8・股間を隠す物

 未だに全裸な俺と巫女服美少女のキルルは墓城を歩き回って探索を開始した。墓城の出口を探して下を目指す。


 フワフワと浮きながら俺の後ろに続く幽霊のキルルが言った。


『この城、何も無いですね』


 全裸の俺は廃墟を見回しながら答えた。


「何千年も無人だったんだろ。何もかも盗賊に略奪されたんじゃあねえのか?」


 墓城の中は見事に空だった。キルルが述べた通り何もかも無い。家具どころか食器の破片すら落ちてなかった。ただただ荒々しい岩のブロックが遺跡のように積み重なっているだけだ。


 霊安室だけは早々と通路が崩壊したためにバンデラスの遺体が発見されなかったのかも知れない。ある意味でラッキーだったのだろう。


『盗賊じゃあなくて、冒険者に漁られたのでしょうかね』


「冒険者か~。もうただのハイエナだな」


 キルルが俺の下半身をチラ見しながら言った。


『パンツの一着ぐらい残して行ってくれてもいいと思いませんか、魔王様……』


「冒険者ってガメついな。パンツ一つ残さないんだ」


 俺は窓の側に立って外の様子を伺った。強い風が俺の髪とティンティンを揺らす。


「景色はいいな」


『そうですね』


 この墓城は崖の斜面に築かれた廃城である。高さもかなり高い位置に聳えていた。

 最初に俺が目覚めた霊安室は崖の内部に掘り進んだところに建設された部屋だったのだろう。前方には高い位置から見渡せる森林が広がっていた。森林の遥か向こうには山脈が伺える。山脈の中には煙を上げている活火山も伺えた。

 その山脈の手前に巨大な樹木が一本だけ堂々と聳えている。

 巨大な樹木は世界樹のように鑑みれた。森に茂る他の木々の数倍は大きい。


「あの木はなんの木だろう、気になる木だな」


『昔は無かった大木ですね。まるで御神木サイズですよ』


 キルルの記憶にない大木ならば、この数千年で生え育った巨大樹なのだろうさ。


『それにしても凄い景色です。それに高いです』


 俺も下を見た。


「なるほど、この城は山の絶壁に建てられているのか」


 下を覗けば100メートル以上は高さがあった。

 この墓城は崖の絶壁に建てられている。

 敵軍に攻められた際は防御的には有利に立てる構造に見て取れた。おそらく城の現役時代は難攻不落と恐れられたことだろう。


 だが、何せ今はボロい。ボロボロの廃墟だ。もう敵を凌ぐ凌がない以前の問題だ。雨風すら凌げないだろう。

 要するに城としての機能は皆無に鑑みれた。もう城の体を成していない。住まいの体すら難しいだろう。そのぐらいボロボロだ。


 そして、崖の向こうには広い森が広がっている大森林だった。その森の果てに山脈が見える。

 そして、巨大な樹木が一本。町や村の景色は伺えなかった。森ばかりが広がっていて、古城以外の建造物は見当たらない。


「すげ~大自然豊かだな」


『僕の記憶では、荒れた荒野が続いているだけだったのですが、時の流れとは凄いですね。ここまで凄い森林を作り出すなんて……』


「ここは嘗て荒野だったのか?」


『はい、寂れた荒野でした』


「そうか、荒野が森に育ったのか――」


 俺はすくすくと育った森を眺めながらキルルに訊いた。


「この辺は魔地域とか言ってたな。魔地域ってなんだ?」


『魔物が住む地域です。略して魔地域です』


 もしかして……。


「またお前の付けたネーミングか?」


『えっ、分かりますか!?』


「やっぱりか……」


 こいつは厨二だな。設定厨だな……。すぐにそれっぽい名前を付けたがるようだ。


「うぬぬ?」


『どうしました、魔王様?』


 俺が森林を見ていると煙が立っているポイントを見付けた。森の中から煙が上がっている。

 焚き火の煙だろうか?

 それとも狼煙だろうか?

