40・猪豚組との決着

 おぞましい怪物の姿。威圧が生み出した幻覚。魔王の凶暴なイメージにルートリッヒが圧力的な想像を走らせてしまう。それが俺の背後に映し出されていた。


 すべてはルートリッヒが想像した恐怖心のイメージでしかないのだが、それだけルートリッヒから見た俺は強大で凶悪だったのだろう。


 豚面を青ざめたルートリッヒがジリリっと半歩だけ下がった。俺を睨む瞳が僅かに震えている。


「ま、幻ブヒ……」


「どうした、豚野郎?」


 全裸でありながら堂々と振る舞う俺の言葉にルートリッヒが我を取り戻す。


 ルードリッヒは顔を左右に振った後に両頬を両手でパシパシと音を奏でながら叩いた。気合いを入れ直している。


 そして、幻覚から目覚めたのかルートリッヒが俺を睨みつけながら呟く。


「幻だブヒ……」


 その一言を最後にルートリッヒの双眸に鋭さが戻った。強面に闘志が再び燃え上がる。負のイメージを乗り越え、恐怖心を克服した眼光だった。


 そして再度凶拳を背後まで大きく振りかぶった。身体を限界まで捻り力を溜める。再びのトルネードスイングのパンチを繰り出そうとしていた。


「これで、決めてやる!!」


 ルートリッヒは全身の筋肉を使って全力の一打を繰り出そうと狙っていた。捻れた腰の筋肉が反発力に軋んでいる。


 唸るルードリッヒ。捻れた筋肉も唸りを走らせようとしていた。


「ぬぅぅうおおおお!!」


 全力を越えた全力のパンチを狙っているのだろう。


 全裸の俺は両掌で顔を叩くと一歩前に踏み出しながら胸を張った。


 受け止めてやる。逃げない、躱さない、受け止めてやる。


「よ~~し、ドンと来いや!!」


 するとキルルが心配そうに叫ぶ。


『魔王様、正面から受け止める気ですか!!』


「当然だ!!」


 俺が覚悟を叫んだ刹那、ルートリッヒが唸った。全力の攻撃を放つ。怒号と共に気迫が嵐を渦巻かせながら飛んで来た。


「ブヒッィィイイイ!!!!!」


 トルネードスイングからのフルスイングパンチだ。豪拳が唸りながら圧力と共に超速で迫ってくる。


 その傷だらけの拳は握力に握られ鉄球を連想させる鈍器と化していた。当たれば瀕死覚悟の強打である。


「来いや!!」


 しかし、俺は避けない、躱さない、受け止める。そう誓った。そう宣言した。顔面に鉄拳が迫っていたが回避しない。


 するとド級の拳骨が俺の顔面に激音と共にヒットした。鼻が潰れて上顎も砕けて陥没する。俺の顔がグシャグシャとなる。ドがンっと轟音が空気を揺らして周囲に広がる。


 それはまるでショックウェーブで出来た透明な津波のようだった。周囲で観戦していた者たちの髪の毛を拳圧が靡かせる。


「ぬぬぬっ!!」


「ブヒブヒブヒ!!!」


 腕力、速度、体重、握力、タイミング、それらが生み出す破壊力が、一つとなって俺の顔面を撲り押した。超破壊力のパンチだ。


 だが、顔がグチャグチャに成りながらも俺は踏ん張りながら耐える。倒れない。


「うぬぬぬっ!!!」


 前歯が飛んでいた。鼻血が舞っていた。顔の骨が砕けて、仰け反った背骨に皹が走る。


 それでも俺は倒れず耐えて見せた。そして、俺の顔面にめり込んだ豪拳が止まる。


「ば、馬鹿なブヒ……」


 全裸の俺はルートリッヒの拳骨を顔面に受け止めたまま更に前に前にと押し進む。


「ぐぐぐっ……!!??」


 ルートリッヒは信じられないと踏ん張った足で押し込みを耐えていたが、パワーで俺に圧倒されていた。少しずつ後方に下がっている。


「今度は俺の一撃を食らってみろや!!」


 口が修復した俺はルートリッヒの拳を顔面から払いのけると錐揉みのジャンプをしてから左の裏拳でスカーフェイスをぶん殴った。


「オラァアアア!!!」


 空中で体を捻り、バックスピンに腕を振り切り、ルートリッヒの豚鼻を裏拳で殴り飛ばす。それは剃刀を巻き上げた疾風の竜巻のようだった。


 ジャンピングトルネードバックスピンナックルである。


「ブヒィ!!!」


 俺の裏拳が振り切られると、その衝撃にルートリッヒの頬骨が砕けて頬の皮が剥がれるように豚鼻が飛んだ。


 ルートリッヒの巨体がグルリと回ってからダウンする。


 一回転しながら倒れ込むルートリッヒの巨漢に周囲の地面が派手に揺れた。


「どうだい、俺様のパンチは!!」


「ブヒィ……イィ……」


 だが、ふらつきながらもすぐさまルートリッヒが立ち上がった。その顔に千切かけた豚鼻がぶら下がっている。皮が剥がれた顔面からは滝のように鮮血が流れ落ちていた。スカーフェイスがグシャグシャである。


