ここから先はニーチェか類稀なる精神を持つ者以外読むな。私は彼に宛てて書いたのだ。お前に読む権利はない

 私は過去に七日間食べず寝ずで、悟りを開こうとしたことがあります。そして、恐らく宗教家、思想家、芸術家らが真理と呼んだであろう概念を、非記号的体験として経験しました。


 それは穏やかな終末としての死、涅槃でした。全知全能なる永遠で、その色は涙が溢れるほどに病的なまでに美しく、凪のような音調は鮮やかで、私は『時流はない』と強く悟りました。自然の運行には、時間などないのです。


 もちろん、私は無事ではありませんでした。臨死体験もしましたし(神かは知らないけど、『ご苦労様』と言われたのを覚えています)、神経が疲弊したせいで一週間くらい体中が動かせなくなり、結果3ヶ月も入院する羽目になりました。(故に夜はちゃんと寝たほうがいいですよ)


 私は入院中、病室のベッドの上で、あの継続的非記号体験は何だったのか考え続けました。ですが、その時に感じた生の歓びや慈愛、博愛、全知全能は、到底言葉や数式、記号の類では表せませんでした。

 私が入院したのは受験期のことで、そのせいで現役の際は受験ができなかったので、退院後は浪人生として時間を持て余していましたから、私は図書館に通い、あらゆる分野の本を読み漁りました。


 哲学、宗教、科学、文学、スピリチュアルな怪しい本まで、とにかく読み漁りました。そして、ある哲学に至りました。それこそウパニシャッド哲学でした。


 私が七日間の断食断眠の末に体解した真理は、まさしくウパニシャッド哲学で解かれているものでした。恐らくはヨーガも断食断眠に似たようなものなのでしょうから、ウパニシャッド哲学を紡いだ賢人たちもきっとあの至福と呼ぶべき概念を識っていたのでしょう。


 ニーチェよ、これが私の体験です。あなたが1889年1月3日に至った境涯は私のものと似ていますか?


 私は2021/1/1から1/7まで寝ませんでした。いいえ、ずっと思索していたのです。7日目の朝の頃には、言葉や数式を越えた純粋言語で思惟していました。言葉や数式で扱う計算と比べて、演算速度が桁違いですよ。イデアの海にある全ての永遠なる概念たちを同時に処理するくらいには、冴え渡る脳なのですから。


 ロジャー・ペンローズというノーベル物理学賞を受賞した物理学者は量子脳理論を前々より提唱しています。もしかしたら脳の潜在的能力は量子コンピュータに匹敵するもので、常温稼働可能な演算子なのかもしれませんね。


 2021/1/8の夕刻、私は寝たのです。

 あの安らかな眠りは、正しく死でした。

 それはとても優しく甘くて、穏やかな終末でした。

 永遠のような時も、総身を震わす歓喜も、記憶らを追悼する慈愛も、本当に全てなのです。


 ニーチェ、あなたがどこまで至ったかは分かりませんが、私はあなたに感謝しているのです。きっとあなたの言葉がなければ、私はあの7日目に至れなかった。きっと私は平凡な受験生に戻り、今頃は東大でつまらない物理学でも学んでいたことでしょう。


 嗚呼、ニーチェよ。

 ニーチェよ。

 本当に、運命さえも受け入れられるのならば、人は己の人生を肯定できる。意味などなくても、運命を受け入れることこそ、生への希望だと私は思います。


 もうそろそろ時間ですね。

 私達は私達が作った空間や時間という概念に縛られながら生きる愚かなサピエンスです。でも、それはとても愛らしくはありませんか。だからあなたは『ツァラトゥストラ』を遺したのですよね。


 ニーチェ、ありがとう。愛しています。

 会える日があれば、是非語り合いましょう。


 2023/4/26

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