6・僕っ娘美少女幽霊キルル
俺は墓城の霊安室で人柱の巫女幽霊キルルからいろいろな情報を採取していた。
そして、分かったことが幾つかある。
この僕っ子、なかなか可愛いな!
いやいや、そうじゃない……。
俺は首の傷痕を撫でながら問う。
「要するに、今俺が入っているこの体は、数千年前に死んだ魔王の息子の首無し遺体なんだな」
俺は全裸のまま床に胡座で腰掛けている。その前にキルルが正座で可愛らしく腰を下ろしていた。
『はい、そうでございます。どのぐらい前の歴史かは同じく死んでいた僕には測りかねますが、魔王デスドロフ様の次男で、第二魔王子バンデラス様の遺体でした』
魔王デスドルフ、次男のバンデラスの体か……。なんとも都合の良い遺体が残っていたものだ。しかも、その遺体に俺の転生した魂が宿るとは都合が良い。強者の肉体ゲットだぜ!
「それで、なんでバンデラスは死んだのだ? それに何故に首だけ無い?」
俺は向かい合ってキルルの顔を見て初めて気が付いた。
「あれ……」
今頃になって気が付く俺。よくよくキルルの瞳を覗き込んで見れば、この僕っ娘幽霊少女はオッドアイである。右目と左目の色が違っていた。
オッドアイなんて初めて見るぞ。
前に居た世界だと、オッドアイなんて、アニメキャラのコスプレしたお姉ちゃんがカラコンで気取っている時ぐらいか、頭の悪そうなシベリアンハスキーぐらいしか見ないものな。
そのオッドアイの巫女幽霊がバンデラスの話について答える。
『バンデラス様は勇者と戦い首をはねられたと聞きます』
「なんだよ、勇者に負けたのかよ」
そんな野郎の体かよ。敗者じゃあねえか。ちょっと不吉だな。
何よりなんで中古の体なんだよ?
折角の異世界転生なんだから、新品の体をよこしやがれってんだ。あの女神はケチなのか?
それとも貧乏性なのか?
『そして、魔王様の血族は死しても人柱の巫女を捧げれば遺体が朽ちないそうです』
「えっ、じゃあそれでお前は生け贄に捧げられたのか?」
キルルは表情を暗くしながら頷いた。
『目の色が左右で異なる娘は人柱の力があるとか……』
「それだけの理由で生け贄にされたのか……」
『はい……』
なんだか可哀想な僕っ娘幽霊だな。
そもそも僕っ子はレアリティーが高いんだから、無駄遣いはやめてもらいたい。大事に大事に育ててもらいたいものである。
「それで、なんで遺体を保存するんだ。宗教的な風習か?」
『いえ、違います。それは死者を復活させるためでございます』
「死者蘇生か~……」
俺は自分の全裸を見回しながら言う。
「でも、こいつは復活してないよな。代わりに俺の転生先になったけれどよ」
『それは首が無かったからです』
「首?」
俺は首筋の傷痕を撫でる。太い傷跡が指先の感触だけでハッキリと分かった。
『勇者に首を取られたからです。頭が無ければ死者蘇生は不可能です。だから首を取り返すまで僕のような人柱を祀って遺体を保存していたのですよ』
「それで、王子様の首は取り返せなかったんだな」
キルルが一つ頷いてから話を続けた。
『そして、魔王様が勇者に打ち取られたと風の噂で聞きました。もう数千年間ここにも遺族の面会がございません……』
遺族ってよ、魔王の血縁者のことだよな。
その魔王は勇者に負けたのかな?
眷族も絶滅しちゃったのかな?
