19.十日目。言い訳がましい私
「クラ……リス……?」
驚いているイライジャ様のお顔。
わ、私は今、一体なにを!?
慌てて離れようとするも、イライジャ様に肩を抱き寄せられてしまった。
「イライジャ様……っ」
「そなたが、した」
「そうでございますが……っ」
近い! 近こうございます!!
逃げようとする私の首に、イライジャ様の息が当たっています!!
なんとか押し返さなくては……っ
イライジャ様の胸板に手を当て、なんとか距離を取ろうと必死に突っ張る私。
なのになぜか、イライジャ様は笑っていて……
「そんなに揉むな。誘われているとしか思えぬぞ」
「なっ、ちが……っ」
思わず手を緩めた瞬間、ぐんっと距離が近づいた。
「ンンッ!?」
く、唇を塞がれてしまったのですが?!
しかも長い、長すぎです、王子!!
もう……
どろどろに、溶かされてしまいそうなのですが……っ
イライジャ様は右手で私の肩を抱き、左手は私の耳を撫でるように触っている。
くすぐったい……もうどうにかなってしまいそうなほど、くらくらする。
「はぁ……クラリス……」
そんなに熱い吐息を吹きかけないでくださいませ……頭がおかしくなりそうです!
なのにイライジャ様は、また迫ってきているのですが?!
「これ以上はお許しくださいまし!」
「なぜだ?」
「なぜ?!」
迫りくるイライジャ様のくちびるを、私はばふんと手で押さえた。
不敬だとかなんだとか、そういうことは言ってられません!
「私程度の身分のものが、イライジャ様のくちびるに触れてしまったことは謝罪いたします! つい……イライジャ様が……」
イライジャ様が私の手首を掴み、口から引き剥がしている。
形のよくつやつやとしたくちびるが優しく動いた。
「俺が?」
「イライジャ様が、い……」
愛おしくて、という言葉を私は飲み込んだ。
私は今……なにを考えていたというのか。
これはそう、同情心だ。愛おしいなどと、ただの側仕えが抱いていい感情ではない。
だけれど、お可哀想でと告げるのも違う。なんとお伝えすれば良いのだろう。この気持ちを。
「なんだ? 言ってくれ、クラリス」
言い淀む私に、またずいっと接近するイライジャ様。
もう、ご勘弁を……!
「私は、イライジャ様のことを……」
「ああ」
「僭越ながら……」
「なんだ?」
エメラルド色の瞳が嬉しそうにキラキラ輝いていて。
私は、私は、イライジャ様のことを……
「我が子のように思っているのです!!」
そう、我が子!
僭越ながら、我が子のように思っているのです!
思わずキスしてしまったのは! 子への愛情表現と同じなのです!
「我が……子……?」
イライジャ様の手が緩んだ。私はその隙にさっと腕の中から脱出して距離をとる。
「そうでございます。側仕えとしてあるまじき感情ではありますが、僭越ながらイライジャ様のことを我が子のように思っておりまして」
「この国では、親子でくちびるへのキスはしないはずだが?」
「場所を間違えたのでございます」
「ははっ! 言い訳が過ぎるぞ、クラリス!」
楽しそうに笑われてしまいました。
そのお顔が眩し過ぎて……本当に困るのですが。
「クラリス、俺は伝えたはずだ。そなたを愛していると」
ずずいと距離を縮め、私の手を握って目を細められるイライジャ様。
もう、どうお答えして良いのか……
「そなたも同じではないのか?」
「私も……同じ……?」
ゆっくりとイライジャ様が首肯される。
揺れる金色の髪は、太陽の光を受けてより一層輝いていた。
私が……イライジャ様を、愛していると?
あり得ない。あり得ないことだというのに、勝手に耳まで熱くなる。
「その顔は、俺に恋しているようにしか見えぬ」
そんな、まさか、ばかな!!
私が、この私が! イライジャ様に恋をするなどということがあってはならないのだから!!
「気のせいでございます! 恋など、しておりません!!」
「ここでは二人きりだ。気持ちを隠す必要などない」
イライジャ様の! 勘違いが! 加速しています!!
昔から強引なところはありましたが、この勘違いだけはいただけません!
否定を、否定をしなければ……
「大丈夫だ、クラリス。どうにかなる」
「そん……っ」
ああ! 勘違いを正す前に、またキスをされているのですが!?
イライジャ様、そんなに手が早いお方だったのですね!?
「ぷ、ぷはっ!」
「ははは! 可愛いな、クラリスは!」
はぁはぁと息を往復させる私を見て、楽しそうに笑っているイライジャ様。
仕方ないではないですか! こんなキス、したことがなかったのですから!!
「今晩が楽しみだ」
今晩!? 何をしようというのか、この王子様は!
「なにも致しませんからね!?」
「大丈夫だ、優しくする」
「そういう問題ではありませんが!?」
私が強く言うと、イライジャ様の眉尻は下がっていく。
そ、そんな顔したって、ダメなものはダメなんですからね……っ
「わかった。ではそなたの心が決まるまで、キスだけで我慢しよう」
いえ、キスでもダメですが!??
「建国祭までにクラリスを抱きたいということだけは、覚えておいてくれ」
建国祭はたったの十一日後にまで迫っていますが!!
「今夜、“月下の踊り子”を俺に貸してほしい」
「どうなさるんですか?」
「俺がつけてみよう」
「なぜ、王子が……」
「そなたを誘惑するためだ」
誘惑しないでくださいまし!!
「絶対に貸しません!」
「どうしてだ?」
抗 え な く な る か ら で す ! !
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます