第2話 霊に憑かれて
傀儡子の屋敷での一件以降、出来る限り霊的な場所へと歩み寄ろうとはしない春斗。昔から冬子が取っていた姿勢が正しいものだと思い知らされる。
冬子との連絡はたまに取っていたものの、互いに積極的に連絡を取ろうとする性格でもない為か数か月に一度、それも電話で少し話すに留まってしまうといった有り様。
もう既に関係の実感が薄れてしまっていた。
「冬子、元気にしてるかな」
そんな一言を呟きながら時たまかける電話、今日はあまり良いことの無い日だった。
番号を押しながら思い返す。日頃の睡眠不足による疲れからか通勤中に倒れてしまいそうなふらつきを見せていた。
受話器越しのコール音、遠くから聞いているような心地のそれの規則性に身体を委ねている気分に陥ってしまう。音の響きと共に蘇る今日という日の失敗。
通勤中のふらつきが花束やお菓子を踏み荒らしてしまった事。気が付けば周りで歩く人々に向けて必死の謝罪を披露していた。誰に謝るべきなのか分からずに発した言葉と提げられた頭を見て覚束ない足取りによる悪意無き行ないを許す神はそこに居てくれるものだろうか。
やがてコール音の規則性が一つの音で破られた。今向こうにいる相手、声の行き先は同い年の女。
「もしもし、春斗」
相変わらずの低い声、ちょっとした冷たさを外に纏っているようでしっかり聞いてみれば奥の方から溶け出すような温もりを感じてしまうような感情の気配が潜んでいた。
「冬子」
今日は全ての時間が苦痛で帰ってから一度寝てしまった程。もはや趣味や自分の時間といった言葉を大切にする人々の想いなど他人事でしかなかった。
「最近どうかな」
初めの一言は何度電話を掛けた経験を形にして担いだところで初々しさが前線に出ていた。きっと治る事は無いのだろう。
「まあまあだな」
冬子も日頃の疲れが溜まるあまり、物事を楽しむ余裕が無いのだという。
「仕事の疲れより友だちとも会えない方が苦しい」
秋男と春斗、小春といった暖かな仲間と共に彩った日々は今までに無かった感情を呼んでいるのだという。
「休みが合えば何処か一緒に行きたいな」
最大限の甘え、彼女にとって近い距離にある言葉がそれなのだと知った時には春斗の中で飛び跳ねる何かがいた。
「話しは変わるが」
話していて最大限の落ち着きを手に入れる。久々に電話を掛ける相手が冬子で良かったと心の底から這い出る声が内側で渦巻いていた。
あの前置きから繋がる言葉、それを操る声、音の違いに春斗は震え上がった。
「私が死んだ日の話を聞いて」
違う、確実に違う。春斗が話している相手はどのタイミングですり替わってしまったのだろう。
「あの日私は普通に歩いてた、それだけなのに、それだけなのに」
思わず電話を切ってしまう。どうしてこのような異変が訪れてしまったのだろう。考えられることなど一つ、あまりにも大きな心当たりがぶつかっては跳ね返り、春斗の中で大きく膨れ上がる。
確かに事故を悲しむ遺族や友人たちが整えただろうあの場を荒らしてしまったことは間違いない。しかしながらその償いなど出来る気がしなかった。
次の朝、春斗は道を変える。大きく回ってあの事故現場を避け、それでも伸びる道の辿り方さえ間違えなければ勤務先のスーパーマーケットにはたどり着くものだった。
店の外に女の子が立っていた。透明の壁の向こうを、営業時間を迎える前の店の中を見つめ続ける彼女は果たしてどのような色の視線をしているのだろう。
そんな女の子を横目に裏口から入り、手早く着替えを済ませる。周りにてふんぞり返る先輩の半分ほどは従業員たちの共通の敵。そんな彼らが素早く口を開いた。
「私は普通に横断歩道を歩いていただけなのに」
揃いも揃って誰の過去を告げているものか、春斗は既に霊から目をつけられている事を悟り、次の休日のお祓いを待つこととした。
やがて開店時間が訪れる。
自動ドアの開閉、人々の流れ、忙しない品出し。全てが疲れの重りとなって春斗に圧し掛かる。
絶え間ない人々の流れの中に朝から店を見つめていた女の子の姿を認める。
それほど長い時間、ひたすら待っていたのか。春斗は目を丸くしながら女の子の方へと寄る。人の流れの中では誰も彼もが言葉で賑わいを作り、騒がしい空間は大きさを変えないまま膨れ上がっているよう。
春斗が歩み寄ったその先に、女の子の姿は無かった。
「あれ、見間違えかな」
ついつい零れてしまった独り言を塗り潰すように人々のざわめきがはじけ続ける。
「私、車に撥ねられたの」
「あの目は何を見るために付いてるのかな」
「身体から血が止まらなくて」
その内容の一つ一つを耳にして、春斗の全身から血の気が抜ける。誰もが口にしているそれ、この場所全体が祟られてしまったのだろうか。
結局一日、身体を震わせながら過ごした夜。何度も呼び鈴が何者かの訪問を告げるものの全て耳を貸さずに時間だけを捨て去って、次の日は休みをもらってお祓いに行く。
神社の神職は彼の姿や言葉を耳にしてすぐさま社務所に連絡を入れて本殿に上げる。
それから帰りに告げられた言葉によれば春斗の発していた言葉の全てが事故死した女の子の言葉だったのだとか。
勤務先でも心配の言葉を頂いた挙句、心配を抱きながら冬子に電話を掛けたその時の春斗を出迎えた言葉によって危惧していた事実が明らかとなった。
「今度はちゃんと春斗の言葉だな」
あの日のスーパーマーケットで聞いていた言葉は全て春斗が発していたものだったようだ。
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