セオドアの想い2

 約二年前、当時十八歳だったセオドアは、まだ学園に通っていた。昼休みに廊下を歩いていると、遠目にブレットとアニタが連れ添って庭を歩いているのが見えた。近くにいる女生徒達がヒソヒソと話しているのが聞こえる。


「またブレット殿下がアニタ様と一緒にいるわ」


「婚約者はステイシー様なのに……」


「でも、ステイシー様はアニタ様に嫉妬して虐めていると聞きましたわ。ブレット殿下は、ステイシー様からアニタ様を守っているのかも……」


「アニタ様、人の傷を癒す魔法が使えて、怪我をした生徒を癒して差し上げる事が多いのでしょう?そんな優しい方を虐めるなんて酷い……」


「本当にね。アニタ様だって自らブレット殿下に言い寄った訳でもないでしょうに、可哀そうだわ。アニタ様、成績はアレですけど……アレですけど」


 二度言った。




 セオドアは、眉根を寄せてその場を後にした。今まで何度かパーティや夜会でステイシーと会った事があるが、人に意地悪をするような令嬢には見えなかった。もし虐めの噂が嘘なら、可哀そうなのはアニタではなくステイシーだ。


 セオドアが悶々としながら歩いていると、先程の庭とは違う裏庭にステイシーがいるのが目に入った。どうやら、花壇に植えてある植物を弄っているらしい。


「ステイシー、何をしてるの?」


 セオドアが声を掛けると、しゃがんでいたステイシーは振り向き、笑顔で立ち上がった。


「セオドア殿下、ごきげんよう。今、薬になる植物がここにないか調べていたんです」


「薬用植物を?またどうして。授業でそんな課題は出ていないだろう?」


「はい。でも、個人的に興味があって……」


「ふうん、好奇心旺盛なんだね」


 将来平民落ちしてもいいように、薬剤師になる修業をしている事をセオドアは知らない。




「……それより、いいの?ブレットがまたアニタ・ウォルターズ男爵令嬢を侍らせているみたいだけど」


「ええ、ブレット殿下は私が何を言っても聞いて下さらないし、もういいかなって……。それに、お兄様であるセオドア殿下には申し訳ないですが、ブレット殿下にしがみつく意味も無いかなって……」


「……ああ……」


 否定できなかった。




「ちょっと、ステイシー様?」


 不意に第三者の声が聞こえ振り返ると、そこには赤いロングヘアの女生徒が立っていた。少しふくよかな体つきの気の強そうな少女だ。


「あなた、ブレット殿下という婚約者がいながらセオドア殿下とも仲良くしているなんて、どういう事?」


「ヴィオラ様、ごきげんよう」


 ステイシーがにこやかに挨拶する。セオドアも彼女の事は知っていた。この女生徒は、セオドアの隣のクラスのヴィオラ・フィンドレイ公爵令嬢だ。ステイシーは、動じる事なく言葉を続けた。


「セオドア殿下は、一人でいる私を心配して声を掛けて下さっただけです。疚しい事はしておりませんし、するつもりもございません」


「……それなら良いのですが、行動には気を付けて下さいね」


 ヴィオラは、そう言うとその場を後にした。




「僕が声を掛けたせいで誤解させてしまったみたいで、済まないね」


 二人きりになると、セオドアはステイシーに謝った。


「そんな、お気遣いありがとうございます」


 ステイシーは、慌てて頭を下げた。


「じゃあね、ステイシー。ブレットが君を困らせたら相談するんだよ」


「ありがとうございます」


 セオドアは、歩きながらぼんやりと思った。ブレットに蔑ろにされているのに、前向きに興味のある分野の勉学を続けていて、ステイシーは素敵だなと。

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