第2話 北村透谷 「人生に相渉るとは何の謂ぞ」(1893年・明治26年)
https://www.aozora.gr.jp/cards/000157/files/43455_17673.html
共産主義的な「物とカネ」「目に見える成果」ばかりを、こと文学に於いて追求するのはお門違いである、という趣旨の論文です。
透谷は「明月や池をめぐりてよもすがら」という芭蕉の句を引用して自らの主張をよりわかりやすく解説します。
彼の論旨を「中国共産党・台湾客家・韓国脳日本」に当てはめると;
○ 「かれらは「人生に相渉る」こと以外に興味がない。
○ いわゆる「形而上」という部分ははしょって(考えない)、ものカネ・権威・権力をベースにした名誉こそすべて、という考え。
たしかに中国製がほとんどの100円ショップなどは、まさにこれで、私たち日本人はこの恩恵を大いに受けているわけです。
しかし、 第二次世界大戦後、アメリカが突き進んできた物文化・巨大建物・マスプロダクション・マスコミという「白人文化」が、このアジアに於いても継承されている、といえるかもしれません。
21世紀「アメリカの終焉」といって、なんのことはない、容れ物が変わっただけで、中身の物文化はそのまま、共産中国・台湾客家・韓国脳日本に引き継がれているわけです。
ただ、100円ショップに関して言えば、これは日本文化がしっかりと根付いているので、あそこまで文化的な品揃えになっている、ということは忘れてはなりません。 共産中国だけでは、あれだけ文化的に豊かな商品は生まれないのです。
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