ep8-2 アントリューズ新メンバー、真殿響子登場ですぅ
「!?」
突然聞こえてきた声にあたしはサンドバッグを叩く手を止めた。声のした方を見ると、そこには一人の少女が立っていた。
真っ赤な髪をツインテールに結んだ、どこか小悪魔っぽい雰囲気の女の子だ。
あたしの通う
なぜこんな少女がこの暗黒結社アントリューズのアジトビルに……?
「誰よあんた? 部外者が勝手に入ってこないでよね!」
あたしはそう怒鳴りながらその少女をにらみつける。
元々機嫌が悪いかつ部外者の侵入という状況、さらに髪の色のせいで――髪質は違うので無関係だろうが、それでも――カレッジを思い出してしまい、不快さが倍増されているのだ。
しかし少女はそんなあたしの視線など気にした様子もなく、それどころかまるで値踏みでもするかのような視線をあたしに向けてきた。
「あんた、聞いてるの!?」
さらに声を荒らげるが、少女はどこ吹く風だ。
「聞いてますよぉ、キョーコは部外者じゃないですぅ、アクアさんにスカウトされてアントリューズに参加することになった<
「なっ……!?」
少女が発した言葉にあたしは言葉を失う。
アントリューズの新メンバー……? しかも、アクアさんがスカウトしてきた……?
混乱するあたしを余所にキョーコと名乗る少女は続ける。
「センパイに挨拶をしようと思ってやって来たんですけどぉ、梨乃センパイ、キョーコ感激しちゃいましたぁ、暗黒パワーが全身からあふれてるですぅ」
「はあ?」
キョーコとかいう少女はそう言ってうっとりとした表情であたしを見てくる。その目はまるで恋する乙女のようで……って、まさかアクアさんがスカウトしてきたって……この子、もしかして……。
「あ、あたしそっちの趣味はないんだけど……」
少しずつ近づいて来るキョーコに身の危険を感じあたしはそう言って後ずさる。
「うふふ、アクアさんの言った通り、センパイはまだ目覚めてないんですねぇ、でもだいじょーぶですぅ、キョーコが必ずセンパイを目覚めさせてあげますからぁ」
「いや、だから……って、ちょっと!?」
あたしの言葉を遮り、キョーコはあたしの手を取るとグイッと自分の元に引き寄せてきた。
「さあ、センパイ……まずは軽くキスなどから……」
「ちょ、ちょっと! いやああ!!」
キョーコの唇が迫って来る。あたしは慌ててそれを振り払うと距離を取った。
「もうっ! なんで逃げるんですぅ?」
そんなあたしを見てキョーコは不満そうな顔をするが、当たり前だろうに……。
「いきなり初対面の相手に迫る奴がいるか! 仮にあたしがそっち系であったとしても、初対面の相手といきなりキスとかありえないから!」
「えぇ~? キョーコは好きになった相手となら会って1秒でキスとか全然OKですけどぉ」
「あたしは無理! そんなのありえない!」
キョーコの言葉にそう返す。しかし、そんなあたしを見てもなお彼女は不満そうな顔をする。
「う~ん、でも……センパイはそっち系に目覚めてないだけで素質はあると思うんですよぉ? だから……」
そう言ってまたこちらに迫ってこようとするが今度はあたしも警戒していたこともあり素早く身を引いたためその接近を阻むことが出来た。
「ちょっとあんたいい加減にしなさいよ! 大体挨拶に来たとか言うならまず話すべきことがあるんじゃないの!? あんたは何者で、どんな経緯でこの悪の組織にスカウトされたのよ!」
あたしがそう叫ぶとキョーコは、
