第4話 伯爵令嬢ナージャ
コースレッドから従者を何人か連れてきている。侍女のサリーや調理人のヤコブだ。
彼らはボルナットで私に仕えてくれていた信頼できる従者だ。
彼らには慣れない国で居心地の悪い思いをさせているだろう。
離宮での私の世話は彼らの仕事となった。
もちろん私たちが孤立しないよう、ボルナットの者も離宮には出入りする。
ボルナットの王宮では、王宮が指名した王太子妃専属の世話役もいる。
私の秘書になったナージャはその一人だった。
彼女はとても有能な女性だった。
質問には何でも丁寧に答えてくれるし、親切に接してくれた。
「他国からいらして、王宮では気が休まりませんでしょう。離宮では少しでもくつろいでいただけますよう、豪華な家具を揃えましょう」
「ありがとう。でも、私はそんなに豪華の物はいらないの。私はそれほどこだわりがないので、座り心地の良いソファーと、丈夫なテーブルがあればそれでいいわ」
「では、職人にそのように言って新しく作らせましょう。ステラ様に相応しい、コースレッドの木材で、職人も呼び寄せ……」
「ありがとうナージャ。コースレッドの物があれば、きっと私は落ち着いてここに居られるわね。けれど、宮殿の私室の方に祖国の家具は揃っているの」
嫁いできた時に、コースレッドからたくさんの家具を持参した。それは宮殿の王太子妃の部屋にしっかりと収まっている。
これ以上コースレッドの物に囲まれる必要はない。
「この離宮には、殿下が使われていた家具があります。私物は移動されましたが、テーブルや椅子などは使えますし、立派な物なのでそのまま私が使用させてもらうわ」
「それでよろしいのですか?」
「私はそれでいいわ。殿下は好きにするようにと言われたので、問題ないでしょう」
どのみち宮殿に居ても、ウィルと顔を合わせる事はない。
彼は多忙だから食事だって一緒には摂らない。
私がどこにいようが、何をしようが気にしないだろう。
「王太子妃の予算は十分にございますよ」
「ええ。殿下には感謝しています。私に不自由がないように配慮してくださり、大変嬉しく思います」
王宮の者に殿下と不仲だと知られるわけにはいかない。
「殿下に、ステラ様が感謝してらしたとお伝えしておきますね」
ウィルとは『仲睦まじく過ごしているが、妻を案じ、心を休める場として離宮を用意して下さった』と思われるよう振舞う約束だ。
「殿下は新婚早々ご公務で、あまりステラ様と一緒に過ごされません。今度、時間をつくってもらわなくてはいけませんわね」
「お忙しいのは仕方がありません。私なら大丈夫よ」
私は適当に相槌を打つ。
本人がいないときにウィルの話をするのはあまり好ましくないことだ。
私は早々にこの話を切り上げた。
これからのボルナットの生活を想像してみた。
この国は発展している。
新しい文化に触れるのは興味深いことだ。
海だってあるし、鉄道だって敷かれている。
お忍びで鉄道に乗ってみたい。
いつかその機会が訪れる事を楽しみにしている。
「なんだかとても楽しそうですね」
「ええ。とても楽しみだわ。ボルナットは何においても先進しているわよね。国民たちがどのように暮らしているか興味があるわ」
「平民の暮らしに興味があるのですか?」
「ええそうよ。王都で暮らす人々が、どのような生活をしているのか知りたいわ」
王宮で侍女として仕える者たちの中には貴族出身の者がたくさんいる。
秘書という仕事を任されているナージャは貴族だろう。
彼女はあまり平民の暮らしには詳しくないかもしれない。
「私は、伯爵家の次女です。貴族街でしたらたまに足を運びます。新しいお店もたくさんあって賑やかですよ。王都はいろんな地区がありますので、平民たちの住む地区の中には危険な場所もあります」
「そうなのね。私はそう簡単に王宮の外へは出られないでしょう。いろんな場所へ行ってみたいと思うけれど今は無理ね。とても残念だわ」
ナージャは何か良い方法はないかと考えてくれているようだった。
「ステラ様は、王宮の生活に慣れることが第一です。高位貴族たちとの交流も必要でございます。王太子妃としての公務もたくさんありますので、市井の視察などはもう少し先になるかもしれません」
「そうね、とりあえず決められた事をしていかなければならないわね」
「スケジュールはできるだけ負担にならないように組んでいます。もし何か不満がございましたら、何なりとお申し付けください」
「ありがとう。王太子妃としての公務をしっかりと頑張ります。もし大変だったら相談するわね」
多分王宮の中には、私の事を気に入らない人たちがたくさんいるでしょう。覚悟はしている。
他国から嫁いできた身としては、この国の貴族たちの顔と名前、身分や政治的な位置を把握しなければならない。
誰が力を持っているのかをちゃんと見極めて、間違えないように自分の居場所を確保しなければならない。
この国の王太子妃になったのだから、しっかりしなくてはと身を引き締めた。
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