『ディアの不調と、アイリの試練』(3)

しかし、次の瞬間にアイリの耳に響いてきた声。


『……アイリ様』


アイリの脳内に直接響くようにして聞こえたのは、確かにディアの声。

アイリはハッとして横を向くと、魔獣のディアと顔を見合わせる。


「今の声……ディアがしゃべったの!?」


ディアは、魔獣の姿では言葉を話せないはずなのに。

するとディアは金の瞳でアイリを見つめながら小さく頷いた。


『はい。口ではなく、心でお伝えする事ができるようです』

「心……?じゃあ今は、ディアの心の声が聞こえているってこと?」

『はい、そのようです』


ディアは口を動かしてはいないが、その声は確かにアイリの耳に届いている。

どうやらアイリが何度もディアにかけて失敗した変身魔法が、思わぬ作用をもたらしたようだ。

アイリの魔法の効果によって、ディアは一時的に心の声をアイリに伝える事ができる。


『私は今までアイリ様に、本当の気持ちを口では申し上げられませんでした』

「口では言えない……なんで?」

『封印されているからです』


ディアは以前にも変身魔法が使えなくなったりと、魔法が不調だった時期があった。

その理由は、ディアが本当の恋を知ってしまったから。

……恋は、人も魔獣も同じ。心を狂わし、乱し、暴走させる。

理性を崩壊させ暴走する魔獣の本能を抑えるために、ディアが取った最終手段。

全ては高校教師としてアイリの側で守り、導き、卒業を見届けるために。


『私は魔王サマに申し出て、禁断の魔法により『恋愛感情』を封印して頂きました』

「え!?なんで、そんな……!」


魔王の封印魔法により、ディアは恋愛感情を表に出せない。

恋愛感情と封印に関する事は全て、言葉として口に出せない。

結局、その封印がディアを苦しめて、アイリを悲しませていた。

想いの届かないアイリと、想いを返せないディアの、不毛な恋愛関係の原因であった。


『ですが、封印には期限があります。もう少しだけ……お時間を下さい』


アイリは、ディアのそこまでの決意が嬉しいのか、それとも悲しいのか、どう受け止めていいのか分からない。

奥手で真面目で真剣で、自己犠牲も厭わないほどに自分には厳しいのに、人には甘くて。

結局は、恋愛に不器用で。

そんなディアの全てが愛しくて、抑えられない何かの感情が涙となって溢れ出してくる。

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