 どっちか分からないが煙が立っているのは事実だ。それにそんなに遠くもないぞ。


 俺は煙を指差しながら言う。


「あそこに煙が上がっているぞ」


『誰か住んでいるのでしょうかね?』


 自然発火の火事でもなかろう。煙が上がっているのだから、そこに人の営みがあるに違いない。


 でも、ここが魔地域なのだから、それが人とは限らないかも。やっぱり魔物の可能性が高いだろう。


 俺は適当な距離感で言う。


「ここから2キロぐらいの距離だな。行ってみるか」


『魔王様、僕は1キロぐらいだと思いますよ』


「そうなん……」


 ちくしょう、合わせてくれてもいいのにさ。わざわざ否定しなくっても……。


『行くのですか?』


「そりゃあ行くだろう。誰か居るなら訊きたいことが山程ある。まずは情報が必要だからな」


 キルルが心配そうな表情で話す。


『でも、魔王様は全裸ですよ。誰かに会う前に服を手に入れるほうが先ではないでしょうか?』


「それは一理あるが、その服すら煙の先で貰えばいいんじゃあないのか?」


『なるほど、魔王様って頭が良いですね』


「普通は思い付くだろ」


『僕なら全裸で人前に立つなんて想像できないから、人に会う前に服を入手することを優先させますよ』


「なるほどな、それも一理あるな……」


『まあ、男の子と女の子では順序が異なるのでしょう。男の子は全裸でも構わないのですね』


 なるほど、これは性別差による意見の相違なのだな。ならば仕方ない。


「そこまで言われると、なんだか服を着ないで人に会いに行く俺が非常識な魔王みたいじゃあないか」


『既に女の子の前で恥ずかしげもなく全裸で振る舞っている魔王様は非常識ですよ』


「いや、キルルが幽霊だから構わないかなって思ってさ……」


『僕が全裸を見ても戸惑わないような大人びた美少女幽霊だと思っていたのですか、魔王様。それはレディーに対して失礼ですよ。幽霊に対しても差別ですね』


「すまん……。でも、なんだかだいぶチンチロリン慣れしてないか、キルルは?」


『まあ、何千年間も間近で眺めていたバンデラス様のチンチロリンですからね。慣れですよ慣れ』


 そうだよな。こいつは霊安室で朽ちないバンデラスの遺体と何千年間も一緒だったんだもん。バンデラスのティンティンだって見飽きているのだろう。


「やっぱり慣れてるんじゃんか」


『でも、バンデラス様のチンチロリンを見慣れているだけで、魔王様の生き返った生チンチロリンは見慣れていないんですからね!』


 なんだよ、こいつはツンデレか?


「そうか、揺れるチンチロリンは初めて見るのか」


『はい、だから新鮮です!』


 まあ、とにかく俺たちは墓城の出口を探して歩き回った。地上に向かって下の階を目指す。

 その間に服を探すが、それらしい布切れすら落ちていなかった。マジでこの城には何も無いのだ。


 そして、墓城の正門に辿り着く。

 ここまで来る間に、服の代わりになりそうな物は殆ど無かった。流石に何千年も廃墟だった古城だ。落ちている物すら殆ど無いのだ。

 落ちていた物はこれだけである。

 何か家具の破片だろうか、1メートル半程度の木の板が一枚、陶器のワインカップが一つ、絵が入っていただろう空の額縁が一つだった。


「こんな物しか落ちてなかったぞ。マジで冒険者ってヤツらは、なんでもかんでも持っていっちまうんだな……」


『服の代わりになるような物はありませんでしたね、魔王様……。僕としてもガッカリです』


「これで股間を隠せるかな?」


 俺は空の額縁を下半身の前に置く。しかし額縁の外枠だけで絵すらハマっていない額縁は俺のチンチロリンを名画のように晒していた。


『魔王様、下半身を名画のように飾らないでください……』


「うぬぬ~、無理か。真ん中が抜けていては隠せるものも隠せないな」


『逆に飾っちゃってますからね……』


「糞、額縁は邪魔臭いだけだな、ここに捨てて行こう」


 額縁を投げ捨てると、今度は板切れを取り出した。


『板は1メートル半ほどありますね』


「チンチロリンを隠すだけなら少し大きすぎるだろうか。こんな物を抱えて森の中を歩いていられないぞ。邪魔臭い」


『そうですよね』


「残るはこれか……」


 俺は手に持った陶器のワインカップを凝視した。

 薄汚れた白い陶器のワインカップだ。おそらく安物だろう。

 だが、少し大きい。いや、俺の一物が小さいのだ。

 俺はワインカップをチンチロリンにスポリと被せるとキルルに訊いてみた。


「隠れるには隠れたが、だいぶブカブカだぞ。でも、これで良いだろうか?」


『年頃の乙女に問わないでください……』


 キルルは内股でモジモジしている。

 トイレに行きたいのかな?

 幽霊だから、それはないか。


「まあ、しゃあないからこれで行くぞ。行く先で、もっとフィットする物があったら交換して行こうか」


『魔王様はヤドカリですか……』


「とにかく煙のポイントを目指すぞ。キルル、ついて参れ!」


『憑いているので付いて参りますよ、とほほ……』


 俺とキルルは墓城の門から出て、眼前に広がる森林に踏み込んだ。

 目指すは狼煙のポイントだ。森の中を進む。


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