第18話 乖離 -トウヒ-
夜が明け、日が昇る。
それはごく当たり前で古くから繰り返されて来た何の変哲もないルーティン。
人々は目を覚まし、朝食を摂り、支度して
学校や会社へと赴く。また深夜は一般人にとって視認出来ない怪物が暴れ回って人々を喰らう。今まではそんな事は無かったが現実は違って亡くなった者は皆、行方不明者として扱われる。いつからかそんな事が繰り返されて来た。
家族や友人、恋人を奪われた人々はどういう心境なのだろう?それもその原因がヒトを喰らうバケモノだとしたら。当然、信じられないだろう。だが政府はそれをずっとひた隠しにして来た。都合の悪い真実は全て隠し、暴かれようなら関係者を殺して…そうやって今日まで維持して来た。例え誰に恨まれようとも。
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「朝...か。」
剣介は窓の外から差し込む日の光で目を覚まし、目を開いた。
昨晩の事は今でも鮮明に憶えていただけではなく投げ掛けられた選択肢もまた
ハッキリと憶えていた。元の日常へ戻るか、それとも退魔師として魍魎達や悪霊達と
戦いを続けるか。しかしどれを取っても妹が帰って来るという保証は難しかった。
薫は生きている...だがその身が無事である事は解らないままで正直な話をすれば
自分で確かめるのが怖かった。
「なぁ薫...兄ちゃんはどうすれば良いと思う?母さんも親父もお前が居なくなった日の事を思い出したくなくてその話は一切しなくなっちまったよ。まるで最初からお前が居なかったみたいに振舞うんだ。でも俺はお前の事を忘れた訳じゃない......でもお前に会うのが怖いんだ。もしかしたらもう...死んでるかもしれないって......。」
天井へ右手を伸ばしながらそう呟くと彼は溜息をついて身体を起こすと眼鏡を掛けてから部屋を出てリビングへ足を運んだ。
今日も変わらず学校が有るのだが彼は家の電話で体調不良だと連絡し欠席すると
今度は台所にある買い溜めしたカップラーメンが入った箱から適当に選んで味噌味の物を1つ取り出すとやかんに水を入れてガスコンロへ掛ける。その場で下準備だけを済ませてから今度は座布団に座ってテーブルの上にあるリモコンを手に取ると電源を入れて見始めた。
[今日の都内は穏やかな陽気ですが最高気温は30度、熱中症に──]
偶々点けた番組が天気予報を出していた事からそれをぼーっと眺めながら
次に始まった別の番組に目を通す。お湯が湧いた事からやかんから音が鳴って
ガスコンロの火を止めに向かう、そのままやかんを手にした彼はお湯をカップラーメンへ注いでから夜間を置いてカップラーメンと箸をそれぞれ持って先程の場所へ腰掛けた。どう見ても不摂生な朝食なのだが最近の若者らしいと言えばそうなのかもしれない。3分後に蓋を開けて中身を食べたがそれも5分掛からずに全て完食してしまった。
「朝から食うカップ麺は美味いな、太るかもしれねぇけど。」
後片付けをしてから彼は気晴らしに散歩へ出掛けようと決め、
部屋に戻ってから着替えを済ませる。身体を動かしていた方が余計な事を考えなくて
済むのだが自分でも何がしたいのか剣介もハッキリしていなかった。
今思えば全て偶然だったのかもしれない...蘭との出会いも戦った事も。
飽き性で面倒臭がりでどうしようもない自分からすれば良く頑張った方ではある。
しかし自分がヒトに害を成す存在と戦っていた事実だけは変わらず、
殺されそうな思いをしながら必死になっていたのもまた変わらない事実だ。
『ツバキは嘗てお前の妹…カオルを守れず我々に敗れた。』
『──ツバキをお前の手で斬れ。』
『そうすれば妹に会わせてやる…待ち望んだ家族の再会が果たせるのだ、悪くは無かろう?良いのか?このままではずっと…妹は戻らない。果たせぬ望みに縋り続け、只管にバケモノを斬り続けたその果てに何があると思う?』
『……無だ。ならば此処で奴等との袂を分かち、我々の元へ来るのが最善の策だと私は思うがな?しかし酷いものだ…奴はお前が神隠しの家族と知りながら隠し通し、今日までのうのうと生きて来たのだから。仲間としてこれ以上の裏切りは有るまい?』
あの時、知世から投げ掛けられた真実。
対峙するのであれば自分の仲間を斬る事が何よりの解決策だと彼女は提示して来た。
