6.午睡

 青陵殿のヨシュアの部屋で、龍王はよく食べ、顔色もよくなってきていた。

 食事を共にするたびに、龍王はヨシュアにたくさん話しかけるようになっていた。


「ラバン王国ではこ、恋人はいたのか? いや、咎めているわけではない。あなたはその年齢なのだから、いてもおかしくはないと思って」

「いませんでしたよ」

「本当に咎めるつもりはない。正直に話してほしい」


 聞かれたところでヨシュアが答えられるのは、いなかったという事実だけだった。


「本当に一人もいませんでした。王弟として女性を宛がわれることもありましたが、そういう刹那的な関係には興味がなくて断っていました。女性を口説くよりも、わたしは魔術騎士団の団長として国のために戦う方が合っていたのです」


 言葉を惜しまずに説明したら、龍王は少し俯いて考えているようだった。


「近衛兵の中では、若くて美しいものを……その、女性のように扱うというようなこともあると聞いている。魔術騎士団では、そのようなことはないのか?」

「わたしが治めている限りではそのようなことはさせていませんね。魔術騎士同士がお互いにそうなりたいと思っているのならば止めはしていませんが、推奨はしていませんでした」

「そ、そうなのか……」


 顔立ちも派手だし、体格もいいのでヨシュアは遊んでいるのではないかと龍王に思われたようだ。王弟として恥ずかしいようなことは一切していないし、遊ぶようなことをするよりは訓練でもしていた方が楽しかったので仕方がない。

 何より、ヨシュアはこの年まで伴侶も得ていなかったのだ。


「ずっとラバン王国を守って生きるのだと思っていました。兄の治める王国を」


 それが志龍王国になったのは仕方がないことだったが、ヨシュアはまだ龍王に打ち明けていないことがある。自分の秘密ともいえるものだが、いつかは龍王に開示しなければならないだろう。


 ヨシュアは他の魔術師と少し違うところがあるのだ。

 それゆえにヨシュアはラバン王国でも屈指、いや、正直に言えば頂点ともいえる魔力を誇っている。


 ヨシュアが適齢期になっても結婚を望まなかったのも、その秘密あってのことだった。


「ラバン王国は元は妖精の国だったのだと聞いている。妖精と人間の間に子どもが生まれ、その子どもが魔力を持って魔術師になったのだと」

「ラバン王国の歴史を学ばれたのですね。その通りですよ。魔術師には個人差はありますが、妖精の血が入っています」


 背中に透明のはねを生やした妖精たちが、元々ラバン王国を治めていた。妖精たちは出生率が低く、子どもに恵まれずに滅びかけていた。

 そのときにラバン王国に入ってきた人間と妖精の一人が結ばれて、子どもを授かった。その子は妖精の特徴である翅も尖った耳も持たなかったが、妖精ほどではないが魔術を使えるようになった。