「ルートリッヒ親分っ!!」


 堪らず独眼のアビゲイルが心配のあまり叫んだ。


「お、おのれ……ブヒ……」


 ルートリッヒが愚痴を溢した次の瞬間であった。ぶら下がっていた豚鼻が元の位置に戻って治癒を開始する。


 無勝無敗の能力が、俺の意思とは別にそうさせるのだ。再生能力を相手に与える。


「ブヒブヒ!? 痛みが消えていくブヒ!?」


 ルートリッヒは回復した自分の顔をベタベタと触りながら目を丸くさせていた。無垢な子供のように驚いている。


 そんなルートリッヒに俺は両腕を胸の前で組ながら豪傑を気取って言ってやる。


「これが俺の無勝無敗の能力だ!」


「無勝無敗……ブヒ?」


「自分が誰にも殺されない代わりに、俺が誰も殺せない能力だ!」


「ブヒィ……??」


 ルートリッヒだけでなく、多くのオークが言葉の意味を理解しきれていない表情を浮かべていた。何匹ものオークたちが疑問の下に顎肉が溜まった太い首を傾げている。


「要するに、今みたいにお互い負傷しても回復するし、お互いが死んでも生き返るって能力なんだよ!」


 俺単体のリジェネレーションではなく、対戦相手を含めた全体のリジェネレーションなのだ。


 傷だらけの拳を開いたルートリッヒが言う。


「それじゃあ、我々の勝敗はつかないブヒか?」


「だな!!」


「だなって……。それではこの勝負はどうなるブヒ?」


「飽きるまで続けるだけだ!」


「あ、飽きるまで……やるブヒか?」


「そうだ!!」


「そんな馬鹿なブヒ……」


 それは拷問だ。ただ痛みを相手にぶつけ合うだけの我慢比べでしかない。それでは埒が明かない。


「いいから、構えろ。拳を握れ!!」


「だが、戦っても勝負はつかないのだろうブヒ?」


「だからって、戦いを止める理由になるか!!」


 その時に、魔王とルートリッヒの戦いを観戦していた外野の敵味方の全員が思った。


 戦いを止める理由になるだろうって……。


 皆が呆れるなかで、全裸の俺が魔王らしく偉そうに怒鳴った。


「いいか、良く訊け、オークども。俺は女神から予言されてこの世界にやってきた。勇者の中に世界を崩壊させる野郎が現れるからぶっ殺せってな!」


「女神が、勇者を、殺せっブヒと……?」


 オークたちは唐突に何を言い出すのかと俺の話に耳を傾ける。構えていた武器を下げた。


「だが、俺は誰も殺せない。俺が殺しても生き返るからだ。だから部下に勇者を殺させて、世界を崩壊から救う。故にお前ら全員俺の部下になれや!!」


 オークたちがざわつき出した。しかし、そのざわつきをルートリッヒが打ち消す。


「断るブヒ!!」


 断られた……。


「な、なんで~……?」


 全裸の俺はルートリッヒに何で断るのかを訊いてみた。


 ルートリッヒは凛々しく理由を述べる。


「我々オークはかつて魔王軍の奴隷だったブヒ。我々の先祖は奴隷として、この鉱山で働かされていたと聞くブヒ!」


「奴隷……?」


 それはオーク一族の怨み事だ。随分と古い話なのだろう。魔王デスドロフが健在だったのは何千年も昔だと聞くからな。


 ならば、何代も前の話だろう。そのころからの怨み節だ。


「我々オークの祖先は、以前は魔王デスドロフの息子バンデラス様の親衛隊だったブヒ。だが、バンデラス様が勇者に撃ち取られた罪を背負わされ、ここに奴隷として繋がれたブヒ。今ではこの地に住み着いては居るが、その時の恨みは忘れていないブヒ。勇者にも、魔王にもだブヒ。だからバンデラス様が復活されたのならば、再び名誉挽回のために支えるが、他の魔王には恨みがあるため支えるのは拒否するブヒ!!」


 あれれ?


 これって……。


 こいつら魔王デスドロフには敵対心を持っているが、息子のバンデラスには忠義を持っているのか?


