いつものメンツに恋願う

藤コウキ

冬はつとめて。

叶わない恋は少なからず存在する。それに対して、本人の努力が足りなかったからだ、と反論される或いは補足が付け加えられるのは必至だろう。しかしその一言のみが、叶わない恋が成就しない恋たり得る理由として認めるのは早計だ。

運命によって成就するかどうか定められた恋愛もあるということを俺は確信している。

例えば、容姿。身だしなみは自らの努力の範疇だが、顔の整い具合は個人の努力の範囲から逸脱していることは明確だ。それ故に、顔は生まれ持った天命であり、宿命だ。

世界に蔓延る恋愛なんてものは決して自由な恋愛機会の中から生まれたものではなく、基礎ステータスの格差が大きく影響して成り立っているということを多くの人々が知らずにいるというのは嘆かわしい。

「あーあもう寝よう。今すぐ寝よう」

くだらないことを考えていると、知らぬうちに一時間経過していた。一般的な考えとして、こんなことの為に一日の二十四分の一も使うのは流石に時間の浪費が過ぎるのでは?

勉強とかしろよ俺!



無音から始まる朝。どうでもいいかもしれないが、俺、幸田雪也は目覚まし時計を使わずとも自分で起きることができるタチだ。

それでもって今は冬。田舎町の早朝というのは静かなものだ。

少し寒いが、早起きはやはり心地がいい。課題に追われていなければより心地いいんだろうなあ……。

午前五時半。降り積もった雪が煌めき始める。

「少し散歩でもしてくるか。なあゼウス~」

俺の愛犬ゼウス。とにかく可愛い。その可愛さに悶えさせられて卒倒してしまいそうになるくらいには可愛い。これからの散歩には連れていかないが。

因みに曜日によって名前は変わり、例えば火曜日はアレスで水曜日はヘルメスと呼んでいる。

親と中学生の妹はこいつのことを『マロン』なんてキュートな名前で呼んでいるが、そんなのは知らない。一週間周期で名前が変わる方が特別感あるしな。

せっかくの大学がない木曜日だ。全休だ。全能神ゼウス様には感謝しておかないとな。



歩き始めて十分程経った。

一人散歩は大学受験の模試で大敗を喫した時以来続けている。けれども一人はやはり寂しいというのが現実だ。

一人での散歩というのも飽きてきたし、誰か誘うか。

とはいえ、この近くなら誰がいるかな……。

中村、は中学生の頃にクラス掲示板にあいつの出来損ないのテストを貼ってから疎遠になってたっけ。

じゃあ奈良沢、は絶賛引きこもりゲーマーしてたんだった。風の噂によれば高校に入学した途端に沼にハマってしまう、言わば高校生あるあるが起きてしまったとか。

あ、あいつは?ナタリアン・一(はじめ)・スヴェロフスク、は故郷の韓国に帰るって言ってたっけな。名前的に東欧の何処かが生まれ故郷だとばかり思っていたから、お別れ会の時に行き先を知らされたときのみんなの顔には「想定外」の三文字が刻まれていたっけな。

俺は外見的ステータスだけで人の内部までを決めつけない派だが、一の場合は思わず驚愕してしまった。

仕方なし。アイツを呼ぶか。

と、その前に。

「いつものあそこに行かないと、な!」

例の如く、今日こそはと念じて走り出した。



俺はアイツの家に向かう前に、息を切らしながらとある場所に向かうことにした。

家から約一キロくらいの距離に伊崎(いがさき)神社という、学業成就・恋愛成就に関する御利益が得られることで知られているお社がある。俺はその御利益を賜るという目的と、そこで働く巫女さんである伊崎(いがさき)鈴(すず)菜(な)と会うという使命を果たしに来た。

ノリ気なのはいいがインドア派の俺には険しい上り坂&急な階段だなおい……。

しかし、それが例え過酷な道程であっても、鈴菜ちゃんへ続く道であるというだけで普段の数倍のスタミナを発揮する。

このスタミナ増殖チートが成立するのは恐らく、俺の鈴菜ちゃんに対する熱い情熱が要因となっているのではなかろうか。これを数少ない友人に話すと決まって「キモい」と罵られるが、これは自分の友人が美少女巫女に取られてしまうことによる嫉妬心が原因だろうから許している。因みに、言わずもがなその友人は男だ。

「ぜぇぜぇ……冬のはずなのに……く、はあ……あぢぃ」

伊崎神社の位置する頂上に到着した。

鳥居をくぐった頃には俺の膝がピクピクと痙攣していた。しかし、そんな疲労は目前に標的が存在することによる、止まらない興奮によってかき消された――。

と流石にこれは冗談だが、疲労に構わず気が急いてしまうのを感じる。

さあ、今日が始まるぞ。



「す、しゅみません!トイレってどこにありましたっけ!」

お目当ての可憐な巫女が微笑みを浮かべて答える。

「トイレならあちらの隅にございますよ〜」

「あ、あそこですね!毎度ありがとうございます!」

はあ、いつも通りトイレの場所を尋ねてしまった。

でもまあ、話せたし良かったな!参詣していこう!

