第12話

 土御門禎俊が記したその巻物には、あの日起こったことが赤裸々に綴られていました。


 *

 姫が留守の間にこのようなことが起ころうとは。

 私はこの真実を明かせば亡き者にされよう。

 しかしこれを闇に葬れば、この者たちに都合の良い話が後世に伝えられることになろう。

 姫にだけは事の真実をお伝えしなければならぬと思い、これに記す。

 *


『禎俊は私が東丸で焼け死んだことは知らなんだようじゃな』


 小春の手が止まります。


『どうした小春、早う先を読まぬか!』


『七緒……この後に書いてあることはきっと真実だよ。怖いよ……』


 もし図書館で見たことが真実なら、七緒がどれほど辛いかと思うと勇気が出ません。


『何を申すか。覚悟は私がするものじゃ。そして、もうとうの昔にそれを知る覚悟はしておるわ。むしろ今聞き及んでおることより悪うなろうはずもない。読み進めるのじゃ』


 小春は頷き、巻物をさらに開いていきます。

 土御門禎俊の流れるような文字を、小春は読み進めました。

 中学生の小春が古文書を難なく読むことに、宮司は驚きを隠せません。


 *

 農民たちの訴えを退け、機嫌が悪くなられた城主であったが、少し落ち着かれて重臣たちを広間に集め、その顔を見回した後声を出す。


 農民の苦しみは災害のせいであり、もし城の蔵を少し開くだけで助けになるのならそうしても良いという旨のお言葉を、私も末席で聞いていた。


 重臣の一人、五辻斉彬(ごつじなりあきら)が激しく反対し、場が騒然とした。

 災害は城内にも影響が有り、いつ家臣たちの食べ物が足りなくなるやもしれぬのに、民を優先するなど有り得ないという言い分だ。


 痛みは藩内の皆で分け合わねばという城主に頷く者は多かったが、五辻の強硬な反対に恐れをなし、口を閉ざしている。

 *


『おのれ斉彬、普段より父上の行いに難癖をつけては私腹を肥やしておった痴れ者めが! しかし、父上がそのようなお考えであったとは。ではなぜあれほど私の舞に反対されたのか?』


 小春は読み続けました。


 *

 会議が終わり、辺りが暗くなろうとした頃、先ほどの農民たちがもう一度お目通りをと、最後の望みを託して戻ってきた。

 そして姫の舞の奉納を何卒お願いしますと、城門の前にひれ伏している。


 先ほどは激高した殿もその時には平静を取り戻し、農民たちの訴えに耳を傾け、穀物の補助と年貢の免除を提案したが、姫の舞だけは許さなかった。


 なおも懇願する農民に殿は仰った。


 大切な一人娘の姫を何の警備もない大衆の面前に立たせることはできないと。

 跡取りが姫しかいない神崎家、姫にもしものことがあれば城代の五辻一派に乗っ取られてしまうと悲痛な声で説得を試みる。

 しかし、なおも頭を石畳にこすりつけるように拝む民たちに、遂に殿は折れた。


 この度に限り、厳重な警護をつけることを条件に許すという言葉に、民たちは安堵し、涙を流して何度も何度も礼を言っていた。

 *


『な、なんと! 父上からお許しが……しかも、反対される理由が吾を守るためだったとは。しかしおかしいではないか。それならなぜ民たちが火を放った?』


 七緒の疑問は当然です。

 小春もそこに引っ掛かっています。


 *

 何度も頭を下げながら、民たちが帰ろうとした時、武者隠しから躍り出た五辻の手の者が民の長を斬り伏せた。


「今こそ時は来た、五辻様が城主となられる時だ。圧政で我らを苦しめる奸賊・光成め 、思い知れ!」


 逃げ惑う民たちは次々と斬り殺され「痴れ者めが!」と叫んだ殿の背後から、別の者が斬りかかった。

 殿はそのまま斃れ、異変を知り駆けつけた将兵と五辻の配下とが乱闘となり、血が飛び散る惨劇の中、誰かが城に火を放った。


 そこまでを見届けた私は、騒ぎに紛れて城外に脱出した。

 微力にもならぬ我が身なれど、真実を伝えることはできると考えたからだ。


 おそらくはどこかに避難されたであろう七緒姫に、この真実を届けなくてはならない。

 そこで私は七緒姫にしか解けない呪術を巻物にかけて、燃え残っていた姫が愛した能舞台の下に埋めることとした。


 七緒姫がいつかお戻りになった時、この真実が伝わるように我が命のかぎり祈る

 *

 

 小春と一緒に読んでいた宮司が愕然としています。


「そのような真実が隠されていたとは……これはクーデターではないですか。しかし何故」


 驚愕の表情を浮かべたままの宮司に一礼し、小春は神社を後にしました。

 石段を下りる小春に七緒が語り掛けました。


『私はうれしい。父上が私の気持ちを理解してくれておったとは。あの父上が……それにつけても許せぬは五辻斉彬! この恨みは子々累々まで探し出して晴らしてみせようぞ。小春、いざ行かん! 仇討ちじゃ!』


 七緒の放つ怒気に、小春の胸がまた燃えるように痛くなります。

 

『ま、まってよ七緒。そんな、どこにいるかもわからない子孫を探したって、もうお父さんは戻らないし、七緒だって生き返らないでしょ?』


『そのような事わかっておる! わかっておるが、この煮えくり返る怒りをどうせよと申すのか!』


 小春は何かを思いついたようです。


『七緒、私に考えがある。ちょっとハードル高いけど』


『ハードル? なんじゃそれは……まあ良い、お前の考えを申してみよ』


『うん、ちょっとね』


 小春は勢いよく石段を駆け下りて、学校へと向かいました。

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