10・不便な能力

 三匹のコボルトと森の中でバッタリと遭遇した俺は、威嚇に牙を剥くコボルトたちにフレンドリーな態度で訊いてみた。


「なあ、森の中に煙が見えたのだが、あれはお前らか?」


 だが、俺のフレンドリー差とは異なりコボルトたちは獰猛なまでに敵対的だった。ハスキー面の鼻の頭に深い皺を寄せている。


 コボルトは牙を剥きながら答える。


「貴様、質問したのは我らが先だワン!」


「「ガルルルルっ!!!」」


 他のコボルトたちも喉を唸らす。

 なんか野良犬の頭を撫でようとしたら急に喉を唸らせ威嚇されたような気分であった。ムカつく!


 俺は溜め息を吐いてから返す。


「ああ、確かにそうだな」


 でも、面倒臭いぞ。いいから俺の質問にだけ答えろって感じである。

 俺はフレンドリーな交渉を中断して凄んで言った。眉間に凶悪そうな深い皺を寄せながら睨む。


「お前らの質問なんてどうでもいいよ。俺の質問に答えやがれってんだ、ゴラァ!」


 言いながら俺はコボルトたちに近付いた。堂々と肩を威嚇的に揺らしながら前に出ていく。するとコボルトたちは更に警戒を深める。


「寄るな! それ以上近付くと攻撃するワン!!」


「バラバラに切り裂くワン!!」


 吠えるように叫びながら鉈を振るうコボルトたち。

 それでも俺は指の間接をポキポキと鳴らしながらコボルトたちに近付いて行った。


「俺はただ質問したいだけなのによ」


「よ、寄るんじゃあないワン!!」


 吠えるコボルトたちを無視して俺は構わず接近する。距離にして残すは2メートルぐらいまで近付いた。


「ガルルルっ!!」


 すると一番前のコボルトが、喉を唸らせながら鉈を頭上に振りかぶった。凶行の気配が走る。


 刹那、俺は前に踏み込み拳を真っ直ぐに放っていた。


 瞬速の左ジャブである。俺の拳がコボルトの顔を打つ。


「キャン!!」


 悲鳴と共にバゴンっと硬い物が砕けるような音が森に響き渡った。すると上顎が砕けて顔面が潰れたコボルトが仰け反りながら後方にぶっ飛んで行く。鮮血が宙に舞う。


 俺に殴られたコボルトは仲間二匹の間を抜けて、3メートルほど後方の森にふっ飛んで倒れ込む。そして、顔面が陥没してピクピクと痙攣していた。

 起き上がって来ない。絶命状態に近いダメージだろう。ほおっておけば間違いなく死ぬだろうさ。


 その光景を二匹のコボルトが振り返って唖然とした表情のまま眺めていた。度肝を抜かれて驚愕に震えている。


「ちょっとやり過ぎたかな~」


 俺的にも予想外の破壊力だった。凄いパワーである。

 ジャブの一突きで顔面が陥没するとは思わなかったよ。

 中古とは言え、魔王眷族の体は舐められないな。流石は最強無敵である。


「あがががぁぁ……」


 二匹は動きを固めて驚愕している。

 犬の口をアングリと開けたコボルトたちが間抜けにも震えていた。


 何が起きたか分かりやすく解説しよう。

 武器を持った敵が振りかぶる。

 それに対して正しい対象法は、防ぐでも、躱すでもない。

 一番正しい対象法は、攻めるである。


 武器を振りかぶって振るう。


 武器を振りかぶるで一動作。その武器を振り下ろすで二動作。


 この二段の動作よりも早く動いて相手を打つ。一動作目に割り込むのだ。二動作目に入らせない。その際は突き技がベストである。


 これが素手による対武器への正しい護身術だ。


 例えるならば、素手で武器は防げない。

 例えるならば、リーチの関係状、回避で武器を躱すのは至難の技である。

 例えるならば、故に逃げるや防ぐよりも攻撃に転じるほうが得策なのである。

 下がるよりも進むほうが理に叶っているのだ。

 

