ヘンリー・ヴィンベリー1
ヘンリー・ウィンベリーは、子供の頃から体が弱かった。二週間に一度は何かしら体の不調を訴えていた。
そういう事情で中々パーティーにも参加できず、友人も出来なかった。そんな中、数少ない友人である公爵令嬢マーガレット・ハーディングは、よく王城に遊びに来てくれた。同い年という事もあるが、親同士が親しかったのだ。
「ヘンリー、具合はどう?」
「うん、咳は治まっているから大丈夫」
当時七歳だったヘンリーはそう言って、ベッドから上体を起こすとマーガレットに笑いかけた。
「じゃあ、いつもの薬の話、聞かせてよ」
「うん……薬師の助手をしているカヴァナー先生から聞いたんだけど、基本的に子供に大人用の薬を飲ませちゃいけないんだって。子供の年齢にもよるけど。大人用の薬を半分に割ったりして調節しても駄目らしいよ。子供は内臓の働きが大人と違うから」
「そうなのね、勉強になるわ」
マーガレットは、ヘンリーが蘊蓄を傾けても嫌がらずにニコニコして話を聞いてくれた。そんな彼女にヘンリーは好感を持っていた。
それから数年経ち、よく薬の話をしてくれたマージョリー・カヴァナーが王家お抱えの薬剤師となり、少しずつだがヘンリーは病気をしにくくなった。
しかし、彼が十二歳の時、マージョリーは城を去る事となる。
ある日マーガレットはヘンリーと一緒にテラスでお茶を飲んでいたが、ヘンリーの顔つきが暗い事に気付いた。
「どうしたの、ヘンリー?」
ヘンリーは、ティーカップを置くと、絞り出すような声で言った。
「……僕のせいなんだ」
「え?」
「カヴァナー先生が城にいられなくなったのは、僕のせいなんだ。僕が病気なんてしなければ……」
ヘンリーの目からは、涙がぽろぽろ零れていた。マーガレットは、椅子から立ち上がり彼の側に行くと、彼の体をぎゅっと抱き締めた。
「……あなたのせいじゃないわ。大丈夫、カヴァナー先生はきっと街で元気に暮らしてる」
ヘンリーは、彼女の背中に腕を回して、ずっとずっと泣いていた。
それから数年経ち、ヘンリーは十七歳になっていた。体は以前より丈夫になり、学園にも通っていた。
ある日、ヘンリーが学園の廊下を歩いていると、前にマーガレットの姿を見かけた。
「マーガレット!」
振り向いたマーガレットは、以前と変わらず優しい顔でヘンリーに微笑んだ。白に近い金髪に緑色の瞳の彼女は、とても美しく成長していた。
「あら、ヘンリー、おはよう」
「おはよう、歴史の課題はやってきた?」
「もちろん」
二人は歩きながら教室に向かったが、ヘンリーはマーガレットの様子がいつもと違う気がした。
「マーガレット、何かあった?」
ヘンリーが心配そうに聞くと、マーガレットは苦笑して言った。
「ヘンリーには隠し事は出来ないわね。……実は、私に婚約の打診が来ているの」
「……え」
「相手の家柄は申し分ないんだけど、知らない方と婚約するのは不安で……」
「……そう……なんだ……」
「ええ……ああ、もうすぐ授業が始まってしまうわ。急ぎましょう」
早足で廊下を歩きながら、ヘンリーは何か考え込むような表情をした。
その三日後の夕方、ヘンリーがマーガレットの屋敷を訪れた。応接室でヘンリーとマーガレットは二人きりになる。
「どうしたの?ヘンリー」
マーガレットが首を傾げると、ヘンリーは意を決したように言った。
「マーガレット……その……僕と、婚約してくれないか?」
「……えっ……!!」
マーガレットは、大きく目を見開いた。
「この前、婚約の話が来ていると言っていたが、まだ返事はしてないんだろう?その話は断って、僕と婚約してくれないか。ずっと前から……君の事が、好きだったんだ!」
部屋に沈黙が流れたが、やがてマーガレットは震える声で口を開いた。
「……本当に、私の事が好きなの……?」
「ああ、誰よりも愛している。まだ体が丈夫とは言えないし、ユージン兄さんより勉学も剣術の実力も劣っているけど、君を幸せにする。結婚してくれ!」
マーガレットは、両手で口元を覆い、目に涙を浮かべて言った。
「ありがとう……私も、あなたの事を……愛してる……!!」
それから数年後、二人は結婚し、二十七歳の時には子供も生まれた。子供にはアダムと名付けた。
マーガレットの友人のティナ・オリバーが遊びに来て、「可愛いわねー。あら、左腕にほくろがあるのね」と言ってアダムをあやす事もあった。幸せの絶頂だった。
しかし、そんな幸せも長くは続かなかった。王族に子供が生まれた場合、城の広間で魔力を測る儀式をする事になっており、その儀式でアダムに膨大な魔力がある事が判明したのだ。
それ以来、ヘンリー達親子の周りで不審な出来事が相次いだ。アダムの飲むミルクに異物が入っていたり、ヘンリー達三人の寝室でボヤ騒ぎがあったりと、ただの過失で済まないような頻度だった。
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