第2話 兄のこと。

 後から管理長によくよく話を聞いてみると、ヒューと手を繋いでいた妖艶美女は、フィー・ボーグ。

なんとヒューの双子の姉だそう。ヒューが黒髪に赤い瞳、姉のフィーが赤髪の黒い瞳。言われてみれば雰囲気が似ている。


 二人は南部本家からの分家の長男長女で、本家3番目の管理長さんとは幼馴染らしかった。

二人は小さな頃からずっと手を繋いで歩き、夜も一緒に寝ているのだとか。


 周りの人は、あまりにも「いつものこと」過ぎてもう何も気にならなくなっていたと管理長は笑っていた。



 それだけでなく。

ヒューは9年前のあの事故から、事故とそれ以前の記憶をなくしているとのことだった。


 ……どうりで、あのヒューが何より大切そうな姉のフィーは私に怒り、かつ「あの時は助けてくれてありがとう」とヒューから私を探して会いにきてくれる的なドラマチック展開にはならないわけだ。


あの日のことは、私の中にだけあるということ。



 助けたから感謝してほしいとか、何かをしてほしいとかではなくて。

ただあの事故の前に二人で過ごした時間が、少しだけ私にとって特別な思い出だったから。本当にほんの少しなんだけど。

彼もそうであれば嬉しいなと思っていただけのこと。


 そうか。

そうと知れば、出張期間は一週間の予定。余計なことに心乱されることなく仕事だけしてさっさと帰ろう…と温かな南風に大きな葉を揺らす緑濃いヤシのような木々を見ながら、そう誓ったのは言うまでもない。



 *



 私には兄と姉が2人ずついる。

上の兄二人は双子で、間の三歳ずつ違う姉二人はもうお嫁にいって家にはいない。


 私の兄たちはとても綺麗で。

 当主で長男の兄はラディ・メルニック。艶のある黒髪に、氷の結晶を一粒だけ落としたようなセレストブルーの瞳。

穏やかで誰にでも優しいのに当主らしい威厳と落ち着きがあり、誰にもなびかない。そう、もう1人の兄以外には。


 二番目の兄は宰相でジェス・メルニック。月光のような銀髪に、ラディ兄さんと同じ色の瞳。常に無表情で、冷製沈着。

必要なこと以外はほとんど話さないので、私もあまり話したことがない。


 お互いを唯一無二みたいに慈しみ合う兄たちがとてつもなく綺麗で、私は二人からいつも目が離せなかった。



 両親が早くに引退して田舎に引っ込んでしまったので、歳の離れた兄たちは親代わりのようでもあった。


 会議が終わり会議室から人が出ていった時や、食事が終わって皆がそれぞれ席をたち部屋に兄さんたちと私だけになると。

必ずジェス兄さんは、座るラディ兄さんの右側の後ろに立って。

まるで慣れた内緒話をするように、少し前屈みになって耳の近くに唇を寄せて言葉をかけて。


ラディ兄さんは後ろを向かずとも、ジェス兄さんの全てを受け入れる。

それはそれはホっとしたような優しい瞳で。


そのままジェス兄さんの長い指が、座ったままのラディ兄さんの首筋に伸びる。

少し長い黒髪をその指でかきわけて、白い頬に辿り着くのが妖艶でいつも見惚れていた。


私だけが身内として見ることを許されているようだったから。

何よりも大切な光景で、大切な時間だった。



指が首筋に触れるのをゆっくり堪能したラディ兄さんは、指が右頬へ辿り着くと。

ふわりと目を閉じて、瞬時に少し頭を指の方に傾けてそれに応える。

その安心しきった表情は、目が離せなくなるほど綺麗さを増していって。


その表情のまま、ラディ兄さんは右腕を上げて少し前屈みになったジェス兄さんの頭を抱え込む。それはまるで触れてくる指のお礼みたいに。

そしてジェス兄さんもゆっくり目を閉じる。普段、無表情なことが多いジェス兄さんのこんな顔はここでしか見られない。


最後に、ラディ兄さんの右耳の横にジェス兄さんは鼻筋で二回とんとんっとする。


それが何の合図なのかはわからなかったけど。そして二人で緩く目を閉じたまま、微笑むからきっと特別なことなんだろうなぁといつも思っていた。

それはまるで警戒心の強い兎が寄り添える伴侶にだけ見せる姿のようにも見えた。



 その余韻を胸に秘めたように分け合って、二人は互いを一瞬だけ離すと、立ち上がって次の仕事への準備へ向かう。

それがいつもだった。



 私の兄たちはとても綺麗で、私はそれを小さな頃からずっと見ていて。

その様子と、恋愛の好きとか愛とかの違いは見付けられないまま憧れてしまったからか。


私は人を好きになるという感覚がわからない。




 そして、朝のヒューとフィーが手を繋いで歩く様子を思い出すと自然と口元が緩んだ。

兄さんたちのような体温を分け合うようにする双子をやっと見つけた、そのことが嬉しくてたまらなかった。



 *


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