【番外編1 ハリー・アルジャーの1日】

 朝5時――目覚まし時計に起こされる前に起床。アラームを解除し、日課のランニングを開始する。毎日決まったコースを決まったペースで走っている。基本ひとりで走ることが多いが、稀にミカがついて来ることもある。一度1時間早くランニングに行き戻ってきたら、ミカが寮の入り口の段差に座ってふてくされていたことがあったので、それ以降彼が来ようが来まいが、朝5時に行くようにしている。ミカが一緒のときは、彼が直感で行きたい道を決めて進んでいくので、ビワのなる木を見つけて実をもいで食べたり、港の見える高台まで行って船を眺めたり、正直無駄が多い。毎日ついて来るようになったら困るが、月に2回程度なので目をつぶっている。


 7時――寮の食堂で朝食をとり、登校準備をする。食堂では他の生徒たちの会話を、聞くとはなしに聞いている。噂話には全く興味がないのだが、以前、急に先輩から決闘を申し込まれたことがあった。その先輩は公爵家の嫡男で、妹君がおり、自身と決闘し勝利を収めた者を妹君の婚約者にすると決めていたらしい。妹君にはファンも多く、その先輩に闘いを挑み敗れる者は多く、俺がその先輩と決闘を行うという話は、瞬く間に学園中に広まっていたそうだ。そんなこととはつゆ知らず闘いに勝利してしまったため、その後がとても大変だった。以降、なるべく学園で何が起こっているのかは把握するようにしている。


 9時――授業を受ける。今日はグループごとに課題に取り組み、最後に成果を発表をするという授業だった。ミカとは去年も今年も同じクラスで、去年の秋以降、ペアを組むときは大抵一緒にやっている。今回は男女混合班で作業をするのだが、同じ班になった女子たちはかなりウキウキしているようだ。それもそのはず、ミカと同じ班になりたい女子は多い……いや全員か。最初のうちは女子同士でバチバチしていたようだが、誰かが機会均等を掲げ、皆が公平にミカと同じ班になれるようローテーションを組むことで話がまとまったらしい。今日の子は、ひとりはミカにたくさん話しかけているが、もうひとりはミカとはあまり話さずもじもじと俺の方ばかり見ている。きっと緊張してミカの方は見られない……とかなんだろう、せっかく同じ班になったのだから話すべきだと思いミカの方を見たが、やれやれという顔をされた。……もう手一杯ということだろうか。


 12時――生徒会室でミカと昼食をとる。サマエルさんが入学してから早1か月、ミカはサマエルさんの話ばかりしている。元々"女神"の話はよく聞いていたが、いざ入学してくると、体育館から戻るときに女神とすれ違いそうになって、こんな汗臭い姿で相まみえるなんて絶対に許されないから、遠回りをした結果次の授業に遅れてしまい、危うく減点になるところだっただの、女神たちのクラスでは近々家庭科の授業でクッキーを焼くらしいけれど、何とか一枚くすねる方法はないかなど、とても聖ロマネス王国第一王子とは思えない発言を連発している。

 入学式から戻ったときのミカの高揚もすごかった。何でも、ステンドグラスのクレマチスを眺める姿と振り返ったときの不意の表情で彼女が女神だと確信したらしい。元々、女神は植物図鑑のようなものを眺めていたから、きっと花が好きに違いないなんて言っていたが、ステンドグラスを見ている女生徒に急に「リアン嬢?」と声をかけたらしいからどうかしている。あの時、人違いだったらどうするつもりだったんだと聞いたが、目をぱちくりさせ「それは全く考えてなかったな」と言っていた。ビビッときたというやつなんだろうか。


 13時――引き続き午後の授業。全ての班が発表を終えたら休憩となるため、いつもよりも早く授業が終わりそうだ。ただ、ミカから、今日の帰りのホームルームまでに、サマエルさんに放課後生徒会室に来るよう伝えてほしいと頼まれている。……なんで俺が。ミカは、自分が直接話しかけたせいで女神が嫌がらせにあったりしたら嫌だからなんて言っていたが、どうも辻褄が合わない気がしている。入学式のときの勢いはどうしたんだ?急に恥ずかしくなったんだろうか。面倒なので手紙を書いてサマエルさんの机に置いておくことにしようと思う。


 14時半――ミカの情報を元に、無事サマエルさんの机に手紙を置くことに成功した。教卓の座席表で席を確認している時間が一番緊張した。誰にも見られることなく教室を後にする。サマエルさんのクラスの時間割をどうしてミカが把握しているのかは謎だが、きっと生徒会の力でも駆使して入手したんだろう。利用したのが国家権力だったとしても、もう俺は驚かない。


 16時――いつもなら剣術の稽古やトレーニングをする時間なのだが、ミカに付き合って生徒会室へ。サマエルさんが来てからは、ミカとサマエルさんの邪魔をしないよう、なるべく気配を消して立っていた。普段から話す方ではないので、うまくできていたと思う。


 18時――ミカと男子寮に戻る。少しからかってやろうとミカの顔を見ると、目に涙をためていた。ミカは、女神がサマエルさんになってしまったことに、罪悪感を感じているんだろうか。未来が訪れないかもしれないこの世界に女神を呼んでしまった事実をひしひしと実感し、なかなか話しかけられなかったんだろうか。伝えてもし拒絶されたらと思うと、怖くてしょうがなかったんじゃないか。女神、女神!なんてしょっちゅう言ってたけど、そんな不安な気持ちを隠すために気丈に振る舞っていたんじゃないか。そしてこれからも、彼女に何かあったらと思うと、ミカは自責の念に押しつぶされそうになるのではないか……。

 俺は何も、ミカに言葉をかけられなかった。


 19時――夕食。約束しているわけではないが、夜ご飯を食べにくるタイミングが重なることが多く、ミカとよく一緒に食べている。食堂では、他の生徒もいるからか女神の話はせず、たまに剣術の話だったりをしつつ、お互い無言の時間が多い。今日はミカが下りてこなかったため、一人で夕食をとる。ミカの好きなエビフライ定食だった。


 20時――素振りとジョギング。夜ほどがっつりは走らない。ちなみに、女子寮と違って男子寮には門限がない。ただし、夕食の提供時間が決まっているため、その時間には寮にいるようにしている。


 21時――入浴。大浴場には露天風呂もついているのだが、面倒なので自室のシャワーで済ませることが多い。でも今日は大浴場に行った。湯船に浸かりながら、ミカとサマエルさんの話を反芻する。ミカの話では、俺は元々ミカと仲良くなるはずではなかったらしい。だとすると俺はミカが祈ってくれてよかったなと思う。上がって脱衣所で寝巻に着替えていると、ミカが入ってきた。もうすっかりいつもの調子に戻っていたから、俺は「エビフライ食ったか?」とだけ聞いた。うまかったそうだ。


 22時――就寝。朝も早いから、この時間にはベッドに入るようにしている。特に何も考えず、すぐに眠りにつくことが多い。

 ……明日、ミカは5時に起きてくるだろうか。もし明日一緒にランニングをするのなら、今日思ったことを話してもいい。……でも何となく、来ないような気もする。まあ、俺が分かっていればそれでいいだろう。

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