⑧-3 すれ違う想い①

 翌朝、目を覚ましたレオポルトは、朝日に照らされ、赤く呼応するアルブレヒトを見ていた。またほとんどを徹夜した男は、深く息を吸い込むと、その髪と瞳を焦げ茶色に濁らせた。


「おはよう」


 気づけば、アルブレヒトはレオポルトを見つめ、朝の挨拶を交わしていた。大戦中、裏切ったのだと絶望し、一度とならぬ何度も剣を交えた男を、親友を切らずに済んだのは、何故だったのだろうか。


「おはよう。また寝れなかったのか」

「最近、どうもな」

「余計なことをいつまでも考えているからだ。お前は少し休んでいろ」


 レオポルトが起きだした頃、慌ただしい部屋へノックが響いた。アルブレヒトがドアを開けると、そこには髪を束ねていたマリアが立っていた。


「おはよう、起きてるわね」

「どうしたんだ、こんな早くに」

「新聞。たぶん、司教が入れてくれたんだわ。記事を見て」


 マリアはティトーを気にしたのか、扉を閉めるとテーブルに新聞の一面を広げた。そこには、セシュール国王、ラダ族族長のルクヴァの写真と、タウ族族長のセシリアの写真が添えてあるのだ。


「嘘だろ、おいおい。こんな写真、二人は許したのかよ。ラダ族とタウ族は仲の悪い狐狼ころうの仲じゃないのか」

「そうじゃなきゃおかしいわ。二人の写真がセットよ。それにこの見出し、どういう意味なの」

「…………アルブレヒト王子は存命。大国ルゼリアの一方的な発表を批難する、か」

「王子という記述が引っかかる、俺の国は現に滅びているだろう。ルゼリアはこれを許さない筈だ。アンセムの土地は、もうルゼリア領の筈だ」


 きな臭いなどというレベルではない。これでは挑発であり、戦争を呼び込む可能性だってあるのだ。


「それだけじゃないわ。親友レオポルト・ラダの庇護のもと、最優先で保護されているって、これ。今の現状とほとんど同じじゃない」

「おい、アルブレヒト。お前、ルクヴァに連絡したのか」

「何のことかな」

「お前な、わかっているのか! 俺がどれだけ苦労して、お前を牢から出したと」

「ルクヴァさんは俺を処刑する気なんてなかった筈だ」

「何?」


 アルブレヒトは記事ではなく、写真のルクヴァ王と見つめると、嬉しそうに笑みを浮かべた。写真を指で跳ねらせると、タウ族族長のセシリアの写真と見比べた。二人の男は、神妙な面持ちで取材の応えているかのようだ。


「俺は別に延命のために、レオについてきたわけじゃないだろ」

「それは……」

「戦争の真実を探るって、こと?」


 マリアの問いに、アルブレヒトが強く頷いたところで、レオポルトも続いて頷いた。


「マリア嬢を前に、こんなことを言うのはあれだが」

「何?」

「マルティーニ家の支援があっただろう、アンセム国へ」

「ああ。は私とは関係ないわよ。彼らマルティーニ家は、物が売れるならなんでもいいのよ。だから、重火器を売ろうとしていたの。でもアンセム国はそれを購入しなかった。ただ、火薬や剣、鎧は購入していたの。他に支援する国もなかったからだと思う。正直、食糧だけを売って欲しかったわね」


 レオポルトはその言葉に頷くと、ティトーが眠っているのかを慎重に確かめた。マリアが静かに頷く。ティトーの部屋は静かであり、物音もしない。


「アンセム王ベルンハルト様に、侵略する気がなかったからだ。アンセム国は、クレバスの一件以前は、防戦一方だった。領地を拡大しようなど、考えてはいなかった」

「そうよね。を取り戻すのは、凄く速かったわ」


 マリアはアルブレヒトを見つめながら言い放ったが、その進軍をしていたのは、紛れもなくアルブレヒトである。ルゼリア国騎士団長のコルネリア将軍の軍を粉砕していたのは、他ならぬアルブレヒト自身だ。


「俺がエーディエグレスを迂回して、フェルド平原へ侵攻したのが、戦争を大きくした原因だった。俺は責任を取るべきだ」

「……お前の軍、クレバスの一件以降、ほぼ独断だっただろ」


 レオポルトの言葉に、アルブレヒトではなくマリアが頷きを返した。

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