「あぁ、そういえばそうでしたぁ」
と言ってポンッと手を叩く。
「では順を追って説明しますぅ、あれは今から一週間ほど前の事ですけどぉ……」
彼女の説明によれば、一週間前、マジカルカレッジという新たな敵魔法少女の出現を脅威に感じたアクアさんは、街でアントリューズの新戦力にふさわしい、心に闇を抱えた人間を探していたらしい。
あの時アクアさんはあたしに戦いを丸投げして逃げ帰ったのだとばかり思ったのだけど、実はそういう活動をしてたらしい。
ともかくそんなアクアさんの目に留まったのが、この真殿響子という14歳の少女だったというわけだ。
彼女が抱える闇とやらがどんなものかは知らないが、ともかくアクアさんは彼女を見てピンときたらしい、そして同時にキョーコの方も……。
あたしには理解できない世界だが、ともかく二人は両一目惚れ的に運命的な出会いを果たし、キョーコはアクアさんにその場で即座にスカウトされたのだという。
「キョーコはぁ、アクアさんの言ってる真の愛は女の子同士の間にしか成立しないって考えの賛同者ですぅ、アクアさんの作ろうとしてる美少女の美少女による美少女のための美少女の国、それにキョーコも参加してみたいと思ったんですぅ」
「そ……そう……」
正直言ってあたしはどう反応したらいいのかわからなかった。
アクアさんだけでも手に余るというのにさらにこんな子まで加わってはあたしの身が持たない。
「あ、キョーコのことは好きに呼んでくださいねぇ? キョーコはセンパイの好きなように呼ばれてもいいですぅ」
そう言って彼女は再びあたしにすり寄ってくる。あたしはそれを払いのけながら言う。
「戦力が増えたことに関してはまあ歓迎するわ、でもあんたみたいなのがあたしの後輩だなんて……」
「むぅ~、センパイはキョーコのこと嫌いなんですぅ?」
そう言って彼女は不満そうな顔であたしを上目遣いに見上げてくる。その仕草自体は可愛らしいのだが……。
「いや、好きとか嫌いとかそういう問題じゃなくてさ」
とあたしは頭を抱える。
「ククク、面白いのが入ってきたクリね~。ところでキョーコ、キミはどの程度までアクアから聞いてるんだクリ?」
と、それまで黙って成り行きを見守っていたクリッターが口を挟む。
するとキョーコは、
「あらかたは。多分キョーコの知ってる情報はクリッターちゃんともほぼ同じですよ」
と答えてクリッターを見る。
「なら処置も既に受けてるクリね?」
「はい、もちろんですよ」
「ちょっと、何の話をしてるの?」
一人会話についていけないあたしは二人にそう尋ねる。するとクリッターが答えた。
「ん? ああ、こっちの話だからあんまり気にしないでいいクリ。梨乃に関しては色々とすっ飛ばして暗黒魔女覚醒の儀からのスタートだったクリから、関係ないクリ」
「そ、そう……」
なんか気になる言い方だけど……どうせ聞いても教えてくれないんだろうし……。
とりあえずあたしは再び黙って成り行きを見守ることにした。
「とにかく、そんなわけでクリッターちゃん、キョーコにも暗黒魔女覚醒の儀をお願いしますぅ。ここに来たのはそれを頼むためでもあったんですよぉ」
「了解だクリ。では少しだけ痛いかもしれないけど、我慢するクリ」
あたしのことは気にせず、二人はそんな会話を交わしている。
この子も暗黒魔女になるのか……あんまり推奨はしたくないけど、戦力が増えるのはありがたいともいえる、のかしら……?
