38.キスを交わす私と王子様

 何度もくちびるでくちびるに触れられる。

 もう、これ以上は……



 さすがにやり過ぎでは!?



「んぷ、イライジャ、さま……っ」

「まだやめたくない」

「んんっ」


 いえ、やめてくださいまし!!

 注目の的でございますから!!

 口紅が取れるから、キスはしないのではなかったのですか!! もう踊り終えたからよろしいのでしょうか!

 逃げたいけれど逃げられない……どうしようかともぞもぞしていると、ダーシー様の声が聞こえてきた。


「イライジャ様、エミリィが来たようです」


 救いの神! その言葉に、ようやくイライジャ様がくちびるから離れてくださる。

 ふと見ると、転がっていた元国王の姿はなく、すでに連れられたあとのようだった。


「ジョージ」


 イライジャ様が、大事な弟君へと声を掛ける。

 扉からやってくるエミリィの姿を確認したジョージ様は、彼女を気にしながらもイライジャ様に顔を向けられた。

 そんなジョージ様に、イライジャ様は誓いをするように言葉を紡ぎ始める。


「ジョージは自分の望むように生きてくれ。俺はその意志を尊重し、支援を惜しむつもりはない」


 イライジャ様の、真っ直ぐなお言葉。込み上げる感情をジョージ様は飲み込み、震えるくちびるを開いた。


「ありがとう、兄さん……っ」


 そう言うと同時にジョージ様は走り出す。愛しい人のところへと。

 そしてジョージ様は、力の限りエミリィを抱きしめた。

 事態のわかっていないエミリィは、顔を赤らめながらあたふたしている。


「ジョージ……、様!」

「もう〝様〟なんかつけなくていい。ジョージでいいんだ……っ」

「……ジョージ……?」


 エミリィの瞳が滲む。

 それだけですべてを察したのだろう。

 ジョージ様は抱き締めていた手をエミリィの両頬に当てて、愛しい人の顔をじっと見つめている。

 純粋で、真っ直ぐな瞳で。


「エミリィ……待たせてごめん」

「私、ジョージのそばにいていいの……?」

「ああ。兄さんがすべて決着をつけてくれた……僕は、闇の子でも光の子でもなくなったんだ!」

「ジョージ……! よかった……よかっ………うあぁあああん!!」


 今度はエミリィがジョージ様に抱きつき、大粒の涙をこぼし始める。

 どれだけ不安だっただろうか。私までつられ泣きしてしまいそうなのですが……。

 よかった、本当に……。


「二人で家に戻ろう……あそこが俺たちの家だ……!」

「うん……うん……!」


 ……え? あの家に帰るのですか……!?

 お止めすべきでは、と隣を見上げると、イライジャ様は笑っていらした。


「好きにさせてやろう。井戸は作るし、家ももっとしっかりしたものを建てればいいだけの話だ」

「……そうでございますね」


 二人が涙を流しながら抱き合って喜んでいる姿を見ると、胸が熱くなる。

 今度は困窮することなく、幸せに暮らせるに違いないのだから。


「それより俺たちのことだが」


 イライジャ様の柔らかい視線にどきりとしながら、私はエメラルド色の瞳を見つめた。


「クラリス。そなたを正式に娶りたい」

「……イライジャ様……」

「愛している。俺の王妃は、そなた以外にあり得ぬのだ」

「王妃……っ」


 そうだ。イライジャ様は近々王となるお方。となれば……私は王妃!!

 いや、わかってはいたのだけれど、どうにも頭が追いつかないのですが……!


「ほ、本気なのですか? 私が王妃など……身分が」

「そなたの有能さの前では、身分差問題など塵に等しい」


 いえ、塵よりは余程大きいと思うのです……!


「年齢差もありますし」

「大丈夫だ、すぐに追いつく」


 だから、年齢は絶対に追いつけませんからね!?

 イライジャ様にとっては、それすらも些細な問題だということなのでしょうか。

 困惑する私に、イライジャ様はとろけるような笑顔になって──


「いつか、もう一役お願いしたいと言っただろう?」


 優しく、私の髪を撫でてくださった。


 〝一人で何役もできる人間はそういない〟


 世話係だけではなく、家庭教師役や護衛役、秘書官まで兼ねていた私を、そう褒めてくださっていた。

 そのとき確かに、いつかもう一役お願いするとおっしゃっていて……まさかあの時から!?


「ずっと私を王妃にするつもりだったのですね!?」

「ああ。そなたを好きになった時から、ずっとだ」


 私の予想を超えるさらに昔からでした!


「そろそろ答えを聞かせてくれ、クラリス」


 ほんの少し不安そうに揺れる瞳。

 自信家のイライジャ様らしくもない。

 あなたには、いつも、いつでも輝いていてほしいのです。

 断るなんて……そんなこと、するわけがないでしょう!


「イライジャ様。どうかこれからもイライジャ様のおそばにいさせてくださいまし。生涯の伴侶として、あなたをお支えしていきたいのです……!」

「クラリス……!!」


 その瞬間、私はイライジャ様の両腕に包まれた。

 全身で喜びを表現され、私の心は鷲掴みにされている。


「必ず、大切にする。今まで以上にクラリスを愛していく」


 今まで以上にですか!?

 これ以上の溺愛は、腰が砕け散るかもしれませんのでおやめくださいまし!!

 もう私は、イライジャ様に溺れっぽなしなのですよ。

 そう伝えたかったけど、言葉に出せなかった。私のくちびるはあっという間に塞がれてしまっていて。

 まったく、本当にキスがお好きなお方なのですから……

 人前でするのは、もうこれでご勘弁くださいね?


「愛している……」

「私も……んんっ」


 せめて、私も愛していると言わせてくださいまし!!

 ああ、心も体も溶けていきそうなほど、甘いイライジャ様の愛。

 私たちは温かい拍手と歓声に包まれながら、いつまでもキスを交わしていた。

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