それで薫が帰って来るなら自分は喜んで仲間を手に掛けたかもしれない。
もう家族がバラバラになる事は無い、離れ離れになる事は無いのだ。
「俺は...どうすりゃ良かったんだ?」
自分に問いかけても答えなんて返って来ない。
そのまま彼はバス停に来たバスへ乗るとそれに揺られて妹の墓がある場所へ
向かった。約30分掛けて最寄りのバス停まで来てそこで降りると
今度は徒歩で歩いて10分、集団墓地がある場所へ訪れた。
数多くの墓石が建ち並ぶ中で彼は1つの墓石の前へ来て立ち止まると
手紙の様な物が置かれている事に気付くとそれを手にした。
「...?椿さんからだ。」
筆跡からして椿が書いた物なのは間違いない。
開いてみるとごめんなさいという一文が記載されていて、更に文章も記載されている。
[剣介君へ。私はあの日、1人の女の子が悪霊に襲われているのを見て助けるべく神楽弥と共に戦った。そこへ現れたのが知世...それはヒトでありながら魍魎の血を持つ異形なる存在であり私達の敵であるのは間違いなかった。だが当時の国例は今と変わらず国の管理する組織の中にあり、命令は絶対だった。そこで下されたのが魍魎とヒトの合間で交わされていた密約である双異界約定により保護した高岸薫ちゃんは人柱として献上された。彼女は人並外れた霊力を持つ事が調べで解った...故に上層部が無断で決めた事だった。高岸という名前を聞いた時、もしやと思って勝手に調べさせて貰った...もしその気があるなら私を斬っても構わない。1つの家族を壊した贖罪は受けなくてはならないから。]
と真実がそこには記されていた。
取り戻そうとしたが取り返せなかった事実。
国が決めた事、国に逆らうという事はそう言う事なのだ。
人柱として選定された事実は紛れもなく嘘ではなかった。
「俺...どうすりゃ良いんだ......土御門みたいに強い訳じゃねぇし、かといって何か出来る訳でもねぇ...このまま黙って見てろってのかよ...。」
唇を噛み締め、手紙を握り締める。
この先の事は全て自分が決めなくてはならない...戦うかそれとも退くか。
そうは言われてもどうすれば良いか解らない。
幾ら悩んでも答えが出せぬまま彼はそこから離れて歩き、墓地を後にする。
バス停でバスを待っていると隣に失踪した当時の妹と同い歳位の少女が並んだ。
薫が居たらこの子より歳が上なのは間違いない。
そして到着したバスへ乗り込んで市街地の方へ走り出し揺られながらトンネルへ差し掛かって中程まで来た時。突然バスが急停止し乗客らが何事かと動揺し始める。
剣介も前へ来てそれを見るとトンネルの天井からヘドロの様な物が垂れて
地面へ落ちるとそれが人の形を形成し赤い瞳を輝かせ此方へ向かって来る。
「嘘だろ...何でこんな所に悪霊が!?逃げるぞ、早く!!」
相手は低級の存在だが油断は出来ない。
それが徐々に一般人の姿を取るとゾンビの様に両手を伸ばして来たのだ。
一目散に乗客が逃げ出す中、剣介は少女の手を取ってバスから駆け出す。
半狂乱になりながら全員が走るが1人、また1人とその数が増え始めていくと
呻き声がトンネル内へ響き渡った。
もしこんな時に刀が有ればどうにか出来る、形代さえあれば時間が稼げる、
そう思っても何一つ彼は手にしていない。
何とか出来ないかと思って鞄の中を漁ると1枚の紙を掴んで引き抜いた。
「ッ...今はこれを使うしか!!」
振り返った剣介が投擲したのは玖遠という字が記載された和紙でそれが変化し
狐となり、悪霊へ立ち向かう。その隙にと思い少女の手を引いて駆けて行くのだが
トンネルの入り口、その目の間に現れたのは亡骸という死霊の集合体。
黒い顔の中に1つだけある目玉が剣介達を捉えるとその凶暴性をむき出しにし
襲い掛かった。次々と肉体が裂かれ、悲鳴がこだまし、衣服が血に染まる。
頭部や腕、足が、肉片となり散らばるその有様は凄惨そのもの。
誰もかれもが先程まで生きていて、同じバスに乗っていたのだ。
「あ...あぁ...ッ...!?どうして...畜生ッ...畜生ぉッ!!」
運転手が串刺しにされその場へ倒れ、それを投げ捨てると亡骸は2人を捉えて迫り来る。後方は悪霊、前方は亡骸...玖遠を呼び戻した彼は次の策を練ろうとしたが頭が回らない。椿を呼んでも来ないだろうし、由利香も蘭も呼んでも恐らく来ない。
このまま自分と少女は此奴らに喰われて死ぬのだろうか?
