1章 32話「親心」




――――

――



「はぁ……」


 子供たちが寝静まった頃、ルーフスは寝室で深いため息をついていた。

 ここ数ヶ月で色んなことがありすぎた。娘、ノアールが前世の記憶を思い出し、魔力を覚醒させてから、落ち着ける時間が無くなった。

 もちろんノアールは悪くない。むしろ一番ツライのはノアールだ。

 本人も分からない黒い炎。そのせいで魔法を使うことが怖くなってしまうほど、思い詰めてしまった。

 母親、ヴィオラと同じ髪色を気に入っていたのに、今ではその面影を感じさせない漆黒に染まってしまった。


「あなた、そんなに悩まないで」

「ヴィオラ……しかし……」


 ベッドに腰を下ろして頭を抱えるルーフスに、ヴィオラは隣に座って背中にそっと触れた。


「しかし、ヴィオラ……気付いたらノアールはどんどんグリーゼオ君と親しくなっていくじゃないか!」

「……お友達なんだから当然でしょう?」


 まだそのことで悩んでいたのか、とヴィオラは心の中で思いつつ、冷静に言葉を返した。

 色々と問題は山積みであるが、男親としての悩みが浮上してしまった。

 グリーゼオにノアールのことを頼んでいるのだから、親しくなることはむしろ喜ばしいことだ。だが、父親として仲良くなりすぎても複雑な心が芽生えてしまう。


「普通、男の子を家に、しかも泊まりに誘うものか? あまり堅苦しく型にはめて育てるようなことはしなかったが、貴族の娘だぞ? いいのか?」

「うーん、その辺りをしっかり教育してこなかったところはあるかもしれないけど……あの子は単純に友達として仲良くしているだけなのよ?」

「分かってはいるが……いや、そういう男女の仲というものは、今のうちにちゃんと教えるべきじゃないか?」

「うーん……私はグリーゼオ君、良い子だと思うわよ?」


 ルーフスはまた深く溜息をついた。

 そんなことは分かっている。良い子だからこそ、困っているのだ。

 このままだと二人とも、お互いに依存してしまうのではないか。可愛い娘を持つ男親としての心配もあるが、大人として二人の将来が心配にもなっている。


「なぁ、ヴィオラ……グリーゼオ君はどうしてあんなにもノアールのために動いてくれるんだろうな」

「……それは、私も考えてました。多分ですけど、グリーゼオ君は責任感が強すぎるのではないかと……」

「責任感?」

「はい。一度こうと決めたことをやり通すというか、私たちがあの子のことを任せたからなのか、それをやり通そうと固執しているのかなって……」

「なるほどな……そうなると少し距離を取らせた方がいいのかもしれないが……そうするとノアールの精神状態が心配だし……」


 ルーフスは、自分が言った言葉に酷く嫌悪した。

 これでは娘のためにグリーゼオを犠牲にしているようだ。

 当然そんなつもりは毛頭ない。グリーゼオが嫌がるようなことをする気はない。

 だが、ノアールのことを思うと、彼なしでの生活は難しいだろう。ノアールもグリーゼオに無理をさせたいとは思わない。だが今確実にノアールの心を支えているのは家族ではなくグリーゼオだ。ここで彼がいなくなったら、心が死んでしまうかもしれない。

 黒い炎の発動条件が感情に左右される可能性がある以上、二人を引き離すことはできない。


「心苦しいな。子供に負担をかけることしか出来ないなんて……」

「そうね。早く解決策を見つけて、二人が安心して学園生活を送れるようにしてあげなくちゃね」

「そうだな。ああ、ヴィオラの親戚に魔法学を研究している人がいたな?」

「ええ、レヴィエラ叔父様ね。明日の朝、連絡をしてみるわ」

「頼む。俺たちは俺たちに出来ることをしよう。無茶をするのは大人の役目だ」

「そうね。でも、ノアールが悲しむことはしないで」

「わかってるよ」


 二人は互いに顔を見合せ、ニコッと微笑んだ。

 何よりも大事なのは、子供の笑顔だ。そのために無茶をして悲しませては意味がない。

 だけど、無茶をしなければならないときもある。ルーフスはヴィオラの肩を抱きしめ、頑張ろうと小さな声で囁いた。



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