ファミリー異世界マート
ハシバミの花
ファミリー異世界マート
ぼくらのホニャララマート下北沢店
ホニャララマート下北沢店。
ぼくらのはたらく気さくなお店。
全国展開のコンビニエンスストアのフランチャイズチェーン。
井之頭線の最寄駅から徒歩9分、店舗面積20.4坪、賃料249000円(管理費込)、オーナー店長はメタボオタ中年、フリーランスでリモートワークしている奥さんが社員登録されていて、雇用のパート・アルバイトは12名。
USENからクリス"Hi!"ペプラーの渋声ラジオが店内に流れてる、そこらの道ばたとかに落ちてるようなコンビニ店舗。
「
フライヤー商品を確認しながら
「あー。うん。今夜あたり来そうな気配あるね」
「やっぱすか」
そろそろ日付が変わろうという時間帯。
タクシーがガラスのむこうをよっぱらい乗せてドンブラ流れてゆく。
通りのむこうの居酒屋の電飾が、いつもよりすすけて見える。
見なれた街路が黒くもやけてゆくさまに、ピリピリ警戒心がおこる。
異世界転移がはじまる前兆の不吉雲。
命名俺。
「え今日イベあるん? ヤベーじゃん武器出さんきゃっしょ」
冷蔵庫前に腰を落としてドリンクの品出しをしていた吉田アップルさんが、こんがりおいしそうな肌色の顔をあげて時計をみる。
そこはかとなくうれしげに見えるのは、アップルさんが異世界イベント業務大得意で、なんならそれめあてにうちで働いてるからだ。
「おし。クロムっちー、ブッコのカギもらってるよねーえ!」
クロムとは自分の名前、
初対面で読みまちがえられたんだけど、ゲンタくんと呼ばれるよりかっこよいので、そのままにしている。
ちなみにブッコは武器庫。
アップルさん舌ったらずに話すから武器庫はブッコ。
「店長今晩シフト入るってたし、もらってない」
「えどーすんの」
「んーいざとなったら武器ロッカーこわせばいんじゃない?」
「えークロムっち壊せるん? あれガンジョーだよ」
「消防設備置き場にバールのようなものがあるし、いけるでしょ」
「さーすバイトリーダー。防火管理の免状持ってるだけありますねー」
周防くんがまったく感心してない口調で言う。
「えークロムっち資格もちなんだすげーじゃん?」
「講習出たらもらえるような資格よ? 店長に取らせるためにって、
「石動さんこないだフォークリフトの講習も受けてませんでした?」
「一緒に玉掛けも取ったよ?」
「資格マニアてやべーしょ。人生迷走してる子じゃん。来年シューカツっしょ? どすんの。ぜった進路まようやつじゃん」
「そーなんよ資格取るの楽しくなってきて色々重ねどりしてたら目うつりしちゃってさー」
「やーば笑どこ就職しても不満のこるパティーン」
クソな乗っかりかたする周防くん。
「石動さん競技でもそんな感じっすよね。いっぱい出るけど、どれもそこそこっていう」
「でもうちの部史上、長距離と短距離と跳躍と投擲で選手になれたの、俺だけよ? トラックとフィールドとロード、全部出たよ。弱小部活だからだけど」
「結果でてなかったらダメじゃん笑。キヨービンボー苦労するてゆーし」
アップルさん手きびしい。
「あでも火元責任者できんだったらー、前の店紹介したげよっかー? キッチン入れんなら超仕事もらえんだけど」
吉田アップルさんは元キャバ嬢。
こちらはFラン大に通う学生なんだが、大卒即お水の世界に飛び込む勇気はない。
元陸上部だし、泳げないから水苦手だし。
「お水の世界じゃ息できない系なんですねー」
「肺呼吸生物だからねー」
客がいないのをいいことに手作業しながらのんべんだらりとくだらない雑談にこうじる。
22時以降の深夜シフトは現在7名でまわしていて、本日の内訳は大学生2人フリーター1人ギャル1人の計4人。
大学生はどちらも男子で俺、石動と周防くん、フリーターは新人の
この日はかき入れどきの週末なので、シフトは厚めだった。
やこの面積で4人は多すぎじゃね? とか思うでしょ。
ゆーてここ飲み屋街そばだから多いのよ、店内でさわぐ酔っ払いの客。
しかも駅からここまでのルートに千ベロの店が三軒も立ったから余計に客層が悪くなったともっぱらの評判。
クチコミに三件も客層が悪いと投稿がある。
ちな評価★2.5。
でも深夜帯売り上げは世田谷区でも上位っていう。
「ゆって今夜は酔っ払いの相手はしなくてよさげですけどね」
「まねー。ゴブリンの相手が酔っ払いよりも楽とはとうてい思えんけど」
