第16話 海。
あの時のことは、鮮明に覚えてる。
目の前で話していた子が急に何かに気付いたように空を見て「なんで!」と叫んで下を向いた途端、その子の身体全体から炎が上がって。
海の中で辺りは全部水なのに、すごく熱かったのと、その子がすごく苦しそうで怖かった。
「私はあの時も兄さんの魔力をのせて貰っていたから、慌てて水で包んで火を消して……」
「俺、ニナに助けて貰ったんだね?」
「あ、助けたってほどのことじゃないけど……」
その後のことは、無我夢中だったことしか覚えていない。
そういえば誰が私たちを砂浜まで運んでくれたんだろう……?
記憶を手繰って少し無言になった私の手を、ヒューはギュっとしてくれて
「ニナ、」
その時、風が更に強く吹いて。
紡がれるはずだった呼ばれた名前の後の言葉を聞こうと顔を上げるとすぐに、後ろの方から「きゃっ!」と小さな悲鳴が上がった。
慌てて振り向くと。
日傘を風に煽られたフィーが、前に大きく倒れるところが見えた。
「フィー?!」
ヒューの慌てた声が聞こてすぐ、バランスを崩したフィーがぬかるみに足を取られ、木の柵を越えて海の方へ倒れ込むのが見えた。
「…………っ!!」
フィーの日傘が、バサ!っと大きな音を立てて空を舞った。
海の音と風の音が吹きすさび、まるで耳を覆うかのように聴覚を奪われた。
慌てて駆け寄り崖の下方を見ると、フィーの身体は崖の途中の窪みで止まり横たわっていた。
血の気が引いた。でもそのすぐ横はもう海で。
少しでも動いたら、すぐに海に落ちてしまいそうな脆い場所に横たわるフィーに身体の中で悲鳴が響き渡った。波の音がただただ響き渡っていた。
「フィーーーーーーー!!」
ヒューは泣き叫ぶように呼んで崖のへ降りていこうとするのを、腰を全力で両腕で掴んで止めて。ヒューは「なんで!」と言わんばかりの顔で私を見たけど。
今フィーが横たわる場所へ降りても、二人でここへ上がっては来られない。
でもその下は深い海で。
崖はただ険しくて。
だから。
「私が行く」
「……ニナ?!」
「私ならできるし、私にしかできないでしょ?」
「ニナ!!!」
取り乱すように名前を呼んでくれるヒューの腰をもう一度力強く掴んだ。
赤い瞳を下から強く見つめたまま、私は大きな声で言った。
「ねぇ、思い出してよ!!!!!」
ヒューの赤い瞳が大きく開かれた。
ヒューの足が止まったのを見て。
私はヒューから手を離し、砂浜の方に左の手のひらを向けてまずこの崖の高さぐらいのシールドを張って。右手で自分の下で大きく波を揺らす海に向かって、兄さんの魔力を中心に流し込む。
この辺りの豊かな濃い緑と、たくましい木々たち、力強い土壌と、そして大きな海に。
全て溶け込むように魔力を馴染ませながら詠唱を続けていく。自然が好きな兄さんの魔力は、きっとこの南の海でも応えてくれるはず。
それからすぐ、空気の中の水の粒と海が私に呼応してくれるような感覚に包まれたから。
いける……!
そのまま木の柵を越えた。
「ニナ……!!!!」
ヒューの悲鳴のような声を後ろに、しっかり崖の淵を蹴って海へ飛び込むと。
私の身体が海面に着く前に、波が大きくうねりながら跳ねて、私を迎えにきてくれた。
そしてその波に空中で包まれるように受け止められる。
うん。水の中はどちらかというと得意な方。まずは海と受け止めてくれた波にありがとうと告げて、意識を溶け込ませるように水を掻いた。
海の水の中はとても久しぶりな感じがした。
塩味を感じながら、いつもの水の中とは少し違う浮遊感を計算し、身体の位置を整える。
その波にもう一回自分の身体と魔力を馴染ませてから、フィーの位置を確認して。
波の中全体に、フィーのところまで行ってくれるよう祈りを響かせた。
跳ねる波も海も兄さんの魔力を覚えていてくれたみたいに、やさしく呼応するように私の手をフィーのところまで届かせてくれた。うん、大丈夫。できる。
そう信じて私は水を掻いて手を伸ばし、倒れているフィーを抱きとめた。
ありがとう、本当にありがとう。海と大気全体に伝わるようにお礼を言ってから、ゆっくりとフィーと私を崖の窪みから海の中へ戻して貰い、高鳴る波を落ち着かせるよう更に魔力を海へ馴染ませた。
お願い、届いて。
もう大丈夫、さぁ、戻るよ。
私の全身を覆う水の感触と、腕の中のフィーの感触、水面を統べる光る自然のあれもこれもと。
じっくりと溶け込んでいくように馴染ませて。
今度は元に戻るよう祈っていく。
跳ねた波も海もゆっくりと元に戻ってきたのを確認してから、ありがとうと心からお礼を言って。
砂浜の方に張ったシールドを解除した。あとは陸へ戻るだけ。
もう一度フィーをしっかりと抱え込んで、海にもう一度お願いをする。
私たちが砂浜へ行くまで見守ってくれる?
お願い、届いて。
それだけを願って、腕の中のフィーを起こさないように砂浜へ泳ぐ。
砂浜が見えてきて、足が下につきそうになる直前に、あの崖の上から砂浜まで全力疾走をしたような汗だくのヒューが見えた。
ちょっとホっとして、私は身体から力が抜けそうになるのを必死で堪えた。
ざぶざぶと服のまま海に入ってきたヒューに「お願い」とフィーの身体を預けると、涙が溢れてきた。
「ニナ!ニナ!!」
フィーを両腕に抱えたまま私の名を呼ぶヒューに、フィーを医者へ見せるようにお願いして。
私は海水浴で砂浜に居たであろう知らない人の手を借りて海から出て、海水を吸い込んだ服を重たいなと思った瞬間、全てが暗転した。
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