第18話 フィー。
それからヒューは何度も私の手を取り、魔力をみて整えてくれた。
数日後、ここを離れたらもう味わえないかもしれない感触だと思うと、何回でもやって貰いたい、そんな気持ちにもなった。
暫くするとメイドの女性が来てくれて、着替えを幾つか用意してくれた。
最初は丁重にお断りしたものの、昨日海でずぶ濡れになった服を洗濯して貰い、倒れている間も寝間着を借りていたので、もう今更かな……と思い一番シンプルなものをお借りした。
着替えの時以外、ヒューはずっとこの部屋にいた。
今までヒューといるときは一緒に居られる時間も短く、説明を要するものが多かったのでよく話していたけれど。こうやって特に何もすることもなくぼんやりしていると、ヒューはとても口数が少なかった。
でも不思議と同じ空間に居ても気まずさは無くて。
ヒューは私のベッドから少し離れたところにある椅子に腰かけて、サイドテーブルにある本を読みながら何かをずっと書き込んでいた。
時折、北部の水の魔法の訓練の質問が私にきて答えることもあった。
ふんわりと自然に同じ空間に居られた。
なので私もベッドに中で、仕事の資料を確認したりうとうとしたりしながらゆっくり過ごした。お互いがそれぞれ自分のことをしているのに、同じところに居ても苦にならないのが心地よかった。
「そうだ。ニナの宿泊先のホテルに荷物を取りに行こうと思うんだけど、俺が行っても大丈夫? こういうのって女性が行った方が安心な感じ?」
「あ……、可能なら女性にお願いしたいです、下着とかもあるので……」
正直、これも遠慮してこのままホテルに戻りたい気持ちもあったけれど。この身体の重たい感じが、いつ解消されるか想像がつかなかったのと。
今ホテルの部屋に置いてある仕事の書類が早く見たくて、それだけ取りに行って貰うなら同じかなと思ってお願いすることにした。
それに出張の時は、下着を手洗いをして室内に干している。
知り合いに見られるより、淡々と作業として詰めてくれるメイドにお願いしたかった。
「では私が行って参りますね」
着替えを持ってきてくれた女性がそう言ってくれたので、余裕があれば南部特有のお菓子も買ってきてほしいとお金を多目に手渡した。
暫くすると別のメイドが来て、フィーが挨拶をしたいのでこの部屋に来ることを望んでいると伝えられた。私は髪だけ手伝って貰って整えた後に、「いつでもどうぞ」と伝言を託した。
程なくして部屋に来たフィーは、松葉杖をついていた。そうだ、ねん挫をしたってヒューから聞いたっけ。
ヒューが慌てて入り口まで迎えに行き、フィーの歩行を手伝った。
「ごめんなさい……! 私がフィーさんのお部屋に行くべきでした」
「いえ、ニナさんは身体がツラいですよね、私もこの屋敷の中に居たので大丈夫です」
ヒューの手を借りて、フィーは私の向かいに腰掛けた。テーブルにはメイドによってお茶とお菓子が手際よく並べられた。
フィーがサっと手を上げると、メイドたちは一礼をして静かに部屋から出ていった。
「ヒュー、厨房にチャイを淹れるようお願いしてきてくれる?」
「え! 嫌だよ、あれ時間かかるじゃん。今お茶あるし」
「ニナさんに、南部のお茶を飲んでほしいのよ、お願い」
「……わかった」
ヒューは私とフィーを交互にチラっと見たあと、渋々という足取りで部屋から出た。
扉が閉まる音を聞いて、フィーと私はお茶を一口飲んだ後、お互い何か言葉を探しているような少しの沈黙の中で息をのんだ。
「あの、お身体の調子は大丈夫ですか……?」
おずおずと私が切り出すと、フィーは長い指で綺麗に持ったカップを静かに置いて、頭を下げた。
「ニナさん、昨日は助けて戴き、本当にありがとうございました。ねん挫と打ち身以外は本当に大丈夫です。それと……、あの、昨日は盗み聞きをするような真似をしてしまい大変申し訳ございませんでした」
「顔を上げてください。え? 盗み聞きですか……?」
「あ、はい……。ヒューが心配で、昨日お二人の後をつけてしまったんです」
