悠平③

 遥香が奢ってやったりんご飴をかじっている。僕はそれを直視することができない。孝介が右側頭部につけた戦隊ヒーローのレッドのお面がこちらを見ている。

「そろそろ花火始まるな」

 目を見て言おうとしたが、すぐにそらしてしまった。

「だね」

 孝介が持ってきてくれたレジャーシートを敷いて三人並んで夜空を見上げる。

 アナウンスが花火の開始を告げ、静寂が流れる。ラムネ色の石鹸みたいな香りがした。遥香の横顔を見る。いつもと髪型が違うことに気が付いた。伝えようかと思ったが言葉が、出てこない。

「どうしたの?」

 目が合った。半開きになった口から空気が漏れる。言いたい言葉が、あるはずなのに、不自然な笑顔を作ることしか出来ない。

 暗闇に溶けていたりんご飴が赤く染まった。「何でもない」と言ったが、花火が咲いた音にかき消された。

 遥香の視線が夜空へ移る。僕も少し遅れて夜空を見上げ、買ってからほとんど飲んでいないラムネを一口飲み、ため息をついた。飛び出てきそうな心臓を流し込むように、もう一口、気の抜けたラムネを飲む。

 花火が咲き乱れる。歓声があちこちで上がる。遥香の顔が目の前にある。耳だけで花火の音を聞く。ラムネを落としそうになり、強く握る。もう一口、飲もうとしたが止め、小さく深呼吸をする。孝介と目が合う。

「かき氷食べたいな」

 花火の音でかき消されたはずなのに、孝介が小さく頷き、

「買ってきてやろうか?」

「いいのか?」

 遥香が僕と孝介に目をやり、

「どうしたの?」

「かき氷、買ってこようと思ってさ。遥香ちゃんはどうする?」

「私はいいや。ありがとう」

「わかった。悠平、味はなにがいいんだ?」

「レモンで」

「はいよ」

 孝介が立ち上がり、夜店の方へ歩いて行った。

「花火始まってるのに」唇を尖らせた。

「まあ、かき氷も美味いもん」

「そうだけどね。でも、ちゃんと帰って来れるのかな? すごい人だよ」

「どうだろうな。大丈夫だろ」

 花火に照らされる遥香を見つめる。薄いピンクの浴衣が眩しい。ラムネを一口飲む。ゲップが出そうになるのをこらえる。尻が痛くなり座りなおす。レジャーシートが少しずれた。額ににじんだ汗を手でぬぐい、見えないようにジーパンでふいた。手のひらがほんのりと温かくて痛かった。

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