追憶のリコリス
のがみさんちのはろさん
序章 1話「夢」
冷たい鉄の感触が、私の胸を貫いた。
何が起きたのか理解できなかった。
貫いたのは泣きながらゴメンと言い続けているお父様。
どうして。明日は私のお誕生日のパーティを行うはずだったのに。
「ごめんよ……これは、お前のためなんだ」
分からない。
つらい。
苦しい。
痛い。
悲しい。
どうして、こんなことになってしまったの。
何も悪いことなんかしていないのに。
「た、すけ、て……」
私の体はそのまま宙を舞い、どこかに落ちていった。
もう目も見えない。私はどこに落とされたの。嫌だよ、こんなところに一人ぼっちだなんて。
どうか。わたしを、ここから救い出して。
わたしを、みつけて。
わたしは、わたしは、まだ————
————
——
「…………っ」
呼吸が止まっていたのだろうか。幼き少女は起きた瞬間に思い切り息を吸い込んだ。
心臓が痛いくらい脈を打ってる。ゆっくりと体を起こし、涙で潤んだ瞳を何度も瞬かせながら深呼吸を繰り返した。
まるで映画のワンシーンのような夢。だが不思議とあれが本当に起きた出来事であるという確信が少女の中にあった。
何となくだけど分かる。あれは自分だと。
「……の、ノア、ノアール、い、生きて、る?」
昨日6歳になったばかりの少女、名をノアール・ディセンヴィオ。
幼き少女にはショッキングな夢の内容。ノアールは胸に手を当てて自分の心音を確認した。
痛みが体にあるわけではないのに、背中に強い衝撃を受けたような気がしている。たった今、夢で見た事が自分自身に起きたことのようだった。
そう。あれは、前世の自分。
自分が産まれる前の、もうひとつの人生。魂が輪廻を繰り返すことをノアールは母に読んでもらった物語の中で知っていた。
「……ノアール……もうひとりのノアールが、どこかで待ってる?」
ノアールは夢で見たことを思い出しながら、パジャマの裾で瞳に溜めた涙を拭った。
夢では大きな大人たちに囲まれていたせいで周囲の様子は分からなかった。最後はどこかに落とされていたようだが、それだけでは情報が少ない。
でも見つけたい。
ノアールは何故か強くそう思った。あの夢で見た出来事がいつ起きたのか、一体何年、何十年、何百年前の出来事なのか全く分からない。それでも、前世を思い出したことにきっと理由がある。
もし自分だったら、あのまま放置され続けたら悲しい。
何で実の親に殺されたのかも分からず、一人ぼっちで寂しい思いをしているんだと想像しただけで、大きな瞳からポロポロと涙が零れてくる。
自分の半分がどこかに取り残されてしまったような、そんな感覚。
どうして急に前世のことを思い出したのかは分からない。だけど今、自分の心のピースが欠けてしまっていることに気付いてしまった。
今の自分にわかることは、かつての自分がどこかで待っているということ。寂しい、悲しいと嘆いているということ。
ノアールはいても立ってもいられず、ベッドから飛び降りて両親の待つ食堂へと向かおうとした。
「――……っ!?」
ベッドから降りて、カーペットの上に足が着いた瞬間。チリっと頭の奥が熱くなり、全身が燃え盛るように真っ赤な炎みたいなのものが溢れ出した。
何が起きたのか理解出来ず、ノアールはその場に座り込んだ。
両腕で体を抱きしめても抑えられない。本物の炎のように熱くはないが、どうすればいいか分からず身動きが取れない。
「おはようございます、お嬢様……っ!?」
コンコンとドアがノックされ、ノアールの専属メイドであるミリエリが入ってきた。
ノアールの様子に驚き、手に持っていた花瓶を落としてしまった。
「み、みり、ぃ……たすけ、っ!」
「ど、どうしよう……お、お嬢様……お嬢様!」
「大変だ……誰か旦那様を……!」
ミリエリの叫ぶ声と陶器の割れる派手な音に気付いた他の執事も異変に気付き、慌てて主人であるノアールの父を呼びに行こうとした。
「ノアール!」
「お、おとうさま……」
「旦那様!」
「……ま、まさか儀式も無しに魔力が目覚めたのか!?」
こちらから呼びに行く必要もなく、膨大な魔力反応を感じ取った父、ルーフスがすぐに駆け付けてくれた。
ノアールの全身から溢れる赤いオーラ、魔力に驚きながらも冷静に娘の体をそっと抱きしめて落ち着かせるように背中をトントンと優しく叩いた。
「お、おとうさま……どう、どう、したら……」
「落ち着け、ノアール。まずはゆっくり呼吸をするんだ」
「う、うん……」
言われた通り、深呼吸をする。
ゆっくり。ゆっくり、吸って吐いてを繰り返す。
「よし、いいぞ。胸の奥に魔力の核がある。それを意識するんだ。そこに丸く収めるようなイメージで、流れ出した魔力を抑えろ」
「っ……ま、まるく……」
魔力の核。心臓の近くにある魔力を生成する器官だ。この世界に住む人間全てが生まれ持って備わっているが、本来は覚醒の儀式を行うことで魔力を目覚めさせるもの。
前世の記憶を思い出した影響なのか、ノアールはその儀式をせずに魔力が目覚めてしまっているようだ。
だがノアール自身はそんな原因など知る由もなく、今はこの溢れる魔力をどうにかしたいという気持ちだけ。
ノアールは父に言われた通り、胸の辺りに意識を集中させた。
魔力はまず自覚することから始まる。そして自分の魔力を認識することで制御が出来るようになる。
溢れる魔力を丸く、丸く、お団子を作るようなイメージで抑えていく。
「大丈夫、大丈夫だ。うまく出来ている……」
「……ふぅ、ふぅ……」
どうにか魔力を抑えることが出来たのか、全身から噴き出していた赤いオーラは消えた。
ドッと疲労感が襲い、体から力が抜ける。本来は魔法学校に入学してから儀式を行い、魔力の制御方法を学んでいくはずだった。幼い体で制御するには相当な体力を消耗しただろう。
それも、かなりの魔力が溢れ出していた。
基本は全身に薄い膜ができる程度の魔力量が一般的だ。幼いうちからあんな強大な魔力を目覚めさせてしまい、大切な娘の体に、命に何か影響があったらとルーフスは心配した。
「ノアール、大丈夫か?」
「な、なんとか……ちょっと、つかれた……」
「そうか。今日は部屋でゆっくり休むといい。あとで一応医者にも診てもらおう」
「……ん」
ルーフスはノアールをベッドに寝かせ、ミリエリに朝食を部屋に運んでくるように指示した。
今起きたばかりではあるが、大量の魔力を消費したせいでもう一歩も歩ける気がしない。
「どうやらお前の魔法は炎らしいな」
「ほのお……それで、あんな真っ赤……だったんだ……」
「……ああ。それにしても当然魔力が目覚めるなんて聞いたことがないが……ノアール、何かあったのか?」
父の問いに、ノアールは小さく首を傾げた。
何かした覚えは無い。夢で前世を思い出しただけで、ノアール自身が何かしたわけではないのだから。
そんなことより、ノアールは父に言いたいことがあった。
幼心ながら芽生えた感情。
ついさっき出来た、やるべきこと。
「お父様」
「ん? どうした、ノアール?」
「ノアール、旅にでます!!」
「駄目です!!」
少女の一世一代の目標は即却下された。
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