土下座は二度する

窮鼠猫カミカミ

第1話

「アルマ。お前を追放する」



 夜、酒場。

 無事本日の冒険稼業を乗り切ってやったぜ万歳と酒を飲もうとした矢先に告げられた、追放宣言。

 我らがリーダー、バルトの口から放たれたその言葉に、一瞬思考が停止する。



「……それマ?」

「マジだ。異論があるやつは居るか? 居ないな」

「異論なーし」

「同じく」



 他のパーティメンバー、戦士のサンドラと僧侶のクレアも同意を示す。

 サンドラは金髪褐色肌・彫りが深い・少々過激な衣装、といった出で立ちの女戦士である。

 少女と言うには少々年を重ねすぎ、色気がありすぎる。

 見た目通りの勝ち気な性格の中に妖艶な気配が感じられる彼女は、何がとは言わないが、デカい。

 何がとは言わんが、メロンとか西瓜とかを引き合いに出してもいい勝負ができるくらい、デカい。

 肩こりとかすごいんじゃないだろうか。

 鎧としての役割を為していないのでは、と思うほど露出の激しい鎧を纏うサンドラと対象的に、クレアはその職業もあってずいぶんと落ち着いた服装だ。

 聖職者たるもの、と全身白い服で頭からヴェール(みたいな何か。よく分からん)を被り、冬でも夏でも長袖に長い丈のスカートを履いている。

 暑くないのだろうか。

 サンドラのように露出はしていないものの、服の下からその存在を激しく主張するは、街を歩く男どもの目を集めてやまない。

 サンドラのそれにも負けず劣らずの大きさだとだけここに記す。

 左右の席に二人を置くリーダーはまさに両手に花状態、世の男性諸君なら皆一度は羨ましがる光景の中心にいる。

 ちなみに三人が仲良く横並びに座っている、その向かいに座っているのがこのワテクシ、アルマだ。

 図体のデカいバルト、乳のデカい両手の花ども。

 圧迫面接かな?

 バルトなんかもう、両側から物理的に圧迫されてるもんな?


 ……っと、違う違う。

 思わず現実逃避して乳のサイズに思いを馳せている場合じゃなかった。



「なんで追放しようと思ったんだ……ですか? 悪質なドッキリだったら怒りますよ」

「ドッキリじゃない。さっきも言ったが、マジだ。アルマ、お前は明日から『雷霆の剣』のメンバーではなくなる。これは決定事項だ」

「マジかぁ……」


 追放。

 それは冒険者間でよく使われる言葉で、有り体に言えば解雇を意味する。

 つまりクビだ。

 冒険者パーティというのはただ仲良しが集まってできただけのものではない、いやそういうパーティもあるにはあるが、この「雷霆の剣」に置いてパーティメンバーは皆雇用主、つまりリーダーのバルトと立派な契約関係にある。

