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例えるなら、あなたはずっと迷宮のような城の中で彷徨っていた感じ。それが今、ステンドグラスの窓から差してくる光の束、溢れかえる思い出の数々によって導かれはじめている。
ねえ、昴――。
あなたの声はか細く、喉に詰まってしまい声にならない。
あんた、どこに行ってたのよ。勝手にあたしの前から居なくなったら駄目じゃん。あたし、ずっと不安だったんだから。ずっと、ずっと……。
彼のことを忘れていた自分の非なんて棚に上げ、あなたは胸のなかで拗ねるように
そんな心情など露知らず、雨宮くんは手を合わせて謝りながら席に坐るという器用な芸当をやってのける。
「待たせちゃってごめんね。せっかく鈴村さんが勉強教えてくれるっていうのに、ペンケース忘れちゃって。教室になかったから、あちこち探しまわってたら時かかっちゃった」
結局パソコン室にあったよ。今日の授業でパソコン室なんて行かなかった気がするんだけど……不思議だよねえ。暢気に首をひねり、他人事のように笑う彼。
ゆっくり選ぶように紡がれる言葉。低くて通りにくい、霧雨にさえ叩き落されてしまいそうな声。
出会ったばかりの頃、あなたは雨宮くんの話し方に戸惑い、苛立ったものだ。あなたの長所は裏表がないところだけど、言い換えるとせっかちだった。あなたの凛とした声は嘘が吐けず、ガトリング銃みたいにまくし立て、遠回しな表現とか成熟した駆け引きを苦手としていた。
それなのに。
あなたはしみじみ思う。まさか、こんなことになるなんて。誰が予想できたのだろう。相容れない真逆のタイプだと思っていたのに。
(……だからこそ、惹かれたのかもね)
あなたはまだ、夢の中にいる。
けれど夢特有の色は溶けかかっている。混沌で不条理な魔法は弱まり、夢の内容をあなたの意思で都合好くコントロールすることもできるくらい。金魚鉢から見つめる外の世界みたいに、少しぼやけているものの意識を感じることができていた。
おかげで彼と過ごした思い出の輪郭が、どんどん色濃くなってくる。声も匂いも現実味を帯びてきて、幸福感と安らぎがあなたを浸す。
だから、気が緩んでしまった。ホッとした拍子に涙がこみ上げてくる。
あなたはこれまで、家族や友達の前でも泣くことなんて滅多になかった。気を遣わせたり迷惑をかけてしまうのを嫌ったし、周囲に抱かれている“鋼鉄の女”みたいな表面的イメージに、あなた自身囚われている節があったのかも。
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