「痛いのは嫌だけどぉ、キョーコも早く暗黒魔女になりたいですぅ」
「ククッ、なら行くクリよ……」
そう言うとクリッターはあたしの時と同じように彼女の頬をその鋭い爪で切り裂いた。
このクリッターという妖精、見た目は可愛らしいのだが、性格は腐ってるし、この様に意外と高い攻撃能力も備えている、油断ならない相手だ。
「クリッターちゃんひどいですぅ……キョーコの綺麗な顔が台無しになっちゃうじゃないですかぁ」
しかしそんなクリッターに対してキョーコは言葉とは裏腹に怒るどころかむしろ嬉しそうにしている。
「でもぉ、これで暗黒魔女になれるんですねぇ? あはぁ~楽しみぃ」
「そうクリ、それに傷に関しては大丈夫クリ、暗黒魔女へと覚醒すれば傷は治るクリ、梨乃の顔にも傷なんて残ってないクリ?」
言いながらクリッターはどこからともなく赤黒く輝くビー玉サイズの宝玉を取り出した。
出た、ダークネスストーン! あれに血を降りかけその後飲み込むことで暗黒魔女への覚醒は完了するわけだが……。
「では、これにキミの血を掛けよーく擦り込んでから……」
「ちょ、ちょっと待って!」
言われるままに頬から流れる血を指で掬い取るキョーコをあたしは慌てて止める。
「どうしたんですかぁ?」
キョーコは不思議そうにあたしを見る。
「あんた、それ飲み込むとどうなるか分かってる? 今後、抜けたいと思うことがあったとしても、アントリューズから離れられなくなるのよ?」
ダークネスストーンをその身に宿したものがアントリューズを裏切ろうとすればあれが体内で暴れ出し激しい痛みに襲われる、そして最終的には死に至るのだ。
あたしがアントリューズに参加を決めた、そして今もなお留まっている最大の理由がこれだ。
あたしは死ぬのが怖い、出来る限り痛い思いもしたくない、そして他人にもそんな思いを味わってほしくない、だからあたしはキョーコにもこの事を伝える。
「なーんだ、そのことですかぁ、ならキョーコは最初から知ってますよぉ? でもそれって要するにアントリューズを裏切ろうとか抜けようとかしなければなーんにも問題ないってことじゃないですかぁ? キョーコには最初からその気はありませんからご安心くださ~い」
「そ、そうなの?」
そんなあたしの心配を余所にキョーコはあっさりとそう言い切った。どうやら彼女も既にダークネスストーンの事は知っていたらしい……いや、それならそれでいいんだけど……。
あたしが拍子抜けしていると彼女はそのままダークネスストーンに自分の血を擦り込み、まるで飴玉でも舐めるかのように軽く口の中に入れてしまった。
「ちょ、ちょっと! そんな簡単に!?」
慌てるあたしを他所にキョーコはあっさりとそれを飲み下してしまう。
え……?
「ほーう、処置済みとはいえキョーコは凄いクリね。かなり強い闇の力の持ち主みたいクリね。リジェクションが全く起こらないなんて……」
「りじぇくしょんってなんですかぁ?」
「拒絶反応のことクリ。梨乃は凄かったクリよ~、危うくダークネスストーンを吐き出してしまうところだったクリ」
そうだ、あたしはあの時あれを口に含んだだけで猛烈な不快感と吐き気に襲われたのだ、だけどあの時のあたしはクリッターは魔法少女にしてくれる良い妖精だとばっかり思ってたから魔法少女になりたいの一念でそれを飲み込んだのだ。
結果悪の組織の暗黒魔女にされてしまったわけだけど……くうう、今思い出しても腹が立つ! あたしを騙してくれたこの極悪詐欺妖精とそれを見抜けなかった自分自身に!
「つまり、キョーコはセンパイより強くなるって事ですかぁ!?」
バッと瞳をキラキラと輝かせるキョーコ、しかしクリッターはそれを否定する。
「いんや、僕の与えるダークネスストーンの力を最大限に発揮できるのは狭間で揺れる心クリ、そう言う意味では梨乃はまさに理想形なんだクリ」
「むぅ、ちょっと残念ですぅ、けど、改めてセンパイは超凄いって事が分かったからいいですぅ」
尊敬の眼差しを向けてくれるのはいいけど、嬉しくもなんともない。狭間で揺れてるとかなんとか言ったらカッコつくけど、それって要するにどっち付かずの半端者ってことでしょ?
「さて、では次段階に行くクリ。今度はこれを受け取るクリ」
「これはペンダントですかぁ? ん、ん、んんん!? これってぇ、センパイとおそろじゃないですかぁ、やったぁ、センパイとペアルックですぅ」
キョーコが嬉しそうに掲げたペンダント、変身アイテムの『ダークトランサー』である。
そりゃ当然あたしと同じものなんだけどさ……なんというか、今すぐ自分の首から下がるそれを引きちぎって投げ捨ててやりたい衝動に駆られてしまう。
「さて、では早速変身してみるクリ」
クリッターが促すとキョーコは嬉しそうにダークトランサーを首にかけた。
「変身呪文は『ダークエナジー・トランスフォーム』クリ~」
クリッターが告げると、キョーコはニタッと笑い腕を掲げるのだった。
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