 武器を持った者は武器でしか攻撃してこないことが多い。武器を扱うことが少ない素人ならば尚更だ。

 そして、武器を当たり前のように使って戦う世界ならば、更に更にと当たり前になる。

 武器持ちが素手を相手にするならば、殴るよりも、蹴るよりも、掴むよりも、武器で攻撃するほうが、簡単で有効打を期待できるからだ。


 だから武器を持った者たちの攻撃には選択肢が減り、パターンが少なくなる。ただ武器だけを注意すれば良いだけになるのだ。

 そして、武器を振り上げたら、それを振り下ろすしか選択肢が無くなる。

 だから振り下ろすよりも速く攻撃を決めれば良くなるのだ。


 武器を振り上げたら、逃げず、避けず、振り下ろすよりも速く打つ。

 もっと分かりやすく言えば、武器を振り上げたら、間髪入れずに前に踏み出してジャブを打ち込めば良いのだ。振り下ろされることなんて待っている必要はない。

 打撃系の中でも最速のジャブは、それに物凄く適している。

 振り下ろすコースなんて考えず、振り上げたら最速のジャブを真っ直ぐ打ち込めば、相手の武器を防ぐ理由も躱す理由も無くなる。

 攻撃こそが最大の防御なのだ。


 これが素手による対武器の基本的な対策である。

 そう、本に書いてあった……。


 これは俺が前世で格闘技漫画を読んで学んだ教訓である。

 今俺は、それを初めて実践しただけなのだ。

 そして、この知識が初めて役に立った瞬間である。漫画で知った知識も満更ではない。


 初めてでもやってみるものだな、案外と成功するものだ。そんなわけでコボルトの一匹を素手で撃破した。

 俺の攻撃力は魔王眷族の腕力なのだ。素手の打撃でも即死を誘えるほどってことである。


 しかし、問題はこれからだ。


「いち、にい、さん……」


 俺が声を出して数え始めると、コボルト二匹は一度俺の顔を見る。

 そして互いに凝視してから、恐怖が込み上げて来たのだろう、逃げ出した。

 速くて強打なジャブの一撃で、力量の差を鑑みたのだろうさ。


 素手の相手が武装した仲間を瞬殺で倒したのだ。しかも一撃でだ。しかも素手で顔面を砕かれて絶命レベルのダメージを受けている。それは逃げ出しても仕方あるまい事実であった。


 以前の俺ならば、そんな相手からは一目散で逃げているだろう。だから逃げ出す気持ちも重々理解できた。


 俺は森の中を逃げて行くコボルトたちの背中を見送りながら数を数え続ける。


「しい、ごう、ろく……」


 小首を傾げたキルルが俺に問う。


『何を数えているのですか、魔王様……?』


 数を数えているから答えられないが、俺は時間を計っていた。


「しち、はち、きゅう、じゅう~」


 俺は十まで数えると、森の中に倒れているコボルトを凝視する。

 観察だ。


『んん……?』


 キルルも不思議がりながら倒れているコボルトを凝視する。

 その次の瞬間であった。

 上顎を砕かれダウンしていたコボルトがムクリと上半身を起こした。


『きゃ!?』


 キルルが驚いて悲鳴を上げた。

 そして、コボルトは目をパチクリさせながら、砕かれたはずの上顎を両手で撫でている。

 キルルも顔面を砕かれたはずのコボルトもかなり驚いていた。


『あれ、あれれ……!?』


「あれれ……、顔が治っているワン……」


 ゆるゆると立ち上がるコボルトの上顎は完治していた。砕かれ潰されたはずの上顎が元の形に戻っている。

 出血も止まっていた。傷痕も無い。

 

 それを見て俺が呟いた。


「やっぱり回復したか……」


 俺的には分かっていた結果ではある。

 ガッカリする俺と異なり、戸惑うコボルトが疑問を溢す。


「な、何故だワン……?」


 俺は顎をしゃくらせると、胸元で両腕を組ながら偉そうに述べた。


「それは、俺が魔王だからだ」


 どやぁ~~~~!!

 とりあえず、どやぁ〜〜〜〜!!


「ま、魔王っ!?!?」


「壊すも治すも、それは俺が魔王だからだよ!!」


「魔王だって~~、ひぃぃいいい!!!」


 仰天したコボルトは踵を返すと先に逃げた仲間のほうに走り出した。両手を高く上げながら逃げ出したのだ。

 コボルトが逃げて行った方向は、煙が見えた方向である。


 逃げ出したコボルトを見送ったキルルが俺に問う。


『魔王様、なんであのコボルトは回復したのですか!?』


 そう、死んでいても可笑しくないダメージを受けていたはずだ。

 なのに、死なず、怪我も治った。しかも走って自力で逃げ出したのだ。


 俺はキルルの問いに素直に答える。


「これが俺が持っている魔王の能力だ」


『魔王の能力……??』


 キルルの頭上に?マークが浮かんでいる。

 俺は説明してやった。


「そう、俺は絶対に無敵だが、絶対に勝利を一人では掴めないんだ」


 それが魔王の能力である。


『勝利を掴めない、ですか?』


 再びキルルが首を傾げる。今の言葉だけでは意味が通じていないのだろう。


「俺は誰にも殺されないが、誰も殺せない。人間も魔物も殺せない。代わりに人間も魔物にも殺されない」


『どう言うことですか……!?』


 まだキルルは意味が理解できないようだ。


「誰かを傷付けても、怪我が治る。例え殺しても生き返る。それが俺の能力の一つなのだ」


 もう、すげ~不便な能力なのだ。

 そして、キルルが思い付いたばかりの疑問を口に出した。


『それって、どうやって勇者を殺すのですか。魔王様の目的は勇者殺しのはず、それでは 勇者だって殺せないのではないですか?』


 キルルの疑問は当然の疑問だった。

 俺が本能で知った自分のチート能力の欠点。その欠点を鑑みるからに俺が出した回答は……。


「だから魔王として、魔王軍を築いて、部下に勇者を倒させないとならないのだ」


 それが俺の勇者殺しのプランだった。それしかない。


『そ、それって……』


 キルルが驚愕の表情で真実を述べた。


『それって、かなり面倒臭くないですか!?』


「ああ、かなり面倒臭いよ!!」


 俺だって自分の手で簡単に勇者をぶっ殺して世界を救ってやりたいよ!!

 しかし、それが出来ないのが、今回の魔王転生なのである。


 不便だわ~。超面倒臭いわ~。




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