お薬手帳3

 夕方になり、怪我をした兵士の手当てはほぼ終了した。まだ一般の避難民が教会に沢山いるが、ステイシー達も四六時中教会にいるわけにもいかない。


「ステイシー、アーロン、そろそろ引き上げようか」


 マージョリーが、額の汗を拭いながら声を掛けてきた。


「そうですね、そろそろ帰りましょうか。アーロン、転移魔法で私達を薬局まで連れて行ってくれる?」


「はい、お任せくださ……」


 アーロンが言いかけた時、パリンッという大きな音が響いた。見ると、教会のステンドグラスが割れ、ガラスのかけらが教会の中に降って来る。


「危ないっ!!」




 セオドアの声が聞こえたかと思うと、ステイシー達の頭上に炎の渦のようなものが現れ、降って来るガラスを溶かしていった。ステイシーが茫然として何も無くなった頭上を見上げていると、セオドアが駆け寄ってきた。


「無事か!?ステイシー!!」


「ええ……セオドア殿下、これは殿下の炎の魔法ですか?」


「ああ、そうだよ。間に合って良かった!」


 セオドアは、息を切らしながら言った。


「ありがとうございます、助かりました……教会の中にいた他の人達も無事みたいですね。しかし、どうして急にステンドグラスが……?」




 ステイシーがキョロキョロと辺りを見回すと、今度は嵐のような強い風が教会の中に吹き込んだ。


「何!?」


 強風に思わず目を細めながら、ステイシーは声を出した。そして、次の瞬間驚愕した。教会の中に、大きな赤紫色のドラゴンが入ろうとしていたのだ。




「魔物だ!!」


 一般市民の誰かが叫んだ。それを皮切りに、教会は大パニックになる。


「きゃああっ!!」


「助けてくれっ……!」


「おい、押すな!俺だって出口に行きたいんだ!!」


 人々の怒号が飛び交う。


「アーロン、一般市民を出口に誘導するよ、手伝っておくれ!」


「分かりました!!」


 マージョリーとアーロンは走り出した。ステイシーも避難の誘導をしようとしたが、人々がパニックになっているので、「落ち着いて出口に向かって下さい!」という声も届かない。




 そして、人々の声に刺激されたように、ドラゴンが口から炎を出した。


「ああっ、教会がっ……!!」


 教会の中にある木製の椅子やテーブルが燃える。セオドアが、ステイシーを庇うように前に出た。


「ステイシー、逃げて!僕の炎の魔法は火を噴くドラゴンと相性が悪い。君を守り切れない!」


 ステイシーの額には、汗が浮かんでいた。まだ教会の中にいる人達を置き去りにして逃げるなんて嫌だ。でも、薬物を調合する魔法しか使えない私が残ってもかえって足手まといかもしれない。




 ステイシーが考えていると、ドガガっという地響きを伴う大きな音が聞こえた。ハッとして見ると、ドラゴンが教会の壁を壊して侵入してきていた。そして、ステイシーがいる場所に向かって火を噴いた。


 その瞬間、セオドアがステイシーを庇うようにして抱き締める。


「殿下、離れて下さい!!」


「駄目だ、ステイシーは、必ず僕が守る!」


 ドラゴンの噴いた炎が迫って来る。ステイシーは、もう駄目かと目を瞑ったが、何も起こらない。そっと目を開けると、そこには見知った人物の背中があった。




「待たせたな、君達」


 そう声を発したのは、クロウ商会の会長、セレスト・リンドバーグ。


「セレストさん!!」


 ステイシーが思わず叫ぶと、セレストはニコリと笑った。セレストは右腕を天に向かって伸ばしており、手の側には魔法陣。その魔法陣からは、水が洪水のように溢れ出ていた。


その水は、ドラゴンの噴いた火をかき消していく。




「すごい……」


ステイシーは、思わず呟いていた。


「君達、私がドラゴンの火を防いでいる間に軍の応援部隊を呼んでくれないか。私は水魔法が得意だが、さすがにドラゴン本体を倒す力は無い」


 セレストの言葉を聞いたセオドアはハッとした顔つきになり、立ち上がった。


「承知致しました。……ステイシー、僕は応援を呼んでくるけど、君はリンドバーグ会長の側を離れない方が良い。リンドバーグ会長、ステイシーと一緒に皆を誘導するのを手伝って頂けますか?」


「ああ、承知した。……オールストンさん、行くぞ」


「は……はい!!」


 こうして、ステイシーとセレストは皆を教会の扉まで誘導していった。


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