12・魔王のチート能力

 全裸に刺さるは四本の矢。

 俺の体にコボルト達が放った矢が四本刺さっている。それは、命に関わるような場所にも命中していた。心臓を貫き、内臓も貫通している。

 それでも俺は平然と立ち尽くしながら言った。


「魔力の籠ってない武器なんぞ、こんな物だろう。効かんわ!」


『ま、魔王様……。痛くないのですか……?』


 キルルが心配そうに訊いてきた。

 だが俺は余裕な表情で答える。


「痛くないわけないだろう」


 刺さった矢が痛くないわけがないが、我慢できない痛みでもなかった。この程度の痛みならば気合いでどうにでもなるだろう。

 それに前世でも自炊中に包丁を足に落として刺さった経験がある。

 それどころか俺には拳銃で撃たれて死んだ経験すらあるのだから。

 まあ、慣れってやつだ。

 拳銃の弾丸に比べれば、矢なんて蚊に刺された程度の痛みである。

 だから俺は、平然を装いながら立っていた。


 しかし──。


「うむ、矢が刺さったままだと邪魔だな」


 俺は自分の体に刺さった矢を手で引き抜いて行く。幸い矢先には矢じりが付いてなかったから簡単に引き抜けた。スッポンスッポンと容易く抜ける。

 俺が四本の矢を放り投げると、矢を放ったコボルトたちも仰天していた。信じられないと言う表情で口をアングリと開けている。


 するとコボルトのリーダーが冷や汗を流しながら大声を荒立てた。


「貴様、矢が効かないのかワン!!」


「効かん! 俺は魔王だぞ。こんな非力な矢で倒せるか!」


 矢を引き抜いた俺の傷跡は即座に治って行く。やがて矢に開けられた穴は跡形もなく消えて回復した。


『凄いです……』


「リジェネレーターだったかワン……」


 コボルトのリーダーがじたんだを踏んでから凄んで言った。奥歯を悔しそうに噛み締めている。


「なるほどだワン。魔力が無い武器では傷すら付かんってわけかワン!」


 ファンタジー世界のモンスターには良くあるパターンだ。

 攻撃魔法や魔法の掛かった武器でしか傷付かない特別なモンスターと言う者が居る。物理攻撃無効、魔力でのみ傷付くってヤツらだ。そういうタイプのモンスターも珍しくない。

 高レベルなアンデッドやライカンスロープなどがそれらの部類だ。

 中には傷付いてもリジェネレートで自然回復してしまうヴァンパイアのようなモンスターも居るぐらいだ。


「ならばだワン!」


 コボルトのリーダーが手にある光るシミターを横に振るってから仲間たちに指示した。


「俺が一匹でやるワン! マジックアイテムを持っているのは俺だけだからワン。お前らは手を出さず見守っていやがれワン!!」


 勇ましい台詞を語ったコボルトのリーダーが光るシミターを∞の字に振るいながら前に出てくる。

 流れるようなスムーズな切っ先。シミターの扱いには慣れているような手付きだった。

 一匹で戦うと言い出すだけあって、剣の手練れなのだろう。それにハスキー面が勇ましい。


 俺は腕を組んだまま傲慢風に言ってやった。


「ほほう、腕に自信があるようだな、犬野郎!」


 コボルトのリーダーは鋭い眼光で俺を睨み付けながら凄んだ。それから名乗りを上げる。


「俺の名前はキング。コボルトで一番の剣豪だワン!!」


「剣豪ねぇ~」


 そして光輝くシミターを前に突き出すと語り出す。


「更に俺の手にあるシミターはマジックアイテムだワン。魔力が流れる一品だワン! 代々殺戮の場を放浪していた狂気な半月刀だワン!!」


 キングが長い舌でシミターの光る刀身をペロリと舐める。狂気とやらを演出したいのだろう。見え透いた雰囲気作りである。

 でも、俺もそう言うのは嫌いじゃない。

 俺はニヤリと微笑みながら全裸で応えた。


「マジックアイテムを手にしているぐらいで、俺様に勝てると思うたか。甘いぞ、甘味つよりも甘くて可愛らしいぞ!!」


 光るシミターの刀身が汚れていたのかキングが地面に唾を吐いてから言い返す。


「だが、少なくともこれでお前を傷付けられるだワン!!」


「ならば、試してみろ!」


 俺は胸の前で組んでいた両腕をほどいて構えを築いた。胸を開いて両拳を肩の高さに並べる。左足が前で、右足が斜め後ろだ。

 そんな俺に対してキングは片手でシミターを前に構えた。体も俺と同じように少し斜めに向けている。


「ガルルルっ!!」


『ま、魔王様……』


「ほほう」


 こいつは間違いなく少しは出来るだろう。構えの中に隠れる隙の無さから鑑みれた。ただのへッポコ剣法でもないようだ。

 流派らしい物は無いだろうが、実戦で確実に鍛えられているだろう。我流の達人だと見た。

 前に倒した雑魚コボルトとは違う臭いが漂っている。


 あれ?

