15 夜を灼く火 と 闇を裂く雷

 爆心地は大広場より先にある建物群の方向だった。


(たしかあの方角には、領主の統治機関が……)


 およそ一キロ先。軍の施設越しに、灰色の煙が立ち上がっているのが見える。


「──爆発だ……!」


 大広場にいた誰かが口にし、あっという間に緊迫が拡がる。


「どこで?」「事故か?」「あっちって領主の官邸の方──」


 ざわめく人々の声が重なるなか、ひときわ大きな声が上がった。



「王国軍が領主を襲撃したって!」



 どよ、とその場が揺れる。


「襲撃⁉」「軍が領主を攻撃したってこと⁉」「例の関所問題で──」


「とにかく王国軍が攻撃してんだ! 危ないぞ!」


 みなが顔を見合わせる。その場の不安を共有し、耳にした言葉を自分も口にして──


 クオは煙が立ち上る地点に目をらす。


 建物の途切れ目からわずかに見える赤橙の炎。火薬による爆撃だ。

 煙と火の量からしてかなりの爆発規模。だが。


「あれ、ほんとに王国軍の仕業なのかな?」


 脳裏に過った思いを、手を繋いでいたルカが口にしていた。


 クオも頷く。

「わたしも、断定するには早いと思います。

 火薬系統の爆発物は軍以外でも使用や入手が可能です。あ、違法ですが。

 それに──今、軍がこの地を攻撃をする意図がまったく見えないです」


 関所問題を巡り、王国軍は領主と会談の場を設けていた。


 それと並行してローラのような申請手続きした人に関所を通過させようとするなど、穏健なやりかたでこの問題を解決しようと動いていたのだ。


 その軍が、この領地の施設を爆破するなんて。


「辻褄が合わないね」

 ルカはぽつりと言った。


 夜の風がふたりをざわりと撫で過ぎた。爆心地から流れる空気は微かに焦げている。


「よからぬ企みの臭いだ」

「……っ」


 ルカの言葉にクオは緊張する。





 網目状に広がっている街の酒場通りにいる人々の動きは鈍い。


 何が起こっているのか、その場で情報を集めようとする者、構わず酒肴しゅこうをあおる者、爆心地から遠ざかる者もいれば、「軍の攻撃だ」と声を張っている者もいる。


 人混みを掻き分けながらクオは爆発現場に近付きつつ、ふと振り返る。


「ルカあの、現場はわたしが確認しておきますので、ルカは軍の施設か、関所の方に向かった方がいいのでは、」


「ううん。ぼく、クオと一緒がいいもん」


 クオの言葉にルカは繋いでいる手を握り返した。


「それにちょっと確かめておきたいこともあるしさ」


 あの爆発と周囲の状況を受け、ルカはすでに何かに当たりを付けている様子だった。


 混乱する知らない土地で離ればなれになるのは危険だと、クオも頷いて先を急いだ。


 ──爆発現場は、やはり領主の主要官邸だった。


 この地域の統治者である領主の邸宅をはじめ、政治や行政機関が集結した施設だ。


「領主が攻撃された!」「会談で交渉が決裂したんだ」「王国軍が脅しをかけたんだってよ」「言うこと聞かない領主側を、軍が攻撃したってことか?」


 施設の一角から黒煙をあげる光景を前に、誰からともなくそんな言葉が飛び交っている。


 クオが施設の被害状況を目視で測るかたわらで、ルカは周囲に顔を巡らせていた。


「ふむふむ。これは手がこんでるね」

「……爆破されたのは人気のない場所だったようです、が……ルカ?」


 クオが目をやると、ルカは爆発現場そっちのけで声をあげている人々を眺めている。


「ど、どなたか知り合いです?」


「んーん。知らないヒト。たぶんあの大声上げてるヒトらが爆破の犯人一味じゃないかな」

「ふぇい⁉」


 唐突にそう言われ、犯人でもないのにクオが慌てる。


「で、ど、どうしてですっ?」


「犯行動機はさておき」ルカは肩をすくめて、「真偽が不透明な今の状況を狙って『王国軍の仕業だ』って大勢に広めたいんじゃないかな。ほら貝みたいに」


 クオはそっと周りに目を移した。


「王国軍の攻撃」「領主が攻撃された」「関所問題の交渉が決裂した」


 ざわめきの中、その言葉だけがくっきりと繰り返されている。


 発言した者は格好もばらばらの男女だ。ひとしきり騒ぎ、その場にいる者が自分たちと同じ文言を口にし始めると、人混みに姿を消していく。


 人類を遥かにしのぐ聴力を持つルカが意識しなければ、群衆の一部だった──それくらい自然な動き。


「さしずめ『騒ぎの火付け役』ってとこだね」


 同じ光景を眺めていたルカが呟いた。


「さっき、広場でも騒いでたヒトいたでしょ。爆発のすぐあと、不自然すぎる早さで。

 予め爆発を知っていないと、『王国軍の仕業』なんて手際よく言いふらせないのに」


 では。

 素性不明の複数人が、領主の施設破壊を王国軍の仕業だと意図的に伝播している──?


