第三章
第23話 代わってきた!
「ど、どうも……今日は俺が森先生の代わりになる、柳です。よろしくね」
「……」
隣でムスっとした女子高生は、終始不貞腐れた顔で俺を見ず頷く。
俺は少しばかり汗をかきながら、そっぽを向いた女子高生に対して苦笑を漏らす。
――――福田リラさん。高校三年生で、結弦と同じ学校の、結弦の友人だ。
結弦と同じ制服を着ているものの、どこか着こなしが不良やギャルといったそれで気崩している。髪色は黒で、ウルフカット……というのだろうか。あまり見慣れぬ男性らしい風体でいた。
基本的には森先生が担当をしてくれているが、今日は一身上の都合で俺が代わりになることになった。
なったのだが……どうにも俺に対して好印象が持たれていない模様。
このままじゃロクに仕事にならない。
どうにかして機嫌を取ろうとして、会話を試みる。
「えぇと……福田さん?」
「はい。何ですか」
「いや……聞いてるならいいけど……解いた課題だけ見せてもらえるかな?」
「はい」
やはり俺に嫌悪を抱くような素振りで、こちらへ課題を解いたノートを寄越す。
それを受け取り、一読。
内容は森先生に指示されたとおりの問題が解かれていた。
問題に対しての正答率は……なんと一〇〇パーセント。
思わず少し息を呑む。
問題内容を確認して、再度長考。
これほどの難題をまごうことなくクリアできるのならば、相当上の大学にも合格できる力量なのだろう。
もう少し難しくしてもおかしくない手際なものを……森先生は何を考えているのだろうか。
少しばかり疑問に持ち、福田さんに質問。
「凄いな……これほどできるんなら、もう少しレベルを上げてもいいんじゃ?」
「別に……できるからやってるだけです。――――あの人にも、そう指示されただけだし」
「そ、そっか……ならまぁ、俺からは何もないけど」
俺はそう言い切る福田さんにただただ頷くのみ。
森先生の考えることは
それらをいきなり変えるほど、俺は上等な思考回路をしていない。
素直に褒めて、仕事の笑顔。
「これなら森先生も喜ぶと思うよ。普段からこんな感じで?」
「っいえ……まぁ、いつも通りではありますけど」
「……? そっか」
俺がそう言葉にすると、少し驚いた様子で俺を見る福田さん。
森先生の付箋に書いてあった言伝からは……『少し意地っ張りな性格だけど、優秀だから!』とのこと。
もう少し業務内容についての具体的な対応を寄越してほしかったんだけどなぁ……。
嘆息を吐き、平静を装った福田さんは、俺を訝しむように見て次の指示を待つ。
「他に……森先生からは何と?」
「……? 他は特には」
「チッ」
「舌打ち!?」
少しそわそわしながら問うていた、さっきまでの表情とは裏腹に、舌打ちをするほどのキレ具合。俺なんかしたか!?
さっきまでの様相とは様変わりして、再度俺に対してそっぽを向ける。
俺は再度嘆息を吐き……課題のノートを返す。
気を一転するように、笑顔を向ける。
「森先生からは基本通りの指示しか頼まれてないからね。そもそも、大体のことを率先してやってくれるって聞いてたよ」
「っ! 別に! あの人の指示がテキトーなだけです! ずぼらでどうしようもない人ですし」
俺の方を見ては、その不機嫌そうな顔は今度は森先生にヘイトを向けた。
森先生……多分あなたはこの人の担当に向いてないと思います。
かといって、誰が合うかは想像がつかないけれど。
「まぁ、それなら今日ばかりは私がやってくから」
「……ん」
「課題で解いたところは、何か質問はある?」
「別に」
「そっか。この間の模試は?」
「それも、別に」
「そ、そっか……なら通常の予習か、少し先だけどテストの対策にしていこう」
「…………」
掴みどころのない性格。
結弦とはまた違った手の付けられなさを感じる。
俺は意に介さず、苦笑を滲ませながら隣の生徒の不機嫌そうな顔を見る。
森先生が進めていた予習範囲は相当先を行っていて、端的に言うと予習は必要ないほどだった。
正直、ここまで優秀な生徒はこれまで見たことがない。
基本的に担当生徒は生徒と講師の相性、また講師の担当教科で決められる。俺はこれまで塾長の指示から、結弦や満弦さんといった高校生を相手にしてきた。
それに対して、由衣先生のような人は人受けが良いため内気な小中学生を担当しているところをよく見る。
そして森先生は――――塾長がついこぼしていた言葉を思い出す。
『森先生はかつてないほど頭が良くて要領も良いからねぇ。勿論、柳先生もだけど』
森先生が担当する生徒たちは、誰も彼もが成績優秀者。その上成績を常に上位層でキープしている生徒ばかりだ。保護者からの信頼も厚く、おまけに俺とは違った気さくな性格で誰とでも接しやすい印象をしている。
だというのに、森先生は俺や由衣先生とは違った――――この地域では低位の大学出身である。
最初はそのことをつゆ知らず、尊敬する先輩として一緒に仕事ができるのが楽しかった。
最近は……慣れてきてイジられ小間使い。人を何だと!
かといって、先述したような優秀な御人だ。下手に蔑むのも憚られる。
天を仰いで森先生の今を想像する。
嗚呼……どうせ、今の俺をせせら笑ってるんだろうな。
「……先生」
「っ。ごめんごめん、どうした?」
「ここの式変換だけ理解できないんですけど」
俺が上の空で呆けていると、既に福田さんはテストの対策に取り掛かっていた。
しかも、ある程度問題を解いていて……質問。意外とやる気のある娘らしい。
教材を見て、一考。
「あぁ。これは分数分解と微分をまとめてやっていて……紙に書こうか?」
「……はい」
紙に変換過程を書きつつ、自然と口を開ける。
「森先生は普段どんな授業を?」
「あの人ですか。今と変わりません。
あの人が毎回毎回どうでもいい話ばっかりしてきて、アタシが問題解いてるだけです」
「あはは……それ、授業の体を為してるの……?」
「知りませんよ」
終始不機嫌そうな表情を作る。
やっぱり、頭の良さだけで組むのは間違ってると思いますよ、塾長。
福田さんは俺の書いた式を見て少し熟考。
その後すぐに納得したようで、再度問題にとりかかる。
俺はほっと一息ついて、問題に集中している福田さんに一言声をかける。
「まぁ……福田さん次第で担当講師を変更することもできるから。あまりに嫌であれば、私か塾長に言ってね」
「それは駄目!!」
瞬時、授業ブースで声が響き渡る。
驚いて俺が福田さんの方を見ると、焦ったような顔で俺を凝視していた。
動揺を隠しきれず、
思わぬ返答に、少し圧倒される。
「い、いや……これは違くて」
「ご、ごめん……別に、あくまで選択肢としてあるってだけで」
「……チッ」
「また舌打ち!?」
またもこちらに見えぬよう顔を隠し、舌打ち。
「貴音先生? どうかされたんですか?」
「由衣先生!? これはその……」
福田さんの声から、由衣先生が怪訝な様子でこちらに向かってくる。
また俺は『女たらし』という誤解を受けた。
無情。
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