愛するあなたに、永遠を
猫石
婚約破棄宣言での出来事
「エヴァンジェリン・レイオム!」
冬季休暇前の、パーティーに一人で参加していた私、レイオム侯爵家次女エヴァンジェリンは、突然、その名を呼ばれた。
叫んだ相手は、本来であればこの場で私をエスコートしているはずだった、私の婚約者だ。
凍り付いた会場の中、話をしていた親友達から離れ、呼び出した相手がいる場へと向かうと、赤いビロード張りの壇上で、お互いの髪の色の夜会衣装を身にまとった、私の婚約者であるアダム・ディックス伯爵令息と、最近、意味の分からないことを言い私に絡んできていた、一学年下のリリス・レイチェル男爵令嬢の寄り添いあう姿があった。
「エヴァ! 貴様との婚約はこの場において破棄すると、私は宣言する。」
一方的に心をえぐり裂くような言葉に私は一瞬、硬く目を閉じた。
「アダム様。」
意を決し、眼を開け、その意味を問う。
「おっしゃっている意味が解りません。 婚約破棄とは? 婚約は家同士の契約で、このような場所で、親の許可なくするものではございません。 ……それになぜ、貴方のお隣にレイチェル男爵令嬢がいらっしゃるのでしょう。 本来であれば、その場所は、婚約者である私の場所でございます。」
努めて冷静に私が問えば、アダム様はリリス嬢の腰を強く抱き寄せ、口づけでもするのではないかと思うほど頬を寄せ合い私を睨みつけた。
「親は関係ない!」
「ひ、ひどぉい、リリス、傷つきました……。」
「なっ! この期に及んで、なおリリスを傷つけるとは、なんて酷い女だっ!」
(傷つけた、とは?)
「何のことか解りませんわ。」
扇子を広げ、やや首をかしげてそう問えば、彼は声高らかに、叫び出す。
「なんだと!? お前が今までリリスにとった行動全てだ! 親友と言いながら、醜くも悪口を言いふらし、ノートや教科書を破り捨て、挙句の果てには階段から突き落とす。 それはどのような悪魔の所業か!」
言われるのは全く身に覚えがない事柄ばかり。
そっと、私は胸元の硬い感触に触れてから、口を開く。
「全て事実無根でございます。」
「なんだと!? この冷血女め! 心優しいリリスはお前をかばいながら、一人悩み、悲しみ、お前と仲直りするためにはどうしたらいいのか、と、婚約者である私に、泣きながら相談してきたというのに!」
ギリギリと歯ぎしりをするように睨みつけたその人に、私はため息まじりに問いかける。
「では、私がリリス嬢に行ったという行為に対して、証拠や目撃者が誰一人いらっしゃらない、という事ですか。」
「そうだ! お前が姑息な手を使い、陰で人に頼んでやらせていたのだろう!」
とんでもない話だ。 最近流行りの婚約破棄を、自分がされるとは思っていなかった……。
ただ、悲しい。
「いじめなど、身に覚えがございません。 まず私はリリス嬢と親友ではありません。 クラスも学年も違いますもの。 それに何故、私が彼女を虐めなければならないのしょうか? そしてなぜ、リリス嬢はその相談を、貴方に持ち掛けられたのでしょう。」
「嘘をつくな! このように可憐な彼女が、そのようなことをすると思うか!?」
あぁ、人間の言葉も通じない方になられたのかしら……。
ちゃんと、冷静に話をすれば、すべては解る話なのに。
そう思い、そっとリリス嬢を見れば、彼女は目では涙を流しているが、アダム様からは見えないところでにやにやと微笑んでいる。
「……アダム様は、騙されていらっしゃるのですわ。」
「なんだとっ! お前は私が騙されるような馬鹿だと言いたいのか! 生意気な口を叩くなっ!」
怒りに任せ、壇上から私のいる場所へ、詰め寄るために階段を降りようとされたアダム様。
だが。
「うわああぁぁっ!」
「きゃぁぁぁぁん!」
リリス嬢のドレスの裾を踏みつけたようで、アダム様は足を滑らせ、体勢を崩したまま、人1人分の高さがある檀上から、真っ逆さまに落ちられた。
ひどく鈍い音と共に。
「アダム様っ!」
とっさに私は彼に駆け寄った。
「きゃ、きゃぁぁぁぁ! リリスのドレスがぁ……。」
壇上で、こんな緊急時にも甘い声でそう叫び、座り込んですすり泣きを始めたリリス嬢や、ただ茫然と遠巻きに見ている周囲を気にすることなく、私はアダム様に駆け寄り声をかける。
「アダム様、アダム様、目を開けてください。」
耳元で大きめの言葉で声をかけるが、彼は眉をしかめるだけで、ただぐったりと手足を床に放りだしている。
「誰か! 早く先生とお医者様を呼んでくださいっ! 早くっ!」
呆然としている人たちに声をかけると、慌てて会場を何人かが出ていった。
それを確認してから、必死にアダム様の手を握り、名前を呼ぶ。
「アダム様……アダム様、目を開けてください!」
「なにがあったんだ!」
すぐに駆け付けた先生が状況を確認しようとすると、のろのろとゆっくり壇上から降りたリリス嬢が私を指さした。
「エヴァンジェリン様が、アダム様を壇上から突き飛ばしたんですぅ。 リリス、怖かったんですぅ。」
「なにを……?」
「嘘です!」
とっさに何を言われたのかわからず、私は一瞬うろたえたが、先生を呼んできてくれた男子生徒や親友達が、それを真っ向から強く否定してくれた。
「彼女は、エヴァはそんなことしてない! 先生、アダム君は壇上から降りようとして足を滑らせて落ちたんです!」
「いや、もしかしたらうまく婚約破棄できなかったから、彼女が彼を付き飛ばしたんじゃないのか!? 先生、レイオム嬢は無実です! 彼が落ちてから、彼女はここでずっと名前を呼び掛けていただけです!」
「そうです! エヴァは下にいて、2人から酷いことを言われ、言い返していただけです!」
「先生、それよりも、アダム様を。」
無実を訴えてくれるみんなの声に感謝しながらも、私は教師を倒れたままのアダムの元へ、誘導した。
「先ほど壇上から落ちてから、ずっと意識がないんです。」
「頭を打ったかもしれない……すぐに医者を! 動かさないように! 救護室に運ぼう!」
すぐに指示してくださる先生に安堵しつつ、私はアダム様を見た。
わずかに歪む顔は、幼い時のお顔のままで、心が締め付けられる。
「レイチェル嬢、君には話を聞かなければならない、来なさい。」
先に駆け付けた先生が指示される中、他の先生に話がある、と連れて行かれると解ると、甘ったるく出していた声を金切り声に変えて叫び出していた。
「ひっ、皆、ひどい、ひどいです! 私じゃない、私じゃないわよ! あの女! あの女が付き飛ばしたのよぉ!」
「物理的に無理だと証言もある、良いから来なさい!」
「いや、嫌よ、私は何もしていないわぁぁぁ!」
引きずられるようにして出ていったリリス嬢と、慎重に運び出されたアダム様を見送った私に、そっと、先生が近づいてきた。
「状況を説明してもらっても良いかな? レイオム嬢。」
「……はい、かしこまりました。」
私は静かに頭を下げた。
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