花で手繰り寄せる運命

猫石

1回目

「君が好きだ。」


 そう言って、男は花を手に、目の前にいる女へ愛を告げた。


「君を初めて見た時から、ずっと君が大好きだったんだ。」


 男の摘んでいるのは、春先になれば街道沿いに、畑の縁にしっかりと根を張る、やがて雲の様に姿を変える、でたらめに太陽を模したような黄色の花が一輪。


「どうしてこの花を?」


 そう聞いた女に、男はにかっと歯を見せるように笑った。


「ここに来る途中、一番綺麗に見えた花だった。」


 男が住む集落から、女が住む森の奥までは、様々な花が咲いていただろう。その中で男が一番きれいに見えた花を選んだという。


 これまで無表情だった女は、ふっと口元を緩めた。


「ありがとう。これは記念にもらっておくわ。でも、もうここには来ないで。」


 そう言って、目の前に立つ小屋の中に入っていく女の背中に、男は声をかける。


「何故。」


 と。


「それはね。」


 女は振り返り、そっと、己の耳に触れた。


「貴方がただの人間で、私がエルフだからよ。」


 ツンととがった特徴ある耳を弾くようにしてそう言い切った女は、小屋の中に帰っていった。






「また来たの?」


 女は扉の前で薪を作っている最中だった。


 男は手には、子猫の尻尾の様な小さな白い房の花が一本あった。


 強い清凉感のある匂い花を差し出した男は、先日と同じく硬い表情のまま女に言った。


「君が好きだ。」


「昨日の話を聞いていたの?」


 転がった薪を拾い集めながら、女は自分の耳をピンっと弾いた。


「私はエルフなの。」


「知ってる。」


 ガラガラと、集めた薪を小屋の入り口の傍にある薪置き場に並べた女は振り返った。


「なら、知っているでしょう? 私と貴方じゃ同じ時を生きられない。」


「エルフが長い時を行き、人間と同じように年を取らない事も。村の長老から聞いた。」


「なら……。」


「それでも君が好きだ。」


 男は花を差し出したままそう言い切ると、2歩、3歩と女に向かって足を進め、花を差し出す。


「なぜ、この花を?」


「君の歌声のように、気持ちがいいと思った。」


 花を手に取った女に頭を下げた男は、くるっと来た道に踵を返した。


「また来る。」


 女は男の背中を見送った。







 最初に花を貰ってから、1000の月と太陽を数えた日。


「君の亜麻色の髪に似合うと思った。」


 毎日花を持ってくる男がそう言って差し出したのは、赤味の強い紫色の大きな花だった。


「何の話?」


 屋根から近くの気にかけて伸ばされた紐に、刈り取った草花をひっかけていた女は、声をした方に振り返った。


「君に花を渡すと、何故この花を、と聞かれるから。」


 言われて、なるほど、と女は思った。


 作業の手を止め、無造作に三つ編みにして背中に流していた少しパサついた亜麻色の長い髪を摘んでみた女は、ふっと笑うと男を見た。


「それで?」


「君が好きだ。」


「またそれなの?」


 真面目な顔で自分を見て来る男を確認し、また草花を干し始めた女。


 そよ風が二人の間を駆け抜けたあと、男はサクサクと女の方に向かって歩く。


「なに?」


 ふとした違和感に、仕事の手を止めた女は、自分の三つ編みを手にして微笑む男に声をかけた。


「ほら、似合う。」


 髪をくくっていた紐にそっと花を差し込んだ男は、満足げに笑ってから、そっと女の髪から手を離し、その場からも離れた。


「また、来る。」


 サクサクと、音を立てて来た道の方へ歩いていく男。


「何故?」


 その背中に問うた女に、男は肩越しに微笑んで答えた。


「君が好きだからだ。」


 その姿が森に入り、見えなくなるまで見送った女は、自分の髪を摘みと、揺れる花を少し見ていた。






「来ないわ。」


 外は雨だった。


 歪んだ硝子の嵌った窓辺で揺れる赤味の強い大きな紫の花から、花びらが一枚、ひらりと離れて床に落ちた。


 1日と間を置かず来ていた男は、あの日以来来なくなった。


 短い寿命を生きる人間だ。


 きっと飽きたのだろうと思った。


「もう、来ないわ。」






 窓辺で揺れていた、赤味の強かった紫だった花の最後の花弁が床に落ちた時、女はそこにいなかった。


 その日、男の代わりにやってきたという、代々墓守をしているという一族の男は、そのまま人里離れたその場所に女を案内した。


 まだ乾ききっていない、盛られた土の上に置かれた丸い石には、赤みの強い紫色の大きな花の輪が飾られている。


「質の悪い病に罹っていたんだ。」


 墓守の男はくしゃっと顔を顰めて、女に言った。


「あんたに会いに行くのが、アイツの生きがいだったと言っていた。」


「なぜ?」


 何の感情も篭らない目で、花で飾られた石を見つめる女に、墓守は教えた。


「病だと言われて湖へ行ったときに、あんたに会って恋に落ち、あんたの歌を聞いて救われた、自分の残りの人生をあんたに捧げたいと、花を持って会いに行っていた。」


「そんなものは、自己満足よ。」


「あぁ、そうだな。」


「死に行く人間から、自分勝手に思いや命を押し付けられても迷惑だわ。」


「あぁ、まったくだ。」


 墓守はうす汚れた布を女に差し出した。


「それは捨ててくれていい。だが、その花、それだけは持って行ってやってくれ。 あんたに最後に捧げる花だと言っていた。」


 新しい盛り土にたくさん水滴が雨の様に降り注ぎ、夕暮れには花も人影も消えていた。

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