『ま、魔王様……』


 全裸の俺とキルルの目が合った。人柱の彼女が何を言いたいのか直ぐに理解できた。


「なあ、ルートリッヒ」


「なんだブヒ!」


「ちなみに俺の体はバンデラスの体だ。魂こそ違うが、俺はバンデラスの生まれ変わりみたいなもんなんだわ~」


「ブヒっ?」


 褌一丁のスカーフェイスオークが首を傾げた。言葉の意味を理解しきれていない。


「だから、この身体は数千年間、あの廃城で眠っていたバンデラスの体なんだわ。訳あって今は俺エリクが使っている」


「ええ……」


「だから、お前らやっぱり俺の配下に加われ」


 俺の言葉を訊いてもルートリッヒは疑っている。まだしっくり来ていないようだった。


「本当にバンデラス様の体だブヒか?」


 全裸の俺は首元の大きな傷を見せながら言った。


「ああ、首から上は違うが、体はバンデラスだ。この股間のチンチロリンはバンデラスのものだぞ。よ~~く見て確認してみろ」


「いや、えっと、ブヒブヒブヒ……」


「まあ、とにかく冷静に話し合おうや」


「ブヒ……」


 一度俯いたルートリッヒが表を上げる。その表情は落ち着きを放っていた。しかし、筋肉で厚い傷だらけの胸板を掌で一発パチーンっと叩いた。


「話は理解出来たブヒ」


「ならば俺の仲間になってくれるか?」


「良かろうブヒ。だが、最後に条件があるブヒ」


「条件?」


「最後に貴方の必殺を受け止めてみたいブヒ」


「必殺を受け止めたい、と?」


「貴方は俺の攻撃をすべて躱さずに受け止めていたブヒ。俺の必殺パンチを、その小さな体で受け止めてきたブヒ。ならば最後に俺も貴方の必殺を受け止めるのが礼儀ブヒ」


「ほほう」


 ルートリッヒが高く左足を振り上げると大地に脚を踏み落とす。強烈なストンピングである。大地が揺れて周囲の物が跳ね上がった。


 四股踏みだ。四股を踏んで腰を深く落とした。その体勢で胸を張る。


「今度は俺が貴方の攻撃を受け止めるブヒ。躱さない、回避しない、受け止めるブヒ。だから遠慮無く魂の籠もった一撃を打ち込んできやがれブヒ!」


「上等だ!」


 そう居直りながら俺が歩み出した。深く構えて待ち受けるルードリッヒの目の前まで歩み寄る。


 ステータスの移動。今度は防御力を攻撃力に全フリし直す。


 そして、一言。


「それじゃあ、遠慮無く全力全身の一撃を打ち込ませてもらうぜ!」


 言い放つ俺の表情は冷静で冷たく変わる。それを伺いルードリッヒの顔から血の気が引いた。唐突に恐怖が込み上げてきたのだろう。


 そして、魔王が拳を強く握り締める。一歩前に踏み出し腰を落とした。更に体を後方に捻る。それは今までルートリッヒが見せていたトルネードスイングの構え。


 魔王の筋肉が捻りに合わせて軋んでいた。破壊力を全身に溜め込んている。


「いくぜぇぇええええ!!」


「来いブヒ!」


 魔王が超速のスイングを唸らせながら振り返る。全身の筋肉が解放されて速度を生み出していた。それは音速のスピードだった。


