第3話 作戦会議

「何? そいつは本当か!」

「はい、おそらく間違いないかと…… 二人組の会話の内容から、奴隷市場が開催されるものと思われます」

 後日、冒険者協会エイコーン国プライン地方支部ギルドへと、昨晩の二人組を報告しに向かった。

 初めは受付でその話をしようとしたものの、「ここではまずい」とギルド職員にとめられて、俺は今このギルドのトップであるギルドマスターのトードさんの部屋に案内されている。

 胡散臭そうな顔をしている中年の男だが、仕事ができて優しくて頼りがいのある人物で、ギルド内からの信頼は厚い。


 トードは俺からの報告を聞くと頭を抱えた。

「100人規模の奴隷市場とは…… まいったなぁ」

「えっ? 確かに規模自体は大きいですが、冒険者たち総出で行けば何とかなるはずですけど……」

 冒険者協会の冒険者にはランクが設定されていて下から順に、素人レイマン見習いトレイニー一人前ノーマル熟練者エキスパート達人マスター英雄ヒーロー伝説レジェンド、とされている。

 とは言え英雄ヒーロークラスは、一国に一人か二人いるかいないかで、ほぼ国家の秘密戦力のため、表舞台にはあまり出てはこない。

 伝説レジェンドにもなると、魔王を討伐した勇者やその仲間たちなどが対象で、その名の通り“伝説レジェンド”。

 今世界に数名いるかどうか……

 現在このギルドにいる戦闘要員の一人前ノーマル以上の冒険者は約80名。

 相手が百人規模だとはいえ、護衛以外は非戦闘員と考えられるし、十分対処は可能なはずだ。

 

「そうじゃないんだ…… 問題はこの奴隷市場の主催者だ」

 トードさんはそう言うと、部屋の棚から数枚の資料を取り出し、それを机の上に広げる。

 そこの書かれていたのは、俺が聞き出した主催者の名前とその人物の詳細。

「この『スライ・カニング』ってのは、裏の世界じゃ有名な人物でな…… 奴隷商売以外にも、詐欺、暗殺、高利貸し、違法薬物の密売、恐喝、売春、密輸などあらゆる違法行為を犯してきたはずなのにもかかわらず、何故か決定的な証拠が全く出て来ない」

「それで王国も手出しができないというわけですか……」

 質の悪い金持ちというやつか。

 どこの世界にもいるもんだな。


「だからこそ……もちろんな会場の奴らを取り締まるのはんだが、その前に少数のメンバーで会場に侵入して、決定的な証拠を掴む。その後は冒険者全員で会場に押しかけて、全員とっ捕まえる! つまり……」

 そう言ってトードさんは胸元から数枚の紙を取り出す。

「これは……」

「少数精鋭で叩くんだよ」

 紙に書かれていたのは10名ほどの高ランク冒険者たちの名簿。

 そこまではいいのだが、なぜかそこに俺の名前までもが書かれていた。

「トードの旦那さんやい。なんで俺まで?」

「ったりめぇだろ!? うちのエースが何言ってやがる!」

「いやぁ…… いつかエースになったつもりはないんですけど……」

「何言ってんだ。達人マスタークラスの冒険者がよ。【虚像のナガレ】さん?」

「いつどっから出てきたんですかその通り名は!?」

 俺はそんな名を名乗った覚えはない。

 変な噂が独り歩きなんかしていないよな……?

「まぁいいですよ…… やります、やります」

「よし…… じゃあ打ち合わせといきますか!」

 渋々案を承諾した俺をよそに、トードさんは多くの資料を並べ作戦会議を始めた。


 そして三日後、丑の刻を迎えた頃。

 サンド通り二丁目の廃倉庫の近くの別の廃墟。

 そこには俺を含めた、作戦に選抜された十数名の冒険者と、ギルマスのトードさんが集まっていた。

 7×2パーティ、ソロ1の総勢15名。

「今回の目的は、あの倉庫で開催されている奴隷市場の主催者参加者の取り締まりだ。まず、事前に締め上げておいた貴族たちに扮した鳳仙花ホウセンカが会場に潜入し、客として情報取集。ナガレは裏口から裏口から気づかれない様に相手の本部へと忍び込む。そして奴隷商売の決定的な重要資料を見つけてきてくれたまえ」

「俺の負担が大きすぎなような……」

「そんなことはねぇさ。ハハハハハ……」

 俺に向かって微笑むトードさんに対して、俺は不満を隠しきれずにいた。

「黒狼は会場の外で他の冒険者たちとともに待機。情報が入手出来たら、そいつらとともに会場に突入して、一斉にとっ捕まえる!」

 説明が少し大雑把すぎるのかもしれないが、冒険者は基本荒くれたちの集まり。

 これくらいの方が士気も上がりやすいし、わかりやすい。

 勢いでなんとかなるってことも多いしね。

「では…… 作戦を決行する! 頼んだぜ、みんな!」

「おう!」


     *


 さて、俺の仕事はソロプレイを活かした本部への潜入。

 捕えられている奴隷たちの数などの詳細を確認した後、奴隷商売の証拠を掴んで他の冒険者の突入のタイミングで、俺は会場に潜入している鳳仙花たちとともに主催者の身柄を確保する。


『スライ・カニング』ってやつは、捕えられても証拠が無ければ、法の隙間を掻い潜って逃げるのが得意らしい。

 一応客として潜入したアイツらにも捜査の隙はあるが、証拠を見つけられる機会が多くある、のは基本俺だけ。

 やっぱし俺への責任というか、俺への負担が大き過ぎる気が……

「畜生あの性悪ギルマスが……」

 自身の持ち場に向かう途中の道で、俺は小さく愚痴をつぶやいた。


     *


 一方その頃……

 どこかの暗い小部屋。

 剥き出しのレンガとネズミが蔓延る不衛生な空間に大小様々な大きさの檻が所狭しと並べられ、その中にはボロ切れのような、服とは到底呼べぬような物を着た人たちが体をうずくめ、虚な目をしながら、どこか遠くを眺めていた。

 その檻の中の一つに幽閉された一人の少女。

 少女は力一杯に檻の柵を掴んで揺さぶるが、その貧弱な細さの腕ではもちろん檻を壊すどころか、音をならすのさえ困難であった。

 

 しかし少女は祈った。

 祈って祈り続けた。

 そして、この世界に神様がいるのだとしたら、神様は少女を見捨てはしなかったらしい。

 少女はふと祈って握り合わせた手を広げて見る。

 そこには先程まではなかったはずの古びた小さな鍵が少女の手に握られていた。

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