「……あの、みなさんなんの話をされてるんですか?」
陳列作業中の鬼城さんが、下からうかがうようにおずおずときいてくる。
「えーと、面接のときに聞いてますよね、うちの店、ちょっと特殊な業務とかあるって」
「ああ、あの、異世界とつながるとか、それで強制的に残業が発生するとかって……でも、あれ、冗談ですよね?」
半信半疑ではなく、無信全疑のごようす。
「うんまあ気持ちはわかりますよ。俺だって実際に
「ボクもっす。この中年なにゆってんだてっぺんの毛ムシったろかと思いましたよ」
店長が大切にしている、かぎりある資源に暴虐を働かんとしたことをしれしれ告白する周防くん。
「呼びかた"異世界イベント業務"ってんですけど、つまり今日は残業確定ってことになります」
「鬼城さん1時あがりでしたっけ、うしろのびますけどご了承くださいね」
周防くんがバックヤードの壁にかけられたファイラーのシフト表を確認する。
「今ならギリ早上がりできますけど、帰ります?」
後からパワハラあつかいされても困るので、いちおう保険をいれとくけど、
「あ、だいじょぶです……」
および腰ながらも即答。
目がみょうにぎらついている。
孵らせてはいけない卵からなにかが翼を広げたような圧。
こないだまで引きこもってたそうで、胸が大きいのに背をまるめるクセがあるから、ユニフォームが似あってない。もったいない。
「よっしゃそんじゃ、店閉めよっか。店長が作業ジャマしにくる前に」
よっしゃと気合をいれ、閉店作業の号令をかける。
「えーだれも連絡してないしてんちょこなくない?」
べつに店長をきらってるわけじゃないけど、なにかと口うるさくケチくさい中年との異世界業務が、アップルさん好きじゃないのだ。
「来ますって。石動さんが都留凛さんにLINEしましたし」
周防くんが通行規制用のカラーコーンを抱えながら言う。
「えめんどくさっ。クロムっちなんでツルリンにゆったし」
「しゃーないっす。前回アップルさんが店内めちゃくちゃにしちゃったじゃないっすか。あれで異世界イベント業務発生時に、あたらしい項目できたらしんすよ」
「えーそりゃまーだけどー、めっちゃ店内にゴブリンシンニューされてんだししゃーなくない?」
ちなみに都留凛は店長の奥さん。
フリーランスのリモートワーカーだが、具体的なお仕事はだれも知らない。
店舗経営に通じてて実務有能、実質ここの経営者だ。
「んじゃ後はてんちょがここに来る前に、このお店があっち行っちゃうかー」
「ここにたどりつく前に店長があの世に逝っちゃうかー、どっちかを祈りましょうや」
アイドル系イケメンながら毒舌キャラの周防くん。
「ダンナ死ぬとかツルリンさすがにかいそーだし、そこまではゆわんけどー笑」
父親がムエタイとボクシングの二股世界チャンピオンというレジェンド戦士の、当下北沢店最強と名高い
ちなみに父親のリングネームは某有名スマホ会社のフラグシップモデルと同名。
エクスなんとかではないほうのやつ。
世界一有名なスマホの親会社と同じ名前の娘と仲はいい。
くりかえすけどアップルは本名だよ。
「間にあったああああっ!」
身長180センチ超体重120キロ超の巨体が店舗出入り口にあらわれた。
どうする?
たたかう
にげる
▶まずはあいさつ
「おはようございます。店長、出勤は関係者用通用口からお願いします」
この店の名目上の責任者だ。
ご芳名を
「いいんだよ僕は店長なんだから! ここの最高責任者なんだから好きな所から出勤するよ!」
ぼかぁスマホを取りだし、
「もしもし都留凛さん、お宅のオタクのダンナさんがワガママ言うんです」
▶ハンズフリーでよめにれんらく
「そんな風にはいかないよね! ちゃんと裏口から入りまーす!」
どうやらみずからの立場をご理解いだけたようだ。
「ねーつるりーん、ブッコ開ける手順めんどいんだけど!」
『とりまそれでやっといて。危機管理マニュアルのプランニングは慎重を期しておくべき。なので。ではではでは』
ではではでは、を文字のとおりに読み、一方的に通話はきりあげられる。
「周防くん、とりまってとりあえずーみたいな意味だっけ」
「たぶんそっす」
店長の巨体がテナントビル入り口に消えたので、俺と周防くんは心ゆくまで侵入防止用カラーコーンとポールを設置する。
「おい、店閉めんのかよ。ここ24時間営業の店だろ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます