23.龍王の決意

 ヨシュアの秘密を聞いて、龍王はヨシュアの手を握り、その形のいい指先に唇を落とした。

 自分が先祖返りの妖精で、千年を超えるときを生きるなど、打ち明けるのは勇気が必要だっただろう。

 ずっと頑ななまでに龍王の愛をヨシュアが拒み続けていたのも理由が分かった。


 初対面で「あなたを愛することはない」などと口走ってしまった龍王だったが、それはヨシュアの方の気持ちだったのかもしれない。愛する可能性がないからこそ、ラバン王国で親しいもの全てを看取って置いて行かれるのがあまりにも孤独で、ヨシュアは志龍王国に嫁いできてくれた。

 本来ならば自分たちの始祖たる妖精が生まれたら、ラバン王国は国を挙げてそのことを喜び、妖精を国の象徴として担ぎ上げていたかもしれない。

 それをしなかったのは、親しい者たちよりも非常に長い年月を生きることになるヨシュアが、孤独の中で耐え忍ぶのを哀れと思ったからに違いない。


 嫁ぎ先に志龍王国が選ばれたのは龍族であれば、生まれたときに握っていた玉を捧げることでヨシュアと同じ寿命になって、共に人生を歩めるかもしれないと考えてのことだろう。


 一人で千年を超える時間を生きるのだったら龍王は絶対に耐えられないだろう。

 ヨシュアが一緒で、ヨシュア共に生き、ヨシュアが死ぬときに共に死ぬのであれば、構わない。


 龍王の方が年齢は若かったし、龍族としての血も濃かったので、将来はヨシュアを看取らねばならないときが来るのかと考えていた。そのときには耐えられず自分も死を考えてしまいそうだったが、そのころには龍王も死期に近付いているはずで、次代の龍王に龍王位を譲ってヨシュアを弔って生きよう。それでヨシュアが迎えに来てくれるまで耐えようと思っていたが、ヨシュアの秘密は龍王の心を予想外に揺さぶった。


 しかし、龍王はヨシュアが取り残される未来も想像したくはなかったし、ヨシュアを置いて死ぬことも考えたくなかった。


「王都に帰ったらヨシュアにわたしの玉を捧げます」


 生まれたときに握っていて、魂の一部とも言われる玉は、捧げたものと寿命の長さを同じにする。普通は龍族の方が寿命が長い場合に、玉を捧げて自分と同じだけの寿命になってもらうのだが、ヨシュアの場合はヨシュアの方がずっと長い寿命を持っているので、龍王の寿命はヨシュアの寿命に合わせられるだろうとのことだった。


「本当に後悔しませんか? 龍王陛下を愛してくれる優しい相手が現れるかもしれませんよ」


 わたしはあまり優しくないですから。


 ヨシュアの言葉に龍王は苦笑する。


「食事が食べられないわたしのために、ヨシュアは共に食事をしてくれました。苦くて嫌いな薬草茶も飲めるように口直しに美味しい茶を用意してくれて。わたしが一緒の部屋で寝たいと言えば同衾は拒んだけれど、わたしが眠れるように警護の兵士を遠ざけてくれた。あなたはわたしに十分優しいし、甘いですよ」

「そんなつもりは……」

「今、指先への口付けも拒まなかった。本当はもっと先に進みたい気持ちはあるのです。わたしはあなたを抱きたい。でも、王都に戻ってあなたに玉を捧げた後にそれは取っておきます」


