧嘩するね!』みたいな予定があるのだとしたら、さすがに冷静ではいられない。


「んー、いや、まだ当分は大丈夫だと思うけど……」


不安そうな私の様子に、コーリーは眉を下げて、肩をすくめて苦笑した。強張った私の背中をとんとんと軽く叩き、私の緊張を解く。


「お隣さんの王子様が血気盛んなお方でねぇ、自ら鍛え上げてるらしく、兵隊がどんどん強くなってるみたいだし……今すぐ何か起こるかはわからないけど。念のため、早めに完成させたいかなぁ。ほら、僕、心配性だからさ?」


お茶目にウインクして見せるコーリーに、私は覚悟を決める。コーリーの空からお花を降らせよう研究を、一刻も早く完成させることを。


「はぁ……仕方ないわね」


当面は寝る間も惜しんで働くことになりそうな予感がするが、仕方ない。この人の性格を分かっていて、研究室補佐官になると言ってしまったんだから。


「あ、デートの時間はちゃんと確保するから安心してね」

「いやそれは別にいらない」

「えー」


デートしないと魔力奉納の刑らしいから、デートしなきゃならないのはわかってるんだけど。


「それより寝る時間を頼むわ」


呑気に満面の笑みを寄越してくれたコーリーに、私は本心から呟いた。

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