あ、五円玉無いな。一円玉でもいっか。

この妥協が俺の出会いをかえって妨げているという考え方もできるが、そんなネガティブなシンキングをするもんか。

お金の価値なんかに俺の運命を左右されるのは嫌だ。ましてや恋愛事情に干渉されるようなことがあれば、俺は神を恨むさ。まあしかし、こんな思考を巡らせている時点で、俺は賽銭の金額と運命が関係しているという考えに囚われているのかもしれないな。

「それにしても鈴菜ちゃんは依然として可憐だな……。」

ボソッと呟いてしまうくらいには脳裏に焼き付いている。

本当なら鈴菜ちゃんも含めた男女グループを作って学生生活をエンジョイしたかったのだけれど……。

グループがあるとしても中心になれはしないキャラであろう俺が、メインヒロインレベルの美少女と学生ライフを謳歌するなんて学園ラブストーリーを一度でいいから演じてみたいと切望してみる。だがまあきっと願いが叶わなくて絶望するだけだ。

……でも試してみてもいいかもしれないな。

こういうグループの良い例として『いつメン』っていうのがあるけれども、いつものメンツにしたければ頻繁にメンバーを呼べばいいだけの簡単な話じゃないか。

候補が少ないにしろ宛てはある。

アイツなら賛同してくれそうだし、丁度良いかもしれないな。

「待ってろ!俺の華麗なるキャンパスライフ!」

吶喊(とっかん)するように意気込んで走り出すと、あろうことか一歩目で躓いた。



アイツの家の前までやってきたのはいいが、インターフォンを押すなんて久しぶり過ぎて僅かに逡巡してしまった。

インターフォンなんて押したの、そういえば中学生以来初めてかもしれないな。SNSが発達しすぎて、友人の家へ向かったとして到着しても最近は全く使わない。……そんなことは置いておいて、あの頃のように呼んでみますか。

「葵ちゃーん!あーそーブフォ!?」

鋭い。この言葉が咄嗟に脳裏で想起された。手裏剣を彷彿とさせるような何かが俺の急所を捉えた。

雪の中で屈んで悶える男って悲劇的な図じゃないか。

「アンタ恥ずかしいと思わないの!?」

「幼なじみの家を訪ねることが恥ずかしいことなもんか!てかなんでスリッパを猛烈な勢いで俺の眉間にスナイプした!?」

「知ーらね。まあいいわ、何か用?」

スリッパの件は風に乗る枯葉のように過ぎ去ったとさ……。

「そうだそうだ。葵、散歩しに行こうぜ」

「何なのその男子同士の『ラーメン行こうぜ』って感じの唐突な散歩行こうぜは」

西島葵。容姿端麗、癖毛上等、自暴自棄(時々)の三要素で構成されている、俺の幼なじみだ。幼少期から小中高そして大学と、長らく行く道を共にしてきた、所謂腐れ縁ってやつだ。少し茶色味がかった癖毛ショートカットとトマトの髪飾りが特徴的だ。というか、トマトの髪飾りをしている奴なんかこいつしか居ないだろうから、街でそれを見かけたら十中八九、葵だと考えていい(偏見)。

