第5話 ビジネスマンとキャリアウーマンが入って来た

 三十歳前後のビジネスマンと、同い歳くらいのキャリアウーマンが、話し込みながら入って来た。

 男は濃紺のスーツに身を包み白い水玉模様の浮いたブルーのネクタイを結んで、如何にも仕事の出来るビジネスマン然としていた。その颯爽とした元気溢れる姿からは、敏腕営業マンとしての活躍振りが窺えるようであった。

 女の方も華やかな衣装である。パンタロンのパンツは黒色であったが、スーツは薄いベージュ色で、首に巻かれた白いネッカチーフが良く似合っている。髪は外側に少しカールした短めのカット、二つの大きな瞳とつんと先の尖った鼻、女はなかなかの美貌だった。

「私はあんな風にはならないわ」

女が毅然と言った。

「いやいや、別に深い意味は無いんだ。俺は唯、お恵も後二十年もすれば、あんな風なおばさんになるのだろうか、とふと思っただけだよ」

「私は輝きを失わない為に自分を磨いて来たし、これからも磨き続けるわよ。ひたむきに打ち込んで没頭し、自分を高めることが出来る何かを持っていないと、オーラは出ないわ」

「それが仕事であっても良いということか?」

「そうね。仕事はそれに携わる人の人間を造るわ。仕事は人間修養の道場みたいなものよ。際限無く深く、奥行きも広くて、必死に立向かわないと必ずしっぺ返しが来る。挑んで行く姿勢や闘う心や諦めない粘り強さ、或いは、成功の高揚感や失敗の挫折感、立ち上がる不屈の精神、その他、人が生きて行く上で強靭に身につけていかなければならないものが一杯詰まっているのが仕事なのよ」

女は有無を言わせぬ断定的な言い方をした。男は少し戸惑ったようだった。

「勿論、エステや美容などで外面を磨くことも怠り無くやっているわよ」

女がやや砕けた口調で付け足した。

 が、二人の会話はそこで暫く途切れた。

嶋木には、女が幾分淋しそうで何処と無く辛そうな表情を浮かべているのが垣間見えた。男もそれに気付き心を砕いているようであったが、やはり気懸かりが頭から離れなかったのか、訊ねる口調で声をかけた。

「お恵、どうしたんだ?何で今頃、中途半端なこんな時期に帰って来たんだ?」

「別に、どうもしないわよ。来月から企業の決算業務で忙しくなるから、一寸、英気を養いに帰って来ただけよ」

「レストランでディナーを摂っている時もそうだったし、今もあまり元気じゃない。何か気懸かりなことでも有るんじゃないのか?」

今はそういう話はしたくないの、とでも言いたげに女は軽く手を振って話題を変えた。

「さっきみたいなあんな高価で瀟洒なフレンチレストランをディナーに使う若い人達も増えて居るのね。何だかんだと言っても日本は豊かな時代になっているってことよね」

「豊かな時代か・・・派遣切りや正社員のリストラで巷には失業者がゴロゴロしているのになあ。あっ、そうだ。派遣で思い出したが、主婦向けの派遣というのが有って注目を集めているそうじゃないか、経理の仕事に特化したものも有るらしいが、知っているか?」

「ええ。うちの会計事務所でも経理専門の派遣業務をやっているわ。登録者は三十五歳から四十歳くらいが中心で、主婦が九割を占めている。結婚、出産、子育てが一段落して、嘗ての経理の経歴を生かしてまた働こうということよね」

「企業の派遣労働への需要は根強いし、コストダウンの為に経理事務を外注する企業も増えているからな」

「家庭や自分の予定を上手く調整して働けるのが派遣の魅力だし、また、経理の経験だけでなくビジネスマナーの基礎が出来ているので、即戦力としても期待出来るのが強みなのよね」

「主婦らが専門知識を生かして働ける特化型派遣は、経理だけでなく、例えば、保育士なども含めて、新しいビジネスモデルとして、人手不足に悩む企業から今後益々期待されるだろうな」

 仕事の話になると女は饒舌になり、少し気持ちも和らぐようであった。

「耕ちゃんの会社は、トータルパッケージングをやっている会社だったわね。商品やパッケージのデザインは付加価値を高めるのよね」

「そうだな。資本力で安価な商品を投入出来る大手は兎も角、そうでない場合は、価格とは別の価値や方法で顧客に訴える必要が有るからな」

「私のお客さんで、羊羹の包装に戦国武将の家紋を入れて旗指物風に仕立て、“武家ようかん”として販売している処があるのよ。三百種類くらいの家紋が女性歴史ファンの心を擽ってヒット商品に成長しているの」

「ヒット商品というのは、見た目よりも発想の転換や市場調査などの、商品化の過程に学ぶ点が多々有るんだな。商品の外観だけでなく、ピーアールや価値を演出するデザインマーケティングが大事だと思うんだ」

「デザインを糸口に商品の魅力を描き直す作業は、今まで気づかなかった本来の価値や可能性を引き出すのね」

気持ちが解れて来たのか、リラックスした話し振りで、女は更に続けた。

「耕ちゃんね、日本に千年以上の歴史を持つ会社が何社有るか、知っている?」

「さあ、解らないよ。見当も付かん」

「リサーチ会社の調査によると、全国に八社有るそうよ。近畿に六社で、あとは関東と東北に一社ずつ有るんだって。創業以来千年を超えて生き残ってきた企業には、身の丈に合った経営や従業員重視などという日本型経営の長所が多く見られると、分析されているわ」

さすがだな、矢張りどこぞのキャリアウーマンなんだ、と嶋木は女の顔を見直した。

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