「でも、どうして……」


「王国軍を悪い出来事の犯人に仕立て上げるためかな。

 真犯人はさしづめ反王国軍とか、反王室とか、権力者をワルモノにしたい連中かなあ。

 ぼく怪しいのは領主じゃないかと思うよ」


「りょ、領主? 攻撃をされた側のはずですが……」


「うん。ローラの話だと、王国軍と領主の会談って急に決まったことなんでしょ。

 軍のヒトが現地に来て、会談直後に爆撃なんてタイミング良すぎるよ。爆発仕掛けたり、誤情報を拡げるヒトを用意したり──現地で迎える側の方がとりやすい動きだ」


「へゃ……た、たしかに……」


 クオはルカの瞬時の推察に唖然あぜんとしつつも納得した。


 しかし攻撃をされた側が実は実行犯だなんて──あまりにもクオの考えが及ばない状況だった。


「クオは魔女と真正面から戦ってきたからね。こういうヒトのややこしいやり口は対処したことないんじゃない」


「ふぁ……すみません、実はその通りで」


「気にしない気にしない。でもヒト同士ってこういうことあるから気を付けた方がいいよ」


 ルカはクオの頬をちょんとつついて──ふっと思い出したような顔になる。


「ヒト同士か……」

「?」


「──いずれヒト同士で──か。……魔女相手より……ずっと──」


 うわごとのように呟くルカの目は、どこか遠くにあった。

 むかし誰かが口にした言葉を、思い出すように。


「ルカ……」

「ごめんごめん、ぼーっとしちゃった」


 次のまばたきで、ルカはいつもの薄い笑みに戻っていた。

 クオはその目をのぞき込むが、探れそうにもなかった。

 何かを察するには、ルカが生きてきた時間──過去はあまりにも長い。


「とにかくさ、良からぬヒトたちがまだ何かやらかそうとしてるんじゃないかって話だよ」

「で、ではまだ攻撃がある可能性が……」

「それはなんとも」


 この場の状況から、領主施設を爆破した存在のやり口を推察できても、理由や目的までは判らない。


 これから何をしようとしているかも。


「へぅ……では、どんどん後手に回ってしまいます」

「攻撃のたび、さっきみたいなヒトが『王国軍の仕業だ』って騒いで回るだろうね」


 冷静なルカの予測にクオは表情を硬くした。


「それでは王国軍側の、施設に集まっている方たちにまで危険が及びます」


 噂を真に受け王国軍を犯人と決めつけた人々が殺到するかもしれない。


 そうなると、関所通過のために施設に居合わせていたローラをはじめ、何も知らない人々にまで危害が及ぶ。


「この状況を止めなければ、です」


 クオの目に力がもる。普段は黒に近いその双眸そうぼうが、夜でもわかるほど強い青みを増す。


 彼女のなかにある〈魔女狩り〉の血が顕在化している証だった。


 その色を見て、ルカは目を細めた。


「クオが戦うのなら──なんとかなりそうだね。きみは敵なしだから」


「や、あ、でも、何をすべきか……あ、あと王国軍にもばれないように動く必要も、」


「ぷふ。しまりないなあ」


「す、すみません……」


 いざ状況に臨もうにも敵は目の前におらず次の手も見えない──対人の戦闘は最強でも、人を相手にした戦略がクオは苦手だ。


「じゃあぼくも協力しよう。いっしょにこの騒ぎをなんとかしよっか」

「──! はいっ。お願いしますっ」


 危ない場にルカをひとりにさせたくなかったし、今のクオにとってルカは戦略を担う心強い参謀となっていた。


 ふたりは夜の街を動き出す。





「使ったことあるのか?」

「仕組みは同じだろ。引き金引けば発砲できる」


 建物の陰で潜めた声が交わされ、一人が慣れない動きで銃を構える。蒼光そうこうを帯びた白を基調とした銃身。