 契約書も書く。

 雇用主はメンバーに賃金として金銭やら物資やらを分け与える。

 労働者、つまり我々パーティメンバーはパーティリーダーと行動をともにして働く。


 だから、その労働が対価に見合っていないと判断されれば解雇されるのも当然。

 である。



「明日まで、明日までお待ちください!」

「じゃあ今月分の給与についての話なんだが……」

「今ならなんと! 私を解雇しないだけで超有能な! この私が! サービス残業しまくります!」

「月初めから今日で丁度半月だし、いつもの半分でいいな?」

「一発芸します、『労働者の悲嘆』」



 その場に見えない書類の山のジェスチャーをする。



「仕事が……仕事が終わらない……今日も会社に泊まり込みかなぁ。ああ、カロリーメイトのゴミもこんなに溜まっちゃった……しょうがない、一旦仮眠を取ろう……」



 ゴミの山のジェスチャー。



「泊まり込み(隣ゴミ)」



 ドヤ。



「はい、これ退職金と今月分の給料な。今までお疲れさん」

「渾身のギャグを歯牙にもかけられないこっち側の気持ちって考えたことあります?」

「考えたくもない」



 全力で強引に話題を逸らそうとするも失敗。無情に渡される革袋。

 半ば叩きつけるように机に置かれたその袋からは、確かにいつもよりも多くの金貨銀貨が入っているのだろう、やかましいくらいの金属音が鳴った。

 ただ、まだその革袋には手を付けない。

 手に取ってしまったが最後、クビを認めたことになる、ような気がしたから。


 認めるも何も、雇用主がクビだと言ったらそれはもう覆りようのない事実になるわけだが。



「一応聞いときましょう。なんで?」

「実力不足」

「雑魚過ぎる」

「私達のパーティに見合わない仕事しかしないからですわ」

「なんて簡潔で分かりやすい解雇理由の数々なんでしょう」



 情け容赦なく浴びせられる罵倒の言葉。

 途端にその場に泣き崩れる私。

 だがそのすべてが正しいのだから言い訳のしようもない。

 確かに、私……いや、、アルマは役立たずである。

 俺はアーチャーとして「雷霆の剣」に所属しているが、正直、俺がいなくても「雷霆の剣」は問題なく運営できる。

 近接戦闘に長けた戦士のサンドラ、回復魔法も使える優秀な僧侶であるクレア、この場にはいないが多様な攻撃魔法を操る魔法使いのヴィーナ。

 そしてこのパーティのリーダーであり一番の実力者、「雷霆の剣」の名の通り雷魔法を操り剣を振るうバルト。

 この四人だけで戦闘面においてパーティとして完成されている。


 対して、アーチャーの俺。

 バルトとサンドラが近接で頑張っているあいだに後ろからちょこまかと矢を放つ。

 しかしその威力は当然のことながら近接で剣や大斧を振るバルト、サンドラに遠く及ばず、同じ遠距離攻撃であるヴィーネの魔法にも肩を並べることは叶わず。

 こうなると俺が矢を放つ意味もない。


 しかしリーダーに習って剣を握る事もできない。

 すでに成人しているにも関わらず俺の体は少女のそれのように小さく、細く、全くと言っていいほど近接戦闘向きではないからだ。


 だから荷物持ちでも斥候でもなんでもやっていたわけだが、正直そういった雑用もわざわざ俺がやる意味がない。

 戦闘もでき、斥候も荷物持ちもできる誰かを雇ったほうが、雑用しかできない俺を雇うよりもよっぽど合理的というものだ。



「お前自身でも分かっているようだからとやかくは言わん。話したいことはそれだけだ」



 そう言うと、バルトはジョッキの酒を煽った。

 その目はまだ俺に向けられており、革袋を手に取るのをじっと待っているようだった。



「……マジかぁ……」



 バルトの意思は固いようだ。

 事前に他のメンバーとも話した、と言っていた。

 バルトの両隣のサンドラ、クレアを見ても俺の脱退を止める気はさらさらないらしい。

 俺がこの場で、クビなんてあんまりだ、と騒いだら?

 あまり意味はないだろう。

 もとよりただの雇用・被雇用者の関係だ。

 情もクソもあったもんじゃないし、先述の通り雇用主が解雇すると決めたら俺にそれを覆す権限はない。



 半ば予想はしていた。

 俺自身、パーティの中で一番役に立っていない自覚はあった。

 だからこそ俺にできることは何でもやった。

 料理、洗濯、掃除に書類仕事。

 確かに誰にでもできる、だが誰かがやらなくてはならない仕事。

 そういうものを率先してこなして、どうにかみんなの足手まといにならないようにして……

 ……いや、何をしたって俺は足手まといにしかなれないのだろう。


 「雷霆の剣」

 結成からおよそ1年と少ししか経っていないにも関わらず高難度の依頼の数々をこなし、あっという間に最低のFランクから上位のAランクにまで上り詰めた新進気鋭のパーティだ。

 彼らの躍進の秘訣は、構成メンバー各個人がかなりの実力者であること。

 パーティリーダーであるバルトは結成当初から強い者、評判のある者、あるいはまだ頭角を現していなくとも何かしらの才能があると判断した者、ととにかく様々な冒険者を積極的に勧誘し、選りすぐりの冒険者を招き入れた。

 仲間に引き入れたものには破格の待遇でもって出迎る。

 一介の冒険者の給料をはるかに超える金銭を与え、怪我人の治療には惜しみなく金をかける。

 冒険者が冒険をしやすいように、この世界にしては福利厚生をしっかりと整備する。

 その結果、冒険者の街ディオンでも指折り優秀な戦士サンドラ、僧侶クレア、魔法使いヴィーネをメンバーに引き入れることに成功した。

 「雷霆の剣」が街で1、2を争うパーティにまで成長したのは、そんなバルトのたゆまぬ努力の成果であると言えるだろう。


 ……顔面偏差値が高く胸の大きい女ばかりをパーティに入れているのは、いささかふしだらだとも思えるが。



「……マジかぁ……」



 椅子の背もたれに寄りかかる。

 安っぽい酒場の安っぽい木製の椅子は、そこまで重くない俺の体重を受けて悲鳴を上げるように軋んだ。


 困る。

 ここでクビにされてしまうのは非常に困る。

 俺には二人の家族がいる。

 目に入れても痛くないかわいい弟と妹がいる。

 二人は今、王都にある学校に通っているのだが、未成年である彼らの学費を払っているのは兄であり保護者である俺なのだ。

 今までは「雷霆の剣」という超一流パーティに居座って甘い汁をすすり続けることで学費もなんとか工面できていたが、パーティを追放されてしまえば戦闘力の少ない俺1人では到底弟妹の学費を、しかも2人分を賄うことは難しくなる。

 まだ甘い汁をすすりたい、干からびるまですすりたい。

 弟妹に一流の教育を受けさせるためにも「雷霆の剣」の寄生虫であり続けたい……!