いや、せめてこの子だけでも生かして家に帰してあげたい。
それだけが今の剣介が持つせめてもの願いだった。
「...玖遠、この子だけでも逃がしてやれねぇか?俺はどうなっても良いからよ、せめて出口...あそこまで行けば助かる。それとアイツに宜しくな...短かったけどそれなりに楽しかったって。」
そう言うと剣介は前へ出て亡骸へ向かって叫んだ。
「おいバケモノ!俺を喰いたいならこの子を先に逃がせ!!そうすりゃ俺を好きにして良いぞ!!」
直後に亡骸の動きが止まり、剣介を見ながら何かを確かめている様子だった。
すると話が聞こえたのか自ずと後退し道を開ける様な仕草を見せるとその隙に少女をその場から玖遠と共に逃がす。これであの子は助かる...と安堵した直後、
出口へ差し掛かった途端に相手が腕を伸ばし少女の背を後ろから串刺しにしようと目論んだのだ。玖遠による防御も間に合わず、座り込んでしまった剣介が手を伸ばし叫んだ時。少女の右手を引っ張って何者かが不意討ちを回避させたのだ。
「...もう大丈夫、危ないからこれを持って下がってて。」
少女へ形代を手渡すとそのシルエットが明らかとなる。黒い髪を後ろで結び、
眼鏡を掛けた少女...それは土御門蘭本人だったのだ。
「つ...土御門!?どうして...!?」
「...椿さんの読みが当たっただけ。恐らく高岸君は妹のお墓に行く...そして奴等が目を付けている以上、狙うとしたら無防備である今じゃないかって。その手紙はある意味発信機でもある。インクに霊力が籠っているから気配さえ辿れれば問題ないって。」
「な、成程...。」
歩みを進める最中に蘭は刀袋から自身の刀を取り出し、肉塊と化した乗客達を見て呟いた。
「...ヒトの運命と命を弄んだその罪、お前達のその愚行...私は絶対に許さない。」
髪を結んでいるリボンと眼鏡を外してスカートのポケットへしまい、
左手親指の先で鍔を上げた所謂、鯉口を切る形へ移行すると再び右腕を伸ばして
蘭へ襲撃を仕掛ける。
しかし逆袈裟の形で抜刀した事により刃が先に接触、亡骸の右腕の半分を断ち斬ったのだ。相手を見据えた直後に彼女の両眼が赤く染まる、瞳孔が獣の様に変化し
鞘を手放し駆け出した直後に放たれた左腕の攻撃を身体を左へ逸らす事で躱して瞬時に間合いを詰めると同時に身体を擦れ違い様に一太刀入れて斬り裂いてしまった。
赤黒い血がまき散らされるがお構いなしに今度は奥に居る悪霊達へ向けて駆け出すと
襲い来る連中に対して出会い頭に頭部を斬り落とし、続けて今度は頭部から股下へ掛けて斬り裂き、自身から見て右から袈裟斬り、右手首を返したかと思えば左斜め下から逆袈裟斬りで次々と斬り伏せていく。
相次いで赤黒い血液が飛散し鈍い音と共に肉塊が崩れ落ち、地面へ溶けて消えていく
その様は圧巻だった。
「グァアアッ!!」
「はぁああッ!!」
眉間へ向け刺突が放たれたかと思えばその場でバツの字を描く様に斬り捨て、
その場で身体を左へ向けた状態から一気に右へ掛け一文字斬りの要領で振り抜くと
纏めて4人を斬り裂く。全ての悪霊を斬り倒した彼女は剣介の元へ来て座り込んでいた彼を見下ろしていた。
「...これが貴方がこの先見る光景。そして奴等はまたお構い無しに現れる...その度に誰かの大切なヒトが喰われて死ぬ。そうさせない為に戦う...それこそが退魔師である私の務め。そしてそれは貴方も変わらない......奪われたモノがまだ取り返せるなら、まだ希望があるのなら...戦って取り戻す以外に道は無い。」
「ッ......。」
「...戦いなさい、己に科せられた運命と。」
そう言い放った彼女は蘭の様で蘭ではない...そんな気がした。
この悲劇だって自分が戦っていれば、刀を手にしていたら防げたかもしれない。
だが考えさせて欲しいと戦線を離れたのは自分、妹が生きているという希望を知り、
その反面で仲間の命を秤に掛けたのも自分。
当然だが剣介は何も言えなかった。
「...待ってるから。」
そう言い残すと蘭は出口に居た少女を連れ、彼をその場に置いて立ち去ってしまった。
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あれから剣介は現場へ来た国例の社員の車で自宅まで送られて帰宅したが
気が付けばもう日は落ちて夜になっていた。
夕飯と入浴だけを済ませてから自室のベットへ横になると天井を見上げていた。
『...戦いなさい、己に科せられた運命と。』
薫を奴等から取り戻す為には戦わなくてはならない。
これ以上、同じ想いをする誰かを増やさない為にもう一度あの刀を手にし
戦わなくてはならないのだ。
「俺は...ッ......。」
目を閉じて考えた末に彼は1つの決心を付け、眼鏡を外した後に
彼は寝息を立てて眠りに付いた。
初めて奴等の存在を知った日から今日までの事を振り返るが彼もある程度は覚悟はしていた...ヒトと魍魎とは解り合えないという事を。
魍魎達がどう思おうが、国が逆らった自分を裁こうが関係ない。
薫を取り戻す事を今此処に彼は誓ったのだった。
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