第22話 差し入れ

 次の日から、ヨハネは朝早くから王宮の稽古場へと足を運ぶようになった。

 朝日が昇る前から出かけ、帰宅するのは日が落ちてから。

 私としては傷のことが心配だったけど、「安心しろ。問題ない」とヨハネは言った。

 たしかに傷のチェックはさせてもらってるけど、問題はないみたいで、その点は安心できた。


「愛するお嬢様のため剣を振るう……まさに騎士の鑑ですねっ」

「あんなに真剣な伯爵様を見るのは初めてかもしれません!」


 私の身支度を整えながらアリシアさんとジャスミンさんは話に花を咲かせる。

 私を恥ずかしさのせいで悶え死なせようとしているのではないかと勘ぐりたくなってしまう。

 私だって、ヨハネが勝って欲しいと願っている。

 アーヴァンさんの思惑通りにいって欲しくないということはもちろんだけど、純粋にヨハネに勝って欲しい。


 私に何かできることがあればいいんだけど。

 アリシアさんたちに相談してみると、「お弁当を作られてはいかがですか?」と提案してもらえた。

 何でも訓練の時は、ヨハネのために使用人たちが腕に寄りをかけてお弁当を用意しているらしい。

 私だって教会では炊事洗濯を担当していたし、大人になってからは飲食店の厨房に入っていたこともあるから、まったくの初心者じゃない。

 私はその日、早速、お屋敷の料理を担当するシェフにお願いして、お弁当作りを手伝わせてもらうことにした。

 懇切丁寧に教えてもらったお陰で無事にお弁当を作ることができた。


 昼食のメニューはボリューム満点のターキーサンドイッチ。そこまで料理の腕が必要ないレシピだけど。

 早速、馬車に乗って王宮の敷地内にある訓練場へ足を運んだ。

 大会出場者たちは不正などがないよう、そこでの訓練が義務づけられていた。

 伯爵家の紋章のついた馬車のお陰で、ノーチェックで王宮に入ることができた。


「訓練場へはどう行ったらいいんでしょうか?」


 衛兵に尋ねると、「ご案内します」と道案内をしてくれた。

 ちょうどお昼時。

 訓練場にはそれぞれの騎士たちが所属する団体や家から使用人たちがお弁当を届けに来ていた。

 そんな中、ヨハネは黙々と剣を振るう。

 その気迫のこもった姿は鬼気迫るものがあって容易に声をかけられない。


(すごい気迫……)


 汗を流し、直向きに剣を振るうヨハネの姿は、見ているだけで、ドキドキしてくるし、たたずまいの美しさに目が離せなかった。

 私が見すぎたのだろうか、不意にヨハネが振り返った。


「!」


 顎から滴り落ちる汗を右手の甲で拭い、殺気さえ感じさせる鋭い目が、私を捕らえるなり、大きく瞠られた。


「ユリア、どうしたんだ!?」


 まるで飼い主と出会えた大型犬のように、微笑みを浮かべて近づいてくれる。


「お、お弁当を届けに来たの」


 私はバスケットを示す。


「わざわざ? 俺のために?」

「様子を見がてらね」

「……そうか」


 その声は今し方まで殺気に満ちていたのが嘘のように柔らかかった。


「冷めないうちにさっさと食おう」


 私は手を引かれ、訓練場の片隅へ座る。

 早速、バスケットを開く。


「サンドイッチか」

「ターキーよ」

「好物なんだ」

「知ってる。シェフの人から教えてもらったわ」


 いただきます、とヨハネはかぶりつく。

 かぶりついているのに、綺麗に食べるんだなと感心してしまう。


「味は? 変じゃない?」

「ん? うまいっ」

「良かった。実は今日のそれ、私が手伝ったの」

「……ユリアの手作り? 本当に?」

「サンドイッチだから手作りっていうのは大袈裟だけど」

「そうか。俺のためにわざわざ……嬉しいな」


 無邪気で純真な笑顔に、私は照れてしまう。

 そんなに喜んでもらえるなんて嬉しい。


「ヨハネには頑張って欲しいから。でもあんまり根を詰めすぎないようにね。稽古が大切なのは分かるけど、無理をしすぎて本番前に怪我をしたんじゃ元も子もないんだから」

「分かった。お前を守るために出る大会だからな。お前を悲しませたんじゃ意味がない」


 また、さらりとそんなことを……。

 食事の時間はあっという間に過ぎ、騎士たちは再び訓練に戻っていく。


「そろそろ行くね」

「弁当をありがとう。もしできれば……」

「また作ってくるから」


 犬なら尻尾をぶんぶんと振ってるんだろうな。


「待ってるっ」


 そこまで嬉しそうにしてくれると、作ってきて良かったと思えるし、また作りたいとも思う。今度はもっと手の込んだもの……にしたら、失敗しそう。それでもヨハネは美味しいと言ってくれるだろうけど、甘えたら駄目だ。


「――聖女様!」


 聞き慣れた声が響きわたった。


「……アーヴァンさん」

「ひどいな。未来の夫を見てそんな顔をするなんて」

「その冗談は笑えません」

「俺たちは運命の糸で繋がっているんだよ。分からない? 今来たばかりなのに、まっさきにあなたと出会えた」

「ただの偶然ですから」


 軽口には私も不快感を抱かずにはいられない。

 同じ好意を寄せられるにしても、アーヴァンさんとヨハネはまったく私の中で同列でないことを実感した。


「そのふざけた口をいい加減、閉じろ」


 ヨハネが猛獣のようにギラギラと目を輝かせて睨み付ける。

 アーヴァンさんはヨハネを苛立たせたことに満足したみたいに、「それじゃあ、本番で」と去って行った。

 その後ろ姿をヨハネは、穴が空くほど睨み付ける。


「……馬車まで送る」


 ヨハネに見送られ、私は馬車に乗り込んだ。

 見送ってくれるヨハネに手を振りながら、彼のために料理以外で何かできないだろうかと馬車に揺られながら考える。

 早速、屋敷に戻った私は剣術大会について調べて見ると、応援する騎士にハンカチを送る習慣があると分かった。


(よし!)


 その日から、ヨハネに贈るためにハンカチ作りをはじめた。

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