虚像のナガレ
サカミナ525
プロローグ
暗い部屋の中で唯一の光源となっている自作PCが、手元のキーボードを照らす。
その明かりを頼りに指は素早く動き、周りの静寂も相まって、キーボードをたたくカタカタという本来とても小さい音でさえ、部屋中に響き渡る。
俺はふと、パソコンの奥においてあるデジタル時計を見るが、画面の明かりの死角となっているその場所は、暗くてよく見えない。
時計のボタンを押してみても、いつの間にかライトが故障していたみたいで、仕方なくほこりをかぶったそれをパソコンの明かりまで持っていく。
2024年 4月23日火曜日 午前4:38
まず普通の高校生ならもとっくに寝ている時間だろう。
俺みたいに、平日にオールするようなネット廃人の学生なら別だが……
まあ正直俺自身、自分の事を学生と呼んでいいものかとは思っている。
高校一年生の春、俺は県内では割と上位の学校へと進学した。
はじめのうちは、俺はこれからこの学校で、それなりに楽しく暮らしていくんだと思っていた。
だが実際に入学してみてわかった。
ここは俺のいるべき場所じゃない。
授業のペースにも全くついていくことができず、入学早々成績は低迷。
俺は周りとの格差を感じて友達を作る勇気も出ず、最終的に〝ある出来事〟がきっかけで、俺は見ての通りの引きこもり状態になってしまった。
本当なら今頃、二年生へと進級していたはずだが、二度目の高校一年生の春になっても、俺は相変わらず学校へは行っていないのだ。
ふと、小腹が空いた。
俺はほかの家族を起こさぬよう貯金箱から500円を取り出し、静かにたてつけの悪い自室のドアを開け、階段を下りて玄関へと向かう。
少しの距離だからと、裸足のままスニーカーを履き、俺は鍵を回して扉を開けた。
*
「ゲッ……」
徒歩五分のコンビニ。
お気に入りのカップ麺が値上がりしていることにショックを受けた。
仕方ないので、他社の同じ味のカップ麺を手に取り、レジへと向かう。
会計とお湯を店員にお願いをして500円を渡し、商品を受け取ってコンビニを出た直後、俺はあることに気が付いた。
「箸……」
箸がない……
俺はすぐに後ろを振り返り、箸をもらうため再び店内に入ろうとしたその時――
ドンっと右肩に何かがぶつかった。
俺はそれに少しふらつき、カップ麵から熱湯が数滴こぼれる。
「熱っつ…… すいません」
右側を見るとそこには、俺よりも少し背が高い男が立っていた。
男は全身を黒いコートで被い、同じく黒いハットを深々とかぶっていて、顔を詳しくうかがうことはできなかった。
なんとなくその恰好から、ドラマに出てくる海外のマフィアのような怖い印象を覚えてしまった俺。
男は黙って俺のほうを観察するようにじっと眺めていた。
「あ、あの……すいません……」
俺は男に小さくお辞儀をして、足早に店内へと入って行く。
そして俺はふと、ある疑問が浮かぶ。
さっき俺が店内にいたときあんな人いたかな……?
全身が黒づくめで目立つ格好をしていて、しばらくの間コンビニにいた俺が気が付かなかったはずがないんだよな……
しかしそのときの俺は、べつにそれ以上そのことを気に留めることはなく、俺は店員さんの姿を探す。
しかしレジには店員さんの姿がない。
「すいませーん! ……あれ?」
俺が大きな声で呼んでみても、反応が返ってくる様子はない。
そして俺はまた、ある異変に気が付く。
辺りに全くの人気を感じないのだ。
そりゃあ深夜のコンビニだし、人がいないのは当たり前だろう。
だけど違うんんだ。
辺りの住宅街の生活音、コンビニの前の道を通る車、店内の空調や商品陳列棚の冷蔵庫の稼働音、外の風や虫の鳴く声……
それらすべてが、まるで時が止まってしまったかのようにピタリと止んでいる。
その静寂のせいで、自分の心臓の音がさえ聞こえてきて、段々とそれが早くなっていくのが分かった。
呼吸のペースが上がる。
感じたことのないような不安感が俺を襲い、段々とそれが恐怖へと変わっていく。
どういうことだ……! 俺はどうなっちゃうんだよ……!?
しかし、俺が一度瞬きをした直後、俺の思考は停止した。
俺の目の前に広がっていたのは、深夜の人気のないコンビニではなく多くの人々行き交う日中の町の景色だったのだ。
町並みは東京のビル街ではなく、レンガ造りのまるでヨーロッパのような家々だった。
すると段々、俺の耳に音が戻ってくる。
騒がしい雑踏、多くの人の話し声。
周りを歩いている人の恰好も、剣を背負っていたり、耳が異様に長く尖っていたり……
俺がただ呆然と立ち尽くしていると、後ろから誰かに肩を叩かれた。
振り返るとなぜかそこには、さっきぶつかったあの黒づくめの男がこちらを見ていた。
「箸…… だったかな?」
ふと、男は俺に尋ねてきた。
「えっ…… あっ、はい」
突然のことで、頭の整理がついていない俺は咄嗟に返事を返す。
「はい、これ」
そう言って男は俺に一膳の漆塗りの高級そうな箸を手渡す。
俺がそれを受け取ると、男は――
「それじゃあ、また会おう」
「あっ、ちょっ……」
そう言って俺が呼び止める間もなく、男は人ごみに紛れて消えて行ってしまった。
ただその直前、男が俺に向かって「ニィッ」と微笑んだように見えて、その光景が妙に印象に残った。
一人取り残された俺……
ここは本当に異世界……なのか?
俺の思考は突然異世界に放り出されたこの状況への混乱で俺の頭は極限に混乱し、停止した。
そしてそんな俺はいつの間にかほとんど意識しないまま3分間の待ち時間を過ぎたカップ麵を取り出し、先ほど受け取った箸を使って一口麵をすする。
「ああ…… 沁みる…… って違う! ここどこですかぁああああああああああああああああああああああ!?」
真昼間の繫華街に、そんな俺の声が響き渡った。
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