可能性は高そうだ。
「なるほどね~。それで忘れられた墓城なのか。誰も近寄らないんだな」
キルルが可愛らしく微笑んだ。
『そうなんですよ。でも、なかなかイケてるネーミングじゃあないでしょうか。 忘れられた墓城なんて格好良くありません』
「イケてるか?」
『僕がネーミングしたんですよ!』
「お前が名付けたんかい!!」
『てへへ♡』
キルルはお茶目な素振りで舌を出しながら照れていた。
「この幽霊、余裕があるな……」
『この忘れられた墓城は魔地域の最果てにございますから、冒険者どころかほとんど人間は近付きません。だからバンデラス様のご遺体が発見されずに守られていたのでしょう』
「この辺に人は住んでいないと?」
『僕は幽霊でここに呪縛されているので墓城の外のことは分かりません……。生け贄に捧げられる前に墓城の外を見て以来、死してからは一度も霊安室から出たことがありませんから』
「死んでから引き籠りか」
数千年もここに引き籠っていたのか~。それはさぞかし寂しかっただろうな。
ボッチは耐え難い。俺なら寂しさで死んでまうぞ。いや、もうこいつは幽霊だから死なないか。
『僕の生前の記憶では、墓城の近辺には人里はありませんでした。ただ広野が続いています。僕も人間の王国から拐われてきたので詳しくは分かりませんけど』
「オッドアイだからって誘拐されて人柱にされたんだ~。この僕っ子はメッチャ不幸だな」
まあ、とにかくだ。
「なるほどね~。外のことが知りたければ、外の者に訊くしかないのか。それか自分の目で確かめるかだな」
『お力になれなくてすみません、魔王様……』
「気にするな、幽霊のお前には罪なんか無いからな」
床に胡座をかいていた俺は全裸のまま立ち上がると霊安室の出口を目指して歩き出した。
霊安室に残るキルルが俺を呼び止める。
『魔王様、ここを出て行かれるのですか?』
俺は半身だけを振り返るとキルルに言った。
「ああ、当然だ。俺には転生した目的がある。勇者討伐だ。だからいつまでもここにとどまってもいられない」
『勇者討伐? 勇者様を殺すのですか?』
「勇者の中に世界を崩壊させる野郎が現れるらしいんだわ」
『らしい?』
「俺を転生させた女神が予言したんだ。俺はその勇者を捜し出して葬ることが使命なんだよ。破滅の勇者を葬って世界を救えだとさ」
『魔王様が世界を救うのですか……。なんだか複雑な使命ですね……』
「まあ、だから俺は行くぜ」
キルルが恥ずかしそうに述べる。
『ま、魔王様、全裸で外出ですか……?』
「あ~~……」
俺は自分の下半身を見下ろした。
そうか~、俺は全裸だったわ~。でも、しゃあないよね。服が無いから全裸なんだもの……。
まあ、なんにしろだ。
「俺は勇者をぶっ倒すって言う使命があるからな。だから、全裸でもここを旅立つぜ。止めてくれるなよ」
キルルは俯きながら寂しそうに言う。
『僕は地縛霊なのでお供できませんが、健闘をここから祈っています……。魔王様、是非とも世界の危機をお救いくださいませ……』
そうか、この僕っ娘は地縛霊なんだ。この霊安室に縛られているんだな。この場を離れたくても離れられないってわけだ。
「地縛霊ってのも哀れだな。ここから出れないし、離れることも出来ないのか……」
キルルが寂しそうに眉を歪めた。
『地縛霊の運命ですから……』
それもまた定めだ。
でも俺には俺のすべきことがある。それも定めだ。だから行かねばならない。
「それじゃあ、俺は行くぜ。ここでお別れだ。達者でな、キルル……」
『はい、魔王様……』
俺はキルルに手を振ると霊安室を全裸で出て行った。
そして、窓も無い長い廊下を早歩きで進んでいると背後から踠く声が聞こえてくる。
声の主はキルルのようだ。
『ぬぬぬぅ、なに、これ、引っ張られる!!』
「えっ……?」
俺が背後を振り返ると、通路の壁に爪を立てながら引っ張られる引力に抵抗するキルルの必死な姿があった。
「どうしたん、キルル……。何してるんだよ?」
『いや、僕にも分からないのですが、凄い力で引っ張られるのですよ、ぬぬぬぬ……』
「そうなの……」
もしかしてと思った俺は壁にしがみつくキルルの姿を眺めながら後ろ歩きで通路を進んで見た。
すると俺が一歩進む度にキルルが引っ張られて廊下を進んでくる。まるで俺に引っ張られているようだった。
「なるほど〜」
少し考える俺。
「よし!」
俺は振り返るとしゃがみ込んだ。両手を床についてクラウチングスタートのフォームを築く。
「よ~~~い!」
『えっ、えっ、ちょっと待ってください、魔王様!!』
「ドンっ!!」
俺はクラウチングスタートから猛ダッシュした。真っ直ぐな地下通路を可憐なフォームのまま全速力で走り抜ける。
「俺は風だっ!!」
『ぎぃぁあああ! やーめーてー!!!』
短距離ランナーのような華麗なフォームで駆け抜ける俺の背後でキルルの悲鳴がこだましていた。
これは俺の推測だ。
おそらくキルルは霊安室に地縛している幽霊ではないのだろう。
多分だが、このバンデラスの体に取り憑いている霊体なのだろうさ。
だから俺が動けば引っ張られているのだろう。
この体とキルルの霊体は結ばれているようだ。
これは面白いぞ。
「おらおらおらおら!!」
『ひぃゃあぁあぁあぁあ!!!』
ならば、話は早い。
この僕っ娘幽霊美少女を引き摺ってでも俺の勇者討伐に付き合わせてやるぜ。
だって、そのほうがなんだか楽しそうじゃんか!!
『ぎぃぁあああ! 魔王様ぁぁあああ!! とりあえず走るのを一回止めてぇぇえええ!!!』
「旅は道ずれ、転生も道ずれだ。楽しい仲間ができて俺は嬉しいぞ!」
【魔王の配下に人柱の巫女キルルが加わりました】
魔王軍の配下、第一号である。
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