「ぉぉおおおらぁぁあああ!!」


 大地を蹴る脚足が勢いを産む。その産まれた勢いが腰に上る。そのエネルギーは腰の回転に乗って上半身に伝わる。更にエネルギーは肩を伝わり、更に更にと振られる腕に伝わり拳に遠心力と化して宿る。ド級のトルネードスイングが生み出した破壊力が魔王の拳に宿ってルートリッヒの腹部を目指して飛んで行く。


 それは極上を上回る超極上の一撃であった。あまりのスピードに振られる拳先が霞んで見えた。


 ルートリッヒは躱さないと断言した通りに回避には転じない。


 そして、魔王の拳がルートリッヒの腹部にヒットする刹那であった。周囲に破裂音が轟いた。それと同時にルートリッヒの巨体が消し飛んだ。


 ぱあっーーーーーーーーーーん!!!


「「「『えっ……!」」」』


 観戦している者たちが破裂音に度肝を抜かれた。

 そう、ルートリッヒが破裂したのだ。木っ端微塵に消し飛んだのだ。それは風船が破裂して消え去ってしまったかのように破裂したのだ。


 ルートリッヒの巨漢が肉片とかして周囲に飛び散る。大地に赤い花を咲かせて、殴り付けた魔王の全身が返り血で赤く染まっていた。


「うへぇ、やり過ぎた……」


「お、親分……」


 独眼のアビゲイルが木っ端微塵と化したルートリッヒの有り様を見て膝から崩れる。両肘を地に付けて呆然としていた。


 砕けて飛び散ったルートリッヒの肉片が周囲の地面や岩肌にこびり付いていた。その小さな肉片がモコモコと動き出す。そして、芋虫のように這う肉片が一箇所に集結を始めた。ルートリッヒの肉体が再生を始めたのだろう。


「おお、良かった〜。ちゃんと生き返ってくれるらしいな」


 どうやら木っ端微塵からでも生き返ってくれるらしい。


 俺の心配を余所にルートリッヒの肉片が合体を始めた。それはゾンビが人間に蘇って行く動画を観せられているかのようなグロテスクな光景だった。完全にモザイク物である。


 そして、人型を取り戻したルートリッヒが瞳を開けた。意識が戻ったようだ。その頃には粉砕した身体は完璧に再生を遂げていた。


「どうだい、大将。これで満足したかい?」


「ブ……ブヒ……」


 青い表情のルートリッヒが一つ頷く。


 人生初の木っ端微塵からの帰還。それは蘇りの体験。あまりにも壮絶な記憶がルートリッヒの脳裏に刻まれた。


 これで完全決着である。


 俺の必殺パンチを受け止められたルートリッヒも満足であろう。二度とあるかもわからない経験だっただろうさ。


 これで俺たちの戦いは終わった。最後は呆気なく話が纏まるのだが、こうして話し合いの末に、ルートリッヒが魔王軍に加わることとなった。


 猪豚組180匹のオークたちが俺に忠義を誓い魔王軍に参加する。


 否、もしかしたらバンデラスの体に忠義を誓ったのかも知れない。要するに、オークたちは俺の体が目当てなのだ。はしたない豚野郎どもである。



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