「え……! そうだったんですか?!」
それで後ろ側の木陰にいたんだ……と納得しつつ、あまりにバツの悪そうな顔をして横を向くフィーを可愛いなと思ってしまっているのを必死で隠した。
「ヒューは、人の感情を敏感に感じ取ってしまうところがあって……。九年前もそれで泣いて泣いて大変だったので、家族で相談を重ねて記憶を封じ込めることにしたんです」
「え……?!」
記憶が無いのは事故のせいではなく、故意に封じ込めたものだったの……? 意外なフィーの言葉に驚きが隠せずにいると、フィーはテーブル越しに少し前屈みになって私の方へ顔を寄せ、抑えた声で言った。
「九年前、何があったかヒューからは聞いているのですが、ニナさんからも聞いていいですか……?」
私は頷くしかなかった。近づいてきた美人の迫力、すごい。……それだけではなく、この人がどれだけ必死にヒューを守ろうとしているのかが解ったような気がして、自分に出来る手助けはしたいと心から思った。
「わかりました」
私がそう言うとフィーは扉の外にいるメイドを呼び小声で何かを言付けて、一回座り直し、お茶を一口飲んだ。
「九年前のあの日、私は前の北のご当主と次期ご当主がいらっしゃるから同席するよう言われて、この屋敷に父と来たんです」
「あぁ、アークさんのお兄さんがうちの父と兄たちを招待したという時ですね」
「はい。ヒューは普段から長男なのに魔力なしで……とか、私と逆だったら良かったのにね……という周囲の評価に悲しんでました。泣く時は必ずどこかに隠れて泣くんです。だから探すのが大変で。あの日も私だけが呼ばれたことに悲しんでいなくなってしまったんです」
「そうだったんですね……」
「だからヒューを探すのは母に任せて、私は父とこの屋敷へ来ました。きっとその時、ニナさんはあの海でヒューと会ったんですよね……?」
「たぶんそうです。私は当時、父と兄が招待を受けていたことを知らなかったのですが、あの時私だけ護衛とメイドとあの海へ行ったんです。一人で長く泳いでいたところ、あの岩のところで泣いているヒューと会ったんです」
「昨日のあの岩のところですね。あの場所まで泳げる子が当時ほとんどいなかったので、ヒューのお気に入りの場所だったみたいです」
「……ヒューも私もここまで泳げる子供に会ったことに驚いて話したんです。私が泣いている理由を尋ねたら、大切な家族と喧嘩してしまったことと、みんなに魔力がない魔力がないと言われることが悔しくて、毎日ちょととずつ寝ている時にお姉さんの魔力を盗んでいるんだと話してくれました」
「そうなんです、当時は気付いていなかったのですが昔から【吸収】の能力があったのか……、少しずつ私の魔力を溜め込んでいたみたいなんです」
「それがあの時、爆発しちゃったんですね」
「……やっぱりヒューは爆発したんですね?」
「はい。急に空を見上げて無言になったと思ったら、なんで! と叫んだ後、大きな炎が立ち上がりました。なので私は慌てて水で包んで消火したんです」
「……当時のあなたが水で?」
「あ、えっと、ここだけの話にしてほしいのですが、私は子供の頃から兄さんの魔力をのせて貰っていたので、当時から多少は水の魔法が使えたんです」
「あぁ、そうだったんですね。……ということは、あの宰相さんが【吸収】?」
「恐らくそうかと」
「なるほど。……たぶん、あの日のこの屋敷での北との会合で、私が北の次期ご当主様、あ、今のご当主様を格好いい素敵素敵ってベタ褒めしていたら、アークに嫉妬されてしまって。会合が終わってから裏庭でキスされたちゃったんです。初めてのキスでした。たぶんそれがヒューに伝わっちゃて、爆発したのかなって思っています……。それから二日間ほどヒューが何も食べないし話もしないし、もうどうしようかと思って……」
「……は?」
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