 残りの時間が千年を超えるのならば、なおさら焦ることはない。

 龍王はヨシュアと過ごす気の遠くなるような時間を想像していた。

 それは確かに孤独ではあるだろう。

 大事な妹の梓晴の死も看取らなければいけない。梓晴の子どもたちも確実に龍王を置いていくだろう。

 それでも、ヨシュアが常に共にいる。ヨシュアの死の瞬間まで一緒にいて、生も死も共にする。それならば、孤独であっても耐えられる。


「わたしを抱きたいと言う龍王陛下は物好きですね」

「どうしてですか? あなたのように美しい方をわたしは見たことがないですよ?」

「顔は若干派手かもしれませんが、龍王陛下より頭半分身長が高くて、体付きも余程立派です。抱きたいと思うような体ではないと思うのですが」


 言われてみればヨシュアは龍王よりも身長が頭半分大きいし、胸の厚みも腕の太さも龍王とは比べ物にならない。


「そういうところが肉感的でわたしはよいと思うのですが」

「物好きなのではなくて、悪趣味なのかもしれない」

「ヨシュアは鏡を見たことがないのですか? あなたのように美しい方はいませんよ?」


 苦笑されてしまったが、こればかりは龍王もヨシュアに譲る気はなかった。

 二人きりの馬車の中で、舗装されていない道に揺れながら、龍王とヨシュアは手を取り合って向かい合っていたが、ヨシュアが龍王の手から自分の手を抜いて椅子に座る。

 ふと龍王は興味がわいてきた。


「薄翅とはどのようなものですか?」

「背中に生える光でできたはねです」

「見せてはもらえませんか?」

「それは……いつか」


 どういうものなのか気にはなったが、今すぐに見せてもらうことは無理なようだ。ヨシュアもまだ落ち着いていないだろうから龍王は無理強いするつもりはなかった。


「それでは、わたしのことは星宇シンユーと呼んでもらえませんか?」

「龍王陛下に恐れ多いです」

「二人きりのときだけでも星宇と。お願いします」


 昨夜は同じ寝台で寝たのだし、今日はヨシュアの方から秘密を打ち明けてくれた。

 少しは二人の距離も縮まったのではないかとお願いすると、ヨシュアが仕方なさそうに唇を開ける。


「二人きりのときだけですよ」


 その返事に、龍王は飛び上がりたいくらいに喜んでいた。

 侍従が馬車に乗ってきて、飲み物を用意してくれる。何が飲みたいか聞かれたので、レモネードと答えると、ヨシュアの侍従のネイサンがレモネードを作って、氷を浮かべて手渡してくれた。

 ガラスの器に入ったレモネードは檸檬レモンの香りがして、蜂蜜の甘い匂いも鼻腔を擽る。

 ヨシュアは冷やした香茶に何も入れずに飲んでいた。


 お茶請けには果汁で作った琥珀糖が出て、色々な味のあるそれを一つずつ味わって食べた。外側のシャリシャリとした食感と、中のねっとりとした果汁が美味しく、夢中になって食べていると、ヨシュアがそっと自分の分も龍王の皿に移してくれていた。


「食べなくていいのですか?」

「わたしは十分にいただきました。星宇は痩せているので、少し多めに食べた方がいいですよ」

「わたしは痩せている……」


 ヨシュアと出会って食事を共にするようになる前は、龍王はほとんど食事に手を付けていなかった。龍王になってから毒見の人数は増え、何度も確かめられた後に出てくる料理は冷え切っていて食欲をそそらなかったし、何よりも、生きる気力というものがなかった。

 義務であるから龍王として政務はこなしていたが、子種のない龍王は次代に繋ぐ血脈もなければ、他人に向ける情もない。健全な男性なのに、食べていないせいか性欲もなく、抱く相手が欲しいと感じることもなかった。


 結婚もできればしたくないと拒み続けていた。

 子種のない自分と結婚するものは不幸になるとしか考えられなくて、女性を愛することはできないし、男性は特に興味もなかった。


 ヨシュアと出会って食事を一緒に摂るようになって、龍王は生きることの歓びを知った気がする。

 ヨシュアなしではもう生きられないくらいにヨシュアといることが当然になってきている。


「もう少し肉を付けて、ヨシュアに心配されないようにします」

「そうなさってください」


 わたしと生きてくださるのでしょう?


 口には出さなかったが、ヨシュアがそう言った気がした。


「ヨシュアと生きていきます。わたしはヨシュアに命を救われたようなもの。ヨシュアのためにわたしの命の全てを捧げましょう」


 魂の一部である玉を捧げるということはそういうことなのだ。

 ヨシュアだけを愛すると誓うに等しい。

 これまでの龍王でも、玉は最愛のひとにしか捧げなかったと記録に残っている。


「まだ決めなくていいのですよ。時間はあるのですから」

「いえ、もう決めました。わたしはヨシュアに玉を捧げる。ヨシュアと同じ時間を生きていくのです」


 決意した龍王に、ヨシュアはそれ以上何も言わなかった。

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