10.五日目。風邪をひいてしまった私

 夢から覚めてゆっくり瞼を上げると、すぐ目の前にイライジャ様のエメラルド色の瞳が。

 ちょっと、近すぎでは?!!


「イライジャ様、いつからお目覚めに?!」

「ついさっきだ」

「お熱は……」

「もう治った」

「はい?!」


 治るの早すぎですが!?

 イライジャ様は、本当だと言わんばかりに私に顔を寄せてくる。

 何事、と思った瞬間、こつんと額がくっついた。


「な、なにを……」

「ほら、平熱であろう?」

「そ、そうでございますね……」

「クラリス、そなたの方が熱いが」

「これは、違いますっ」


 まったく、そんなに近づいては、顔が煮えたぎりそうになるのですが!!

 しかし、たった一日で本当に治ってしまうとは、さすが光の子……いえ、若さですね。


 病み上がりなのだからと言ったけれど、イライジャさまは気にせず外に出て行かれた。

 曇天を見て、雨が降る前にと畑で働いていらっしゃる。

 ぶり返したらどうなさるのかと、私の方がヒヤヒヤでございますが!


 ヒヤヒヤして、ヒヤヒヤして……おや? これは、ゾクゾク……?


「クラリス。そなた、顔色が──」

「え?」


 振り返った瞬間、目の前が白くなって足元が崩れる。

 そんな私をイライジャ様は素早く抱き止めてくださった。


「大丈夫か、クラリス!」

「……私……も、申し訳ありません!」

「そなた、体が熱いではないか!」


 イライジャ様はそう言ったかと思うと、私をひょいと抱き上げてしまった。止める暇もないのですが!


「あの、イライジャ様……歩けますから」

「俺がうつしてしまったのだ。大人しく俺に抱かれてくれ」


 その言い方……!

 誰かが聞いていたら誤解を招きかねませんよ?!

 まぁここには私とイライジャ様しかいませんけれども!


「大丈夫か、クラリス……すまない」


 そう言いながらイライジャ様は小屋の中へと入り、私をベッドの上に横たえてくださった。


「イライジャ様がお謝りになることなど、なにもございません。どうかそんなお顔をなさらないでくださいまし」


 ショックを受けた子どものようなイライジャ様のお顔。

 私は手を伸ばしてそのお顔に触れる寸前、ハッと気づいてその手を下げようとした。


「クラリス」


 けれど、イライジャ様は私の手をパシッと掴むと、そのままご自分の頬に当てられた。

 イライジャ様のきめ細やかなお肌が、私の手のひらに吸い付いてくる。

 最近、距離が近くなりすぎて麻痺しているのだ。

 イライジャ様は、私などが気軽に触れて良い方ではないというのに。


 だけど、イライジャ様のお手を振り解くことなんてできない。

 私の顔は、熱のせいでさらに熱くなった。


「あの、もう、手を……」

「こうしていてはいけないか? 俺はクラリスに触れていたい」


 そう言うとイライジャ様は、私の手を唇に持っていって……


 ちゅ、と音が鳴った。


 私の頭は一段と爆発したように熱くなり、目の前がくらくらする。


「早く治るよう、まじないだ」


 逆に熱が上がりそうなんですが?!


「一晩中、そなたの看病をさせてくれ」


 優しく目を細められると、嫌とは言えなくなる。

 お優しすぎます、イライジャ様……。


「ありがとうございます……でも決して無理はなさらぬよう」

「わかっている、大丈夫だ」


 イライジャ様はそう言うと、本当に甲斐甲斐しく世話を焼いてくださった。


「簡単だがスープを作ったぞ。ふー、ふー」

「あの、自分で食べられますから!」

「ほら、口を開けて」

「んくっ」


 目の前にスプーンを寄せられて仕方なく飲むと、イライジャ様の顔は笑みで満たされる。

 王子にふーふーして食べさせてもらう贅沢な経験をしたのは、私くらいではないでしょうか。


「美味しいか?」

「はい、もちろんでございます」

「なら良かった」


 そんな、子どものような無邪気さで笑わないでくださいまし!

 心臓が変な動悸を打ち始めたではありませんか!


「どうした、クラリス! 胸が苦しいのか?!」


 私が胸を押さえて「ふぐう」と変な声を上げてしまったせいで、イライジャ様にいらぬ心配をおかけしてしまった。

 イライジャ様は慌てて私の胸に手を伸ばして──


「きゃあ?!」

「っは! す、すまない!」


 イライジャ様が、ご自分でもびっくりした様子で手を下げられた。

 ああ、ちょっと触られたくらいで『きゃあ』などと、小娘のような声を上げてしまうとは情けない!

 なにがあっても冷静に対処しなければならないと、常に自分を律しているというのに。

 それにしてもイライジャ様は普段、間違っても女子の胸を触るようなお方ではない。どうしてそんなに狼狽しておいでなのか。


「本当にすまない……心配過ぎて、つい……」

「私などをご心配くださりありがとうございます。気に病まないでくださいませ、私はなにをされても平気でございますから」

「なにをされても?」


 さっきまでの子どものような顔は、一体どこに消えてしまったのか。

 イライジャ様の目はギラリと光り、急に大人の男の人になる。

 ど、動悸が……!


「ふ、ふぐぅぅ」

「だ、大丈夫か、クラリス!」


 私を支えようとしてくださるイライジャ様。いつの間に、こんなに男らしくなってしまわれたのか……

 きっとこれは母親のような心境なのでしょう。子が大きくなると、寂しさを覚えると聞いたことがございますから。

 胸が、苦しくなるものなのですね……。


「申し訳ございません、イライジャ様……もう眠ってもよろしいでしょうか」

「ああ、そうするといい」


 私はゆっくりと横になる。

 って、イライジャ様も入ってきましたが??


「イライジャ様……?」

「寒いだろう。眠るまでこうしている」


 ……お優しい。

 私はイライジャ様に包まれて、体温を感じながら眠りについた。

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