第12話 転生者、感情が乱高下する

 結局キリエは宣言していた通り、午後まで姿を現さなかった。

 その間、俺はカスミを侍らせながら、バフォメットから聞いた情報をまとめていた。これから魔王領の統治をやっていかなきゃいけないからな。最初が肝心だぜ、こういうのはよ。

 俺がいろいろと悩んでいると、カスミはギロリと睨みながらも俺の背中をちらちらと見ていた。

 その視線の先にあったのは、ゆっくりと動く俺のしっぽ。悩んでいる間、無意識に左右に揺れ動いていたしっぽをつい追いかけてしまっていたようだった。

 視線の動きに気が付いて俺が視線を向けると、その度に慌てて俺の方へと視線を戻していた。しかし、その顔はよっぽどしっぽを見たいのか、必死に我慢していて面白かった。

 そして、午後になってキリエが姿を見せると、カスミはキリエに泣きついていた。


「キリエ姉、魔王様のしっぽが気になりすぎて仕事にならない」


「カスミ、その程度の事で何を騒いでいるのですか」


 ところが、キリエからはばっさり一刀両断されてしまった。さすがは俺に対して淡々と仕事をこなしていたキリエだ。


「うっそでしょう?! あのゆらゆら揺れるしっぽが気にならないなんて、そんな事ありえるの?!」


 キリエから勢いよく離れて仰け反るカスミである。

 見るからに双子だと思うんだが、姉妹でここまで反応が真逆なのは面白い限りだな。


「カスミ、あなたは魔王様の事をどう思っているのですか。いいですか、私たちはメイドなのです。仕事きちんと遂行するために、私情は極力封印しなさい」


 びしっと言い切るキリエである。姉からの強力な言葉に、カスミは反論できなかった。


「では、ここからは私が仕事を引き継ぎます。カスミ、あなたは他の方を手伝ってきなさい」


「畏まりました、キリエ姉」


 頭を下げたカスミは、渋々俺の部屋から出ていった。

 態度は少々問題ありだが、カスミもどちらかといえば親しみやすいように感じた俺は、ついついその様子を笑いながら見守っていた。

 その俺の様子に気が付いたキリエが俺に近付いてきた。


「失礼致しました、魔王様。あの子にはよく言い聞かせておきますので、気を悪くされないで下さいませ」


 頭を下げてしっかりとした謝罪をするキリエ。ツンデレ傾向のあるカスミとは違って、キリエの方は淡々とした仕事人といった感じだ。

 俺はキリエの言葉に対して、「気にしていない」とだけ返しておいた。

 俺の反応を見てキリエはほっとした様子を見せて、出かけていた用事の結果を報告してきた。


「仕立て屋でございますが、明日の午前中に城へと参られるみたいでございます。どちらでお会いになりますでしょうか」


 キリエは無事に俺の服を作る仕立て屋と話をする事ができたらしい。それで、どこで会うのかというのを確認してきたというわけだ。


「だったら、ここでいい。どうせ今は統治計画を立てている真っ只中だしな。ここから動かないだろうから、ここで会ってもらった方がいろいろと面倒がなくていい」


「承知致しました。それでは、明日お見えになった際に、執務室へと案内致します」


 キリエはそのように返事をしていた。

 仕立て屋が来るという事は、いよいよこういったドレスみたいな服装から解放されるという事だろう。どんな服装を頼もうかな。

 思わずにやけてしまう俺である。


「魔王様、ずいぶんと楽しそうでございますね」


「そ、そうかな?」


「はい、そのように拝見致します」


 まったく、知り合ったばかりだというのにキリエにはしっかりと見抜かれてしまうな。そもそも隠し事は苦手だったしな、そういうところが出てしまっているんだろうかな。


「魔王様は魔王城にやって来られてから今日で二日目でございますものね。ここまで緊張してばかりでしたでしょうから、その心中察して余りあるというものでございます」


 ああ、なるほどねと思った。

 確かに、慣れていない環境に緊張しているといえば実際にそうだ。特に昨日はいきなり魔族たちの前で挨拶をさせられたからな。しかも、着慣れないというか着た事もない服装で。

 そういう意味では、午前中のカスミの態度というのは、いい感じで緊張がほぐれたといっても過言じゃないだろう。うん、さすがは魔王に仕えるメイドだよな。


「……くしゅん!」


 にやけていたら、俺は突然くしゃみをしてしまう。

 別に寒かったわけでもないのに、一体どうしたというのだろうか。


「ま、魔王様? か、風邪でございますか?」


 キリエがものすごく慌てている。

 てか、こっちにも風邪っていう概念はあるんだな。それの方に驚いたぜ。


「いや、ただの噂だろう。誰かが俺の事を話題にしてるんだろう」


「さ、左様でございましたか……。安心致しました。万一魔王様に何かがございましたら、私の首が危なかったですからね」


「いやいやいや、そこまでの話じゃないからな。もし風邪を引いたなら、看病してくれればそれでいいんだ。治ればお咎めなしで」


 慌てふためくキリエを珍しがっていたものの、なんか物騒な話が出たので、ひとまずは宥めておく。病気になったくらいで首が飛んでたら、そのうち人がいなくなるって……。

 とまあ、そんなこんなでバタバタした、魔王城2日目はなんとか無事に終えられたのだった。

 ふぅ、魔族ってのも大変だな。

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