 それがラバン王国の初代国王だと言われている。

 それから妖精たちは人間と混血し、少しずつ血を薄めて、魔力も落としながらも、数を増やしていった。

 この大陸の魔術師は全員妖精の血を引く末裔なのだ。


「龍王陛下が龍族、わたしが妖精の一族というのは、少し不思議な気がします」

「我が国にもラバン王国から魔術師が移り住んでくることもあったし、王家に仕えることもあった。だが、あなたのように魔力の強い魔術師は初めて見た」

「わたしは王族で、特に妖精の血が濃いからでしょうね」


 間違いなく、ヨシュアは大陸で一番妖精の血が濃い魔術師といえるだろう。国王である兄よりもその血は濃い。

 それが分かるのは、ヨシュアの魔力が並外れて強いからだ。魔術師の魔力は妖精の血の濃さによって決まっているのだ。


「ラバン王国から連れてきている魔術騎士たちも魔術師として強いものばかりですよ。わたしと共に戦うのに相応しいものたちばかりです」


 戦うという単語を聞いたときに、龍王の表情が曇った気がしてヨシュアは内心首を傾げる。そもそもラバン王国に求められたものは、戦力であり、軍備だった気がするのだが。


「あなたは強い魔術師だ。何があろうと平気なのかもしれない。だが、戦闘の場では何が起きるか分からない。怪我をするかもしれないし、命を落とすかもしれない」

「それは、あり得ないと思っています。わたしも、魔術騎士団の魔術騎士たちもとても優秀で、命を落とすようなことはありません」

「わたしがあなたを心配してはおかしいか?」

「心配してくださるのはありがたいのですが、わたしは元々軍備を増強するためにこの国に来ているのです。わたしの義務を果たさせてください」


 このままでは戦場に出るなと言われそうな気がして、ヨシュアが龍王に述べれば、龍王は身を乗り出してヨシュアに詰め寄る。


「それならば、誓約せよ。決して死なないと」

「よろしいでしょう。わたし、ヨシュア・ラバンはいかなるときでも、生きて龍王陛下の元に戻ることを誓いましょう」


 魔術師にとって言葉は魔術になる。

 ヨシュアの言葉に反応してぽぅっと浮かんだ光が、龍王とヨシュアを包み込む。


 ラバン王国で魔術騎士の団長になった時点で、いつ死んでもおかしくはないとは感じていた。

 それをどうして龍王が絶対に死ぬなと命じるのかよく分からない。

 戦場に出るのならば命を懸けるのは当然のことだ。

 どれだけ魔力が高く魔術師として強くても、ヨシュアも生きているのだからいつかは死ぬ。

 生きているものはみな死ぬのが当然なのに、龍王はそれすら恐れているように見える。


「父は二百歳にもならずに突然病に倒れて死んだ。叔父夫婦はわたしを暗殺しようとした罪で処刑されていたから、わたしにはもう母と妹しか残っていない。わたしの身近なものが死ぬのは耐えられない」


 龍族としては異例の若さで亡くなった前龍王のことは聞いていたが、それが今の龍王の心に影を落としているだなど考えもしなかった。

 両手を握られて必死に訴えかける宝石と刺繍で飾られた重い長衣を着ている割に痩せた龍王の懇願に、ヨシュアの胸中は複雑だった。


 昼食後、たくさん話したので疲れたのか、龍王が椅子に座ったままうとうとと眠り始めた。

 ヨシュアは周囲を見回し、侍従を呼んで小さく問いかける。


「龍王陛下の午後の政務はどうなっている?」

「いつも昼食後は一刻ほど休んでから政務に戻られます」

「分かった。龍王陛下は今日は青陵殿で休憩をされると伝えろ」


 頭を下げて侍従が出て行くのを確認してから、ヨシュアは龍王の体に手をかけた。

 何が起きているのか分かっていない様子の龍王の沓を脱がせて、帯を解き、重く邪魔な長衣を脱がせると、軽々と抱き上げて寝台に運ぶ。


「なに……?」

「わたしの寝台ですが、布団は干してありますし、清潔です。少しお休みになられた方がいいかと思われます」


 寝台に龍王を寝かせて布団をかけると、日に焼けることのない白い手が何かを求めてさまよう。それをそっと布団の中に入れてやると、龍王は深い寝息を立てて眠り始めた。

 夜はあまり眠れていなかったのだろう。

 戻ってきた侍従に命じて、安眠できる香を焚かせて、昼食の片付けがされた卓に戻って本を読んでいると、龍王は眠ったままだった。


「わたしがいるから、護衛のものは部屋の外に立たせてくれ」

「ですが、王配殿下……」

「その護衛はわたしに勝てるのか?」


 挑戦的に小声で言えば、魔術師でもあり体格もいいヨシュアに勝てるわけがないと護衛は退いて、部屋の外で見張りをしてくれた。


 一刻程度休んだ後で、龍王はすっきりと目覚めてきた。


「わたしの長衣は……」

「こちらにあります。すぐに侍従を呼びます」

「沓も……」

「どちらも脱がさせていただきました。眠るのには窮屈かと」


 男同士なので気にすることはないし、魔術騎士団で怪我をした魔術騎士の世話をしたことがヨシュアもないわけではない。よくあることだと思っていると、龍王はなぜか恥じ入っているようだった。


「あなたの部屋で眠ってしまって、寝台まで借りて、すまなかった」

「まだ夜はよく眠れていないのですか?」

「ひとの気配がすると眠りが浅くなる」


 小さく呟く龍王に、ヨシュアは同情しないわけでもなかった。

 王でなければこんな暮らしをすることはなかったのだし、龍王は自分で選んで王族に生まれてきたわけではない。


「安眠できる茶を取り寄せましょう。前回のものとは違うものを」

「苦くないか?」

「苦くないものを用意しますよ」


 恐る恐る聞いてくる龍王が、なんとなく小動物に思えてきて、もしかするとこれは可愛いのかもしれないと思い始めたヨシュアだった。

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