 雷銃トールスクロプだ。軍用兵器であるはずの得物を手にしているのは、街に紛れやすい市民の身態をした男だった。


 両手で掲げた銃を、目の前にある領主のいる邸宅に据え──引き金に指をかける。


 次に、目の前に小さな影が懐に迫った。


 音もなく目で追えない瞬速。雷銃トールスクロプを構えていた男は、真下から顎へ強烈な掌底しょうていを喰らっていた。


「──っ⁉」

 跳ね上がり、仰け反って背中から倒れる。


「……え⁉」

 もう一人も影を追う、が、真横からの鋭い衝撃に突かれカクンと膝からくずおれる。


「──ふょ」


 クオは息を吐いた。


 気絶した二人とも、脳震盪のうしんとうで当面は動けないはず。


「やっぱり軍人じゃないね。ぼくの適当推理が的中しちゃった。良いんだか悪いんだか」


 路地の手前から、ひょっこりとルカが姿を現した。


「やっぱり攻撃被害は偽装だったってわけだ」


 ──爆発事件は王国軍の仕業とするための偽装犯罪。


 ルカの仮定をもとに、ふたりはさっそく行動した。


 まずは爆発現場で「王国軍の仕業だ」と吹聴していた者のうち一人の後を尾けた。


 すると別の者と合流したその人物が、次に爆破される場所と時間帯を口にしたのだ。


『十分後には領主の邸宅、三十分後には資材庫と武器庫──関所は?』『一時間後だ』


 メモなどの物証は残さない、しかし記憶内容の確認のため、潜めた声を交わしていた。


 まさか離れた道の角から、その声を聴きとれる者がいるなど思いもしていなかっただろう。おかげでルカがその耳で情報を拾い──


 クオとともに直近の襲撃現場となる領主邸宅に駆け付け、今に至る。


「次の標的は資材庫と武器庫……先にどっちから向かおっか」


「あ、でしたら武器庫の方へ向かいましょう」


 クオは倒れた工作員の持つ武器を検め、雷銃を回収すると立ち上がった。


「武器庫や兵力が固まる箇所への攻撃は、戦況に火が点きやすい、ので」

「なるほど。恐怖も攻撃性も煽りやすいってことだね」

「混乱に乗じた武器の流出も防ぐべきですし」

「それもそうだ」


 ルカは頷いた。


 この偽装攻撃の首謀者は誤情報により現場を混乱させ、「王国軍が領主側を攻撃」という事実を仕立て上げようとしている。


 ならば混乱を抑え、火種は早急に消す。あくまで秘密裏に。


「さてさて。この場所の攻撃は防げたことだし、次に行こうか。武器庫ってどこに──」


 動き出した二人の頭上を、あおい光が通過した。


 夜を切り裂く強烈な閃光。それは咄嗟とっさにルカを抱えてその場に伏せたクオの頭上で轟音とともに炸裂した。


『──!』


 ふたりは息を呑む。

 領主の邸宅──その屋根が食いちぎられたように消失していた。




 ◆




「ほーらねーん?」


 窓枠に片脚をついて、巨大なライフルを肩に担いでデュプラは笑った。

 黒煙がくゆる銃口にフッと息を吹きかけて気取る。


「ライノっち、受話器ちょーだい」


 デュプラの掌に通話中の受話器をライノが無言で手渡してやる。


 受話器の向こうでは、悲鳴じみた声が上がっていた。


「おおおおおおい、おいっ、どうなってるんだ貴族連盟⁉ 今、攻撃がっ! の邸宅が爆撃されたぞ⁉ どういうことだ! 自宅に王国軍の仕業と見せかけるために雷丸らいがんを一発打ち込むだけじゃなかったのか⁉」


「そのとぉーり。爆撃じゃなくて狙撃ね。遠距離から僕ちゃんが直々にぶち込んであげちゃった。特別サービスよん」


「ふッ……ふざけるなッ! 余の邸宅を」


「ねえねえベズワルのおじさーん。僕ちゃんとさ、いちばん最初に約束したよね?

