赤いレインコート
その日Eさんの勤務する小学校では、給食の後に全学年が一斉下校することとなった。午後から記録的な大雨が降るという予報が出たためだった。
一斉下校が終わってから一時間もしないうちに、予報通りの大雨が降り始めた。それは文字通りバケツをひっくりしたような雨で、日中だというのに一寸先すら見えないほどだったそうだ。
そんななか、Eさんら教師陣はそのまま学校に残り仕事に勤しんでいた。各所への連絡に授業の再調整、また、万が一学校に生徒が残ったままになっていないかを確認するための校内巡視など、生徒がいなくともやることは山積みなのだ。
Eさんは、校舎二階の教室の見回りを任された。各クラスの教室に図書室、相談室、そしてトイレまでしっかりと見て回る。幸いなことに生徒の姿はどこにもなく、ほっと胸を撫で下ろして職員室へ戻ろうとした。
生徒のいない校舎は静まり返っていて、外から聞こえる大雨の音が余計に大きく聞こえる。
「……わぁー……」
その雨音のなかに、一瞬、子供はしゃぐような声が聞こえた。
「……あははー……」
やはり聞こえる。(まさか)と思い、廊下の窓から校庭のほうを見ると、土砂降りの雨の中、赤いレインコートを着た子供が走り回っているではないか。下校しなかったのか、それとも一度家に帰って戻ってきたのか。ともかくこのままでは危ない。
Eさんは急いで自席に戻ると、自分のレインコートを羽織ってすぐに職員室を出た。そして二階の職員用玄関を飛び出て校庭へと向かう。
滝のような大雨が体を打ち付けるなか子供の下へと駆け寄る。赤いレインコートの子供は、その間もずっと右へ左へと無邪気に走り回っていた。
「こら! 危ないでしょ!」
𠮟りつけながら、走り回っていたその子の腕を掴んで、ぐいっとフードの下の顔を覗き込む。
そこには、何も無かった。そこにあるはずの顔が、いや体が無いのだ。
赤いレインコートだけが、まるで誰かが着ているかのようにそこに存在している。シルエットがそこに浮かび上がっている。
しかし、Eさんの手には腕を掴んでいる確かな感触がある。
(え、は、何こ――)
とその時、掴んでいたはずの腕の感触が消えると同時に、赤いレインコートが地面に落ちてバシャっと小さな音を立てた。
その瞬間、Eさんは悲鳴を上げて校舎へと走って戻った。
「E先生どうしたんですか?」
職員用玄関にいた同僚の先生が、怪訝そうな顔をしてEさんのほうを見ている。
「あの、今、私変なものを見て」
「変なものって?」
「校庭に、子供がいたんです。それで生徒だと思って迎えに行ったら、あの、体が無かったんです」
「……はあ?」
相手の表情がさらに険しくなった。
「何が何だかよくわかりませんが……それに、そのレインコートは誰のですか?」
ハッとして自分の右手を見る。ずぶ濡れになった赤いレインコートが、引きずられるような形でしっかりと握られていた。
そのレインコートは、しばらくの間は遺失物という扱いで学校に残していたそうだが、持ち主が現れることが無かったので結局は捨てたとのこと。
「いっそレインコートも消えてくれたなら、私が疲れていた、で無理やり納得できたんですけどね。手元に残ってしまったのですから……」
と言って、Eさんは苦笑した。
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