第5話『ディアの不調と、アイリの試練』

『ディアの不調と、アイリの試練』(1)

魔界の学校は夏休みに入り、アイリは城で毎日を過ごしていた。

そんな中でもアイリは、宿題とは別に『魔法』の勉強も欠かさない。

アイリにとって高校3年生の夏休みは、無事に卒業するための正念場。



その日もアイリは魔法を教えてもらおうとディアを探すが、城内のどこにもいない。

ディアは魔王の許可なく外出はしないので、城内にいるのは確かなはず。

中庭に面した渡り廊下を歩いていると、ふと何かの気配を感じた。

アイリは足を止めて、中庭を埋め尽くす菖蒲あやめの花畑をくまなく眺める。

すると、花畑の隅に隠れるようにして伏せている魔獣の姿を見付けた。

5メートルはある巨体にコウモリの羽根を持つ、黒い毛並みの魔犬。


「ディア?どうして魔獣の姿で、そんな所に……」


不思議に思ったアイリは中庭に出て、魔獣のディアの側へと歩み寄る。

ディアは金色の瞳を弱々しくアイリに向けて、何かを訴えているようだ。

魔獣の姿のディアは言葉を理解してはいるが、話すことはできない。


「ディア、今日も魔法を教えてほしいの」

「…………」

「どうしたの?はやく変身して、行こうよ」

「…………」


そこでアイリは、ディアの様子がおかしいと気付いた。


「もしかしてディア、人の姿に変身できないの!?」


ディアは魔獣の頭でコクンと頷いた。

本来は魔獣であるディアは、変身魔法によって人の姿を留めている。

しかしディアが突然、変身魔法を使えなくなるなんて異常事態だ。

仮にもディアは、『魔法』の授業を担当する教師なのだから。


「どうしよう。私じゃディアを変身させられないし……」


他人を変身させるというのは高度な魔法であり、魔界では魔王オランしか使えないのが現状。

アイリも魔王と同等の魔力を持つが、高度な魔法は習得していない。

……ただでさえ、補習を受けるほどに魔法が不得意で不調なのだから。

その時だった。


「なぁに、そんなトコで情けねぇ顔してんだよ、ディア」


偶然、渡り廊下を通りかかった魔王がディアに気付いて、呆れた声を出した。

アイリはパッと明るい表情になって魔王に駆け寄る。


「パパ!ちょうどよかった!ディアが変身できなくなっちゃったみたいなの」

「あぁ?なんだそりゃ?本当に情けねぇヤツだな」

「パパお願い、ディアを変身させて!」


アイリは、得意の上目遣いで魔王に抱きついて『お願い』をする。

当然、アイリは無意識なのだが、その可愛らしい『おねだり』に魔王は弱い。


「クク……可愛いな、オレ様のアイリは」


魔王は妻・アヤメと、娘・アイリには甘く、基本的にメロメロな親バカなのであった。

見た目20代の魔王と、女子高生の娘が抱き合っている姿は、背徳感すら感じさせる。

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