第35話 恐怖

 あれからハクは、一度も部活に行っていなかった。

 そらから、すみれにも会わなくなった。メールのやり取りすらも絶っている状況。


 それは多分、こころのどこかであの人たちと関わるのが怖いと感じているから。



 ――とても、怖かった。



 あの日――自分は今後の、未来のことについて想像を巡らせていた。自分があの部活にいる意味について。

ほんの出来ごころのつもりだった。


多分そこには期待もあったのだと思う。

 けれどそこで味わったのはいい予感ではなく、完全なる『恐怖』だった。


 その時ようやく、『辞める』という現実的な可能性が、本格的に脳をよぎり出した。



 ――自分はあの輪の中に入っちゃいけないんだ。



 足を引っ張って、自分の存在が邪魔になる。

 迷惑をかける。


 そもそも自分はいるのか。

 考えてみれば、あの三人だけで十分バンドは成立するんじゃないか。


 智也さんが歌っていたのも見た。

 はっきり言って、自分より全然上手い。自分がなぜボーカルを任されているのか、不思議になるくらいに。


 だったらもう、ボーカルは智也さんでも全然よくて………いやむしろその方がよくて――なんてことを考えてしまった。


 今さらそんなことに気づいた自分がなんて無様なんだと、とても不甲斐ない気持ちになった。

 

 でも自分は「部活を辞めます」だなんて、告げられる勇気はきっとない。


 やっぱりこころのどこかで、まだ諦めきれない自分がいて――まだここにいたい、音楽したい、チャンスを手放したくないっていう思いも同時にあると思うから。


 だからなのか。

 昼休み、突然智也からのメールの受信に気づいた時、目を見開かざるを得なかった。


 鳥肌が、足の指先から頭の先にまで行き渡った時は本当に怖かった。視界が急に狭まって辺り一面は真っ黒に染まっていった。


 そしてしばらくの間は一切の動きを止め、あたかも嵐が去るのを待つ船員のように、自分もこの恐怖が去っていくまでただじっとソファの上で頭を抱えながらうずくまっていた。


《恐怖を感じる》とはこういうことなのかと、初めて実感に至った気がした。


 まぁ、しょうがない。


 今まで一向に自分にとって都合の悪いことを避けてきたのだから。その全部が今になってブーメランのごとく返ってきたということなのだ。自分でもすごく納得がいく話だ。


 当然悪いことを想像した。自分の居場所がなくなってしまう決定的な内容だと。


 ――けれど送られてきたそのメールは、自分の予想を完全に裏切る内容だった。



『歌の練習ははかどってるか? 五時ぐらいに良かったら部室来いよ』



 意外にもほどがあった。

まさか向こうから、自分を誘ってくるなんて。

自分は今、とんでもなく惨めな状況だというのに。


すぐさま智也を――そして自分自身を疑い始めた。

これは罠ではないか。この先にあるのは、きっと悪いことで。


――いや違う! 


これは智也なりの善意でありやさしさだ。それを『罠』などと解釈するのはあまりにも失礼ではないか。


 そうだ。きっとこれは罠などではない。


 情けない自分のことを、わざわざ心配してくれたのだ。

 疑いが、喜びへと移り変わる瞬間。

自分が本当に必要とされているかもしれないと、根拠のない自信にこの時憑りつかれた。

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