1章 34話「殺意」
授業が終わり、二人は教室に戻ろうと階段を降りていった。
ここ最近は調べるものが多く、文字ばかりを追っていたせいで目が少し疲れているように感じる。ノアールは軽く目を擦りながら、ゆっくりと進んでいった。
「ノア、今日はどうするんだ?」
「んー、ちょっと眠くなってきたから今日はまっすぐ帰ろうかな」
「そうか。歩きながら寝るなよ」
「うーん」
欠伸をしながら踊り場を曲がり、また階段を降りようとしたノアールの後ろから、誰かがポンと肩を叩いた。
なに、と言おうと振り返った瞬間、目の前で強い光が放たれた。
「きゃあああああ!」
真後ろから聞こえてきた叫び声にグリーゼオは振り返り、一瞬思考が止まった。自分の真横を通り過ぎ、階段を転がり落ちるノアールと、驚いた顔をしている男子生徒が二人。自分が見ていないほんの数秒で、何が起きたというのか。
グリーゼオは考えるよりも先にノアールを追いかけ、目を抑える彼女を抱き寄せた。
「ノア、ノアール!?」
「い、っうう! め、い、いた、い……ぜ、お……ぜお、ぜお……」
自分の後ろで何かが光ったのは見えた。その光のせいでノアールは驚いて階段から落ちてしまったのだろう。
つまり、階段の上で立ち竦んでいる二人が犯人であるとグリーゼオは判断し、彼らに向かって手を翳した。その瞬間、男子たちは水の塊で包まれ、体が拘束された。顔だけ出ている状態で、水から出ようともがいても上手く手足を動かすことが出来ない。
完全に無意識だが、グリーゼオの怒りによって彼らを逃がさないという意思が働き、水の粘度が高くなっているせいだ。
「ノアに何をした」
思わず体がビクッと震えるほど酷く冷たい声に男子たちは息を飲む。
階段の下で痛みに苦しむノアールを抱きしめながら、光のない目でグリーゼオが彼らを見ている。
「な、なにって……そいつ、呪われてるんだろ……だ、だから……」
「だから、なんだよ。呪われてるって、証拠は」
「だ、だってみんな言ってるじゃないか! その髪の色が呪われた証だって!」
「だとして、ノアールにこんなことしていい理由になるのか。なんでこんな真似をした」
「べ、別に階段から落とそうなんてしてない! ちょっと驚かそうと思って光魔法を使ったら、思った以上に強い光が出て……それで、そいつが勝手に落ちただけだし!」
「それに呪われてるから光に弱いんだろ! 俺らは別に悪くない!」
「ふざけんなよ」
その声は大きな声で叫んでいる訳でもないのに、耳の奥にずんと響いてきた。
周囲にいた生徒たちも、グリーゼオの気迫に圧されて止めに入ることも出来ないでいる。
「何も知らないくせに勝手な正義感を振りかざすなよ。ノアがお前らに何かしたか。誰かノアのせいで傷付いたやつでもいるのか。なぁ、言ってみろよ。何か一つでも問題が起きたか。なぁ、言えよ。何が光に弱いだ。お前らにも同じようにしてやろうか。呪われていないお前らなら目の前で強い光を見ても平気なんだよな。何ともないんだよな、そうだろう? なぁ」
「い、いや、それは……」
「なんだよ、それ……大して事情も知らないくせに噂を鵜呑みして、馬鹿みたいな正義感働かせて、ノアを傷つけたのか。そんなの、ただの暴力だろ。いまこの場で怪我してるのはノア一人だぞ。なぁ、見てみろよ。お前らのせいでノアは苦しんでいるんだぞ、何も思わないのかよ。それとも悪を倒した気でいるのか、何も思わないのか!?」
「……っ」
目を抑え、グリーゼオの腕の中で彼にしがみついて泣いているノアールに、男子たちは目を逸らす。
その態度が、グリーゼオの逆鱗に触れた。自分たちがやったことなのに、なぜ目を逸らすのか。正義を語るのであれば、勝ち誇ればいいのに。それすら出来ず、自分たちで何の責任も負えないくせに、ただ困惑するだけ。
「どいつもこいつも、ノアが何したって言うんだよ。ノアは人を守ったんだぞ。魔物から俺らを守ってくれただけなのに、なんで悪者にされてるんだよ。何一つ悪くもない奴を傷つけるお前らはどうなんだよ。おれから見れば、お前らの方がよっぽど悪だ。極悪人だ。お前らが自分らを正義だって主張するなら、おれだっておれの正義を貫く」
彼らを囲む水が動きだし、顔まで包み込んだ。
呼吸が出来なくなり、必死に手足を動かして抜け出そうとするが前にも後ろにも体は進まない。
「……ノアを傷つけるやつなんか、死ねばいい」
段々と体の中の酸素が抜けていく。
もがく力も弱くなって動かなくなっていく彼らを、グリーゼオはじっと見つめていた。
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