 我ながらかなり情けない、利己的な利己的な思考だと思う。

 だが俺の中で絶対的な優先順位としては「可愛い弟妹」≫「雷霆の剣」なので雷霆の剣の皆々様を踏み台にして弟妹に貢ぐのもやぶさかではなかった……

 だが「雷霆の剣」にとってはやぶさかありまくりだろう。

 剣も魔法も弓も何もかもが中途半端でまともな戦力に数えられないお荷物が、きっちり金だけ貰っていく状況というのは。

 むしろこれまで、俺が「雷霆の剣」に所属してから1年と少しという決して短くない期間、そんな状況で俺がパーティメンバーであり続けられたことは奇跡と言ってもいいのかもしれない。

 あるいはそれは、バルトの俺への温情あってのことなのかも……。


 何にせよ、ここまで確りと解雇の意を伝えられてしまったのだ。

 この場で俺がいくら我儘を言っても、駄々をこねこねしても、クビになるという事実は変わらないだろう。



「……分かった。バルト、結成からの1年間、お世話になりました。何かと足を引っ張ってしまいましたが……」

「「「まったくだ」」ですわ」

「そんなハモることある?」



 泣くぞ? 俺。

 成人男性が大泣きする姿、見たいか?



「……まあ何と言うか、あれだ。クレアもサンドラも、今までありがとう。これからも『雷霆の剣』を支えて頑張ってください」

「言われなくともそのつもりだ」

「お任せください……これからパーティを抜ける貴方に言うのもなんでしたね」



 サンドラは彼女らしくぶっきらぼうに、クレアは至極真面目に丁寧に、俺の激励に言葉を返した。



「お前の追放を決めた俺が言うセリフじゃないかもしれないが……パーティ抜けても冒険者続けるんだろ? 頑張れよ」



 見れば、バルトは酒の入ったジョッキをこちらに向けていた。

 確かにバルトの言うセリフじゃない。

 追放した側の人間が言うセリフじゃない。

 だが、バルトの顔はあくまで穏やかで、俺を恨んだりしているわけではないようだった。

 よくある追放物語では追放された側が追放した側に異常に憎まれていたりするが、バルともサンドラもクレアも、そしてこの場にはいないがヴィーネも、必要以上に俺を邪魔者扱いすることはなかった。

 無能扱いされて嘲笑われることもなかった。

 いや俺はしっかり無能だったわけだが、無能であるなりに頑張った書類仕事やら料理洗濯やらには相応の感謝と報酬を与えてくれた。

 戦力のある無しは一先ずとして、1人のパーティメンバーとして対等に扱ってくれていたのは紛れもない事実である。

 大親友、とまではいかないが、パーティメンバーの皆ともそれなりの信頼関係を築けていたはずだ。

 だから、俺を解雇したのは本当にただ俺に戦闘力がないからなのだろう。

 それ以上もそれ以下もなく。

 雇い続けるに値しないのだという合理的な判断だ。


 俺は自分のジョッキを手に持って、掲げられたバルトのジョッキと打ち合わせた。

 鈍い木の音が、酒場の喧騒に紛れて消える。

 なんとなく、学校の卒業式を思い出してしまった。

 気分はまさにそれだ。

 教育課程の修了と能力不足による解雇という違いはあれど___結構違うな___門出という意味では同じことだろう。



「ありがとう。バルトもがんばってください。草葉の陰から応援してます」

「それだと死んでるじゃねえか、お前」



 相変わらず口が減らないな、と、ここで初めてバルトが笑みをこぼした。

 悲劇的であるべき追放劇に全くそぐわない和やかな雰囲気の中、俺は追放された。

 追放と言えばもっとゴタゴタした事情とか熱烈な敵対感情とかがつきものだと思っていた。 

 だが現実は案外こんなものだ。











「……ところでここの会計って」

「今日ぐらいは俺が持ってやる」

「よっしゃ。すいませーん、メニューのこっからここまで全部一品ずつお願いします」

「は? アルマ、お前、ふざけんなよ」

「なんとでも言い給え。あ、あと『竜殺し』も1杯。ストレートで」


 いくら和やかとは言え、ムカつくことにはムカつくので思う存分飲み食いしてやった。

 久々に飲んだ「竜殺し」は、相変わらず度数が高かった。










■ ■ ■


・アルマ

現代日本から異世界に飛ばされた転生者。前世も今世も男だが、今世では見た目が幼く女だと思われがち。

しっかり成人済みなのに声変わりもまだだし、背が低い。低身長がコンプレックス。



・バルト

「雷霆の剣」のリーダー。

1年ほど前からここイアリスの街で活動を開始してあっという間にA級冒険者になった実力者。

この度アルマをクビにした。


■ ■ ■

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