 領主としてもっとビッグになりたければ、僕ちゃんの言う通りにしてって」


「……それは……っ、だが、余には一切のリスクがないという話で、」


「僕ちゃんの言う通りにしてればねー」


 デュプラは再び受話器越しの──ゲナ地方領主オスカー・ベズワルを黙らせた。


「なのに決まった時間にきちんと偽装攻撃しないんだもん。十二秒遅刻。ダメじゃーん。

 言っとくけど、これ僕ちゃんの善意よ? 雷丸の威力がちょい違うから壁に弾痕残すトコが屋根吹き飛ばすになっちゃったけど? まっ、誤差の範囲じゃん? わかる?」


「……っ」


 まくし立てたデュプラにし負けたように、領主が息を詰まらせる。


「だーからさ、次の爆破ポイントは予定通りやらないと。まぁた僕ちゃんが介入することになっちゃうじゃん。そんなに見たい? 僕ちゃんの凄腕一撃必殺ワンショットキル

 キミがここで降りたいんなら偽装攻撃は僕ちゃんが全部やったげようかぁ?」


「……っ、」


 ベズワルが息をむ。


 この計画がもう引き返せない段階にあると思い知ったようだ。


「んじゃ、続きもよろしくねーん」


 デュプラは返答を待たず電話を切った。



 ──ベズワルの前にデュプラがふらりと現れたのはひと月ほど前だ。


『せっかく領主になったんでしょ。画期的なコトやって王国に名前轟かせたくない? 領主としてビッグになろうよ、ねえ?』


 そういってデュプラは領主に関所を設置させ通行料を徴収する、独自政策を施行させた。


 そんなもの王室への反目とみなされうる政策だ。


 だが世襲で領主となり政治にも法律にも暗いオスカー・ベズワルにとって、自分を褒めそやすデュプラの提案は旨味しか感じられないものだった。


 手際よく関所を設置し、通行料政策を敢行する。


 やがて王国軍の目に留まる事態になるも、デュプラは『そんなことは想定済だにゃ』と今回の計画を提示した。


 偽装攻撃を施し、王国軍を悪者に仕立て上げる──


 そうすれば王国軍を黙らせられる。引き続きキミはこの領地で王のように自由好き勝手に采配さいはいを振るえる──


「──ワケないでしょが、バカだねえ」


 せせらわらいながらソファにドフッっと腰を下ろすと。


「僕ちゃんは王国軍をおとしめたいだけだってのにさ」


 デュプラは一連の計画の目的を、その一言で片付けた。


「僕ちゃんはただ『この王国に野蛮な王国軍なんていらないよーん』って国中に伝えたいのよん。そのためにおバカ領主の土地を舞台に使ったってハナシよ」


 ニヤニヤしながら、テーブルの地図に置いた駒を指で弾き飛ばしていく。


 領主側に見立てた白も、王国軍に見立てた黒も関係なく。


「こないだクエンティンクーちゃんにはアウリスで新作狙撃銃の試作も兼ねて町で暴動起こしてもらったけど、今回の僕ちゃんのは規模もおっきくした上級編ってカンジかにゃ。

 やっぱ兄貴としてはイイトコ見せないとねーん」


 駒がほとんど倒れた地図の上に、デュプラはどっかりと足を下ろす。


「この土地はメチャメチャに。下々の民はボロボロに。

 んで、悪いのはぜぇーんぶ王国軍ってなるわけよん」


 万が一、王国軍がこちらの計画を阻止しようとも糾弾きゅうだんされるのは領主だけ。


 自分はあくまで「貴族連盟を名乗る、正体不明のコンサル」なのだから。


「さぁてとぉ。王国軍をこの国イチの嫌われ者にこき下ろす、華麗なる喜劇グランコメディ! そのプロローグの始まりよーん」


 上機嫌で嗤うデュプラを、ライノはめた目で眺めていた。



 ──彼らはまだ、武器庫の破壊工作が少女たちの手によって阻止されていることを知らない。




 ◆

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