「それはそうと、どうして私を誘うのよ」

「この辺りに住んでいて友達って言える奴はお前くらいしかいないからな」

田舎かつ特殊な人たちが多い所為で、もう気軽に遊べるやつがほぼ皆無だ。

「はあ?確かに友達なのかもしれないけど……唯一の友達ってこと……」

葵は仄かに頬を赤らめて俺から目を逸らした。

「……まあ私も毎朝この時間は暇してるからいいわ」

いいんかい。俺が言うのもなんだが、葵も割と早起きなのな。

「じゃあ早く行こうぜ。蓮池公園とかどうだ?大学に通い始めてからキャンパスと家を往来するだけで、全然行けてないだろ?」

「ハイハイわかったわよ。にしても必死に誘ってくる感じがキモいんだけど」

「キモいって何だよ!折角勇気を出してインターフォンを押してまでして旧友を訪ねに来たのにキモいはねえよ!」

「わかった、わかったわよ!付いていってあげるから大きな声出さないで、近所の人に白い目で見られちゃうから!」

出発した頃には、止んでいた雪がまた降り始めていた。

「そういやお前、同じクラスの奴らにモテモテなんだって?茜から聞いたぞ」

西島茜は葵の双子の妹で、同じ大学に通っている。クラスも葵と同じで、どうしてか俺に姉の近況を報告してくるのが最近の日課だ。

あ、双子と言っても二卵性の双子だから瓜二つといえるくらいに似ている訳ではない。

「な、なな何よ突然!つーかアイツ、また雪也に余計なこと吹き込んじゃって……。帰ったらお仕置きしてあげないといけないわねぇ」

彼女の瞳に僅かな憤怒が垣間見えたが、これは放っておいて問題はない。いつものことだ。何も言わずにターゲットの元に向かった時が、葵の堪忍袋の緒が切れた時なのだ。

小・中学生時代にはよくその堪忍袋自体を引きちぎっていた側だったから、俺はそこに深い理解があるという何故か誇らしげな矜持がある。

「まあ最近男子の方から話しかけられることが多いのは確かね。大抵がナンパみたいなのだから全く相手にしてないけど。でもそれがその、モテている、と呼んでいいのかはちょっとわからないのよね……。ていうか、なんでそんなこと聞いてくるの?」

「どれだけの男を食い散らかしているのか気になってさ」

「ちょっと!人聞きの悪いこと言わないでよ!私は男を食い散らかすどころか食ったことすらないっての!ていうか今通行人に見られちゃったよ!?ご近所さんじゃなかったら名誉毀損で訴えるところだったわ、気をつけなさいよね!」

いきなり捲し立てる癖は未だ健在らしく、少し安心した。ボロが出ているのは気にしないでおこうか。

「アンタは彼女候補とかいるの?」

前方の、雪で埋もれた畑を向きながら訊いてくる。

「生憎、拙者は女人禁制の仏教宗派に己が身を捧げることを決心いたしたのでそのような対象に入る者はおらぬよ」

「ふふ、なーんだ。アンタもいないんじゃない」

得意げな顔で俺の表情を覗き込んでくる。お前だってそんな顔できないはずだろうに。棚上げスキル(自己)EXでも持ち合わせているのか?

冷たい風が肌を突き抜ける。

「ああ、寒っ。なんでアンタこんな寒い日に私を呼ぶのよ!」

「ん、葵なら来てくれると思ったからだけど」

「手のひらの上で転がされているような心地がして腹立つ……」

何の脈絡もないけど、個人的に滅茶苦茶楽しそうな企画を思いついてしまったぞ。

「寒いし俺ん家でも来るか?」

「散歩に誘ったのそっちなのに!?まあいいけど……」

 


俺の部屋に着くなり葵は何かを探し始めた。ベッドの下や押し入れに収納されている布団の間を入念にチェックしている。

「何やってんの?」

「何って、見てわかんないの?」

葵はうんざりしたような表情を浮かべた。

「女の子が男の子の部屋に来て、まず始めにすることと言えばエロ本探しに決まってるじゃない。男子なら薄い本の一冊や二冊持ってるはずだし?」

「そんなのわかってたまるか!」

にひひ、と葵はいたずらな笑顔をこちらに向けた。こいつ、さてはアニメの見過ぎだな。大体こういう場合無いんだけどな。

「あ、あった」

あ、見つかった。

「うーんと何々?幼なじみとあれやこれやしてイチャラブ……この変態!ばか!あほ!」

「誤解だ!俺はその本の中のヒロインが幼なじみであるというステータスに目と心を奪われて買ったわけじゃない!確かに内容は俺の見込んだとおり最高の代物だったけど、幼なじみという言葉に惹かれた訳じゃないんだ!」

「絶対嘘じゃん!だってほらこのページ、幼なじみのヒロインが主人公の家に呼ばれて押し倒されてるシーンあるじゃん!」

「そ、それは……」

空間を裂くような間が空いた。

「まあいいわ。アンタ、ヘタレだし。こんなことできるだけの度胸もないでしょ」

「人に言われるとなんか腹立つなあ」

葵は俺の宝とでも言うべき本を丁寧に元あった場所に戻し、寒そうに小刻みに震えて炬燵に駆け込んだ。猫みたいだな。猫飼ったことないけど。

「アンタ私を部屋にあげたってことは、何か伝えたいことでもあったんじゃないの?」

「ご名答、さすが葵ちゃん」

「ちゃん付けすな。で、要件は何だったの?」

「えーとね」

一旦葵に背を向けて三回ほど深呼吸をし、両頬を二回ずつはたいて返答に踏み切った。


「俺と一緒にいつメンを作らないか?」

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