 なんで格闘技や武道の経験もない俺に、そんなことが分かるのだろうか?

 不思議だ。

 まあ、楽しいからいいか~。


「グゥルルルル!!!」


 キングは喉を唸らせながら少しずつ歩み寄ってくる。半歩、半歩と慎重に前進してきた。勇ましい態度と発言とは裏腹に戦闘は慎重のようだ。

 それはそれで厄介だが、所詮はコボルトである。その程度では警戒するほどの敵でもないだろう。

 こいつでは、俺には勝てない。絶対に勝てない。それは悟れていた。俺を追い詰めるところまで持っていくことすら出来ないだろう。

 だって、俺は最強無敵なチートの魔王だもの。こんな序盤で躓くはずも無い。


 ならばと俺は構えを解いてみせた。


「ワンころ野郎、警戒しすぎじゃあねえか?」


 構えを解いた俺は悠々とした足取りで、真っ直ぐ前に歩き出した。余裕を見せる。


『魔王様っ!?』


 心配したキルルが声を飛ばした。

 だが、俺の歩みは止まらない。無防備なままに進む。


 この犬野郎がシミターを振り上げたら瞬間的に最速のジャブを顔面に打ち込んでやる。

 振り上げたら打つ。それで決着だ。前回と同じである。


「くっくっくっ」


「ガルルルル!!」


 両者の距離は、まだ3メートルはある。

 しかし、俺の無警戒にも伺える前進は止まらなかった。


「行くワン!!」


 刹那、キングのほうから前に出てきた。

 キングが俺を攻撃の間合いに捕える。


「さあ、打ってこい!!」


「舐めるなワン!!」


 すると、キングが光るシミターを真っ直ぐ前に伸ばして突いてきた。


 速い。長い。不味い!


「突きだワン!!」


「えっ! そっち!!」


 ズブリとキングの光るシミターが俺の胸に突き刺さった。攻撃命中だ。

 反撃も間に合わなかったし、回避も間に合わなかった。


 不覚っ!?


「まさか突いてくるなんて……」


 キングの突きは俺の心臓を貫いていた。胸に突き刺さった刀身が貫通して背中から僅かに覗いていた。

 

 一撃必殺である。振り上げたら打つはずだったのに……。なのにこいつは速さとリーチを優先して突いてきたよ……。


「どうだワン! 舐めているから死すのだワン!!」


「ぐはっ!!」


 俺は口から血を吐きながら前に進んだ。刺されていても歩みは止まらない。


「な、なんだワン!?」


 勝利を確信していたキングが驚愕に震えながらも光るシミターを俺の胸に深く押し込んだ。

 そして、光るシミターの刃先が俺の体を貫通して背中から切っ先を更に大きく覗かせる。


 俺は口からダラダラと血を吐きながら言ってやった。


「ごほっ、俺の間合いだぜっ!」


「何故に死なぬワン!?」


 キングの犬面が引きつっていた。


「今度は俺の番だぜ!」


 胸をシミターで貫かれながら前進した俺は、キングを素手の間合いに捉えていた。

 もう、拳が顔に届く距離だ。


「ふんっ!!」


 そこからの鉄拳ストレートパンチ。


「うらっ!!!」


「がはっ!!!」


 鉄拳は命中。俺の拳がキングの頬にめり込んだ。

 そのまま俺は振るった拳を力強く押しきる。


「どらっ!!」


「キャイ~ン!!!」


 俺に殴られたキングが、武器から手を放すと仰け反りながらぶっ飛んで地面に転がる。

 折れた牙と鼻血が舞っていた。

 キングのシミターは俺の体を貫通したまま胸に残っている。

 俺は胸にシミターを刺したままガッツポーズを決めながら叫んだ。


「どうだい、キルル。俺ってばかっこいいだろ!!」


 キルルは震える手で俺を指差しながら言った。


『でも、刀が刺さっちゃってますよ……。それ、死んじゃいませんか……?』


「大丈夫っ!!」


 俺はキルルに向かって安心しろと微笑んだ。

 知っているのだ。俺はこの程度では死なないことを──。

 魔法攻撃とかマジックアイテムとかは関係無い。だって俺は最強無敵の魔王なんだもの!!


 そう、これが魔王のチート能力の一つだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る