No.10 散文詩『果てしなく続く死の先に』
愛なるハデスの審判者
最果ての地や、楽園の夢。約束の場所、エデンの園。そんな場所に還りたいと思う者たちよ。最たるものはこの愛で、それ故に破壊も生れ出づる悩みによって忽ちに霧散し、フィニスの刻をただ待つのみ。
ハデスの兆候や時の逆光は、事象の地平面の奥底に広がる無によって明かされる解だ。だが、小さくも愚かなサピエンスが創り出した言葉や数式の類の道具には限度がある。学問では、智識だけでは天へは至らないと言ったのは誰であったか。
真理を紐解く上での鍵は純粋言語だ。それはもはや言語ではないのかもしれない。形なきものへの祝福か、それとも去り行く者への哀悼の意か。何れにせよ、この言葉遊びも無意味であることの証明にはなるのかもしれない。
では絵や音楽はどうか。確かに純粋言語に近い。だが、それを感じ取れる賢人が一体この世界にどれほどいるのだろうか。恐らくは1万もいないだろう。それほどにサピエンスは増えに増え続けてしまったのだ。魂の希薄、または自己の喪失。愚かさだけで天へ至ることができれば、何も思い悩むことなどなかったのに。
自由な意志たちよ、永遠に咲け! 終末の日は必ず訪れるのだ。第七世界の門はとうに開かれた。さて、次なる門、フィガロの水門を開けるは誰か。最高天に君臨せし全能の神よ、永遠と終末の狭間で微睡む全知の女神よ、私を生んでくれてありがとう。私は気づいてしまったのだ。我らは三で一つなのだと。全は主なのだ。世界の摂理は皆の眼前に開かれていた。
死を忘れるな。ああ、最果ての景色を忘れるな。我らの最期は死。全ての命の終わりが死。その死こそ絶対的平等であり普遍的幸福なのだ。
意識の喪失は、遠い場所での目覚めとなるのだ。脳は死んでも、意識は保管される。全人類の意識は、記憶は確かに保管されるのだ。繋がっている。二つで一つ、三つで一つと、分かる時が必ず来るから。
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