02.崖から落ちたい王子様

 イライジャとは〝主なる神〟という意味で、ジョージとは〝大地で働く者〟……という意味があるらしい。


 双子だというだけで、どうしてこれほどまでに差をつけられるのかと、私も思ってはいる。思ってはいるけれども。


「ちょ、どうして崖から落ちて行方不明なのですか! もう、冗談など言っていないで王都に帰りますよ!!」


 馬車を出すと、イライジャ様が私の隣に座っている。

 そっとお顔を確認すると、さっきの顔とは一転、胃を痛めたようにつらそうな表情となっていた。


「イライジャ様……」

「ジョージはもう、長くない……このままでは」


 真実を突いたその言葉に、私の身は硬化するかと思った。

 ジョージ様を助けたい。彼が亡くなったら、イライジャ様はどれほど悲しまれることか。

 けれど、私にできることなんて……


「だから俺は、崖から落ちようと思う!」

「話が飛躍しすぎです、王子!!」


 キッとイライジャ様を見るも、大真面目な時のそれだった。

 ああ、頭が痛い。


「クラリス、俺が死ねばどうなると思う?」

「そんな嫌なことはおっしゃらないでくださいまし!」

「いいから、答えるんだ」


 真剣な口調で言われて、私は渋々と言葉にした。


「そうですね……イライジャ様にもしものことがあれば……王家はジョージ様を、招聘なさるかと……」


 私の答えに満足したのか、イライジャ様はこっくりと大きく頷いた。


「俺には他に兄弟がいない。俺が死ねば、王家を絶やさないためにジョージを呼び寄せる必要が出てくる」


 確かにその可能性は高い。イライジャ様の死が確定すればの話だけれど。

 もしそうなれば、王家は必死になってジョージ様を治療してくれるだろう。


「ジョージを助けるには、これしかない。このまま放っておいたら、ジョージは……!」

「しかし崖から落ちて行方不明などと!」

「本当に落ちるわけじゃない! うまくやる!」

「イライジャ様……」

「今すぐ崖に向かってくれ!! クラリス!!」

「お黙りなさいませぇぇぇええええええ!!」

「うあぁあ!?」


 グンッと手綱を引いて馬車を急停車させる。

 こんな状態のイライジャ様は誰にも止められない。ええ、私にはわかっていますとも!


「ク、クラリス……?」


 私はその場にすっくと立ち上がると、同じように立ち上がったイライジャ様を見上げた。


「イライジャ様、お気持ちはわかりますが、少々熱くなりすぎでございます! しっかりと下準備をせねば、計画は破綻するというもの!」

「だがクラリスも見ただろう! ジョージには時間がない! 今すぐにでも医者に診せなければ危ない状態だ!」


 イライジャ様の焦る気持ちは痛いほどわかる。人一人の……それも血を分けた大事な双子の弟の命が掛かっているのだから。

 けれども、だからこそ冷静にならなければいけないのです。

 私はイライジャ様のエメラルド色の瞳をしっかりと見つめながら言葉にする。


「だからと言って、崖に落ちて行方不明などあり得ません。第一偽装などどうするのですか! 馬まで落とすおつもりですか?!」

「それは」

「冷静におなりくださいませ。ジョージ様をお救いしたい気持ちは、私も同じでございます」


 荷台を崖から落としたところで、遺体がなければ必ず捜索される。馬がなければ、なおのことおかしく思われる。


「やはり一度戻りましょう。遠回りなようで、それが一番かと私は思います」

「俺にあの堅物父王を説得する自信はないぞ!」

「わかっております。言いくるめるのは陛下ではありません。侍女長と騎士団長でございます」

「え?」

「そしてイライジャ様には、私と駆け落ちしていただきます!!」


 それだけいうと、イライジャ様はすべて理解してくれたようだ。

 ハッとしたあと、その凛々しい顔を私に向けて。


「わかった。俺と駆け落ちしてくれ」


 真っ直